第22話 スケールの大きいこと言おうとガンバったでしょう
空が白みはじめたころ出発した。山の中のことで、太陽はまだ山に隠れていた。地図を見ると、昨日は国道を折れる道を素通りしてしまったみたいだった。もと来た道をもどって、どうにか目的地に到着した。一晩分、日程が押してしまったけど、昼間の写真を撮るつもりだから大丈夫だ。月が新月に近くて月明りで撮影することも、満月と集落を一緒に撮影することもできない。冬の満月の写真と対になるような、夏の昼間の写真をとるつもりだ。
夜、撮影目的ではないけど、冬に告白をした、ぼくたちの聖地にやってきた。今回は寒くないけど、虫刺されに注意しなければならない。長袖でやってきた。
「おお、ここですか。うん、キレイですね」
「ごめん、ぼくなんていったか覚えてないや」
「十二時になったら、この辺に月がくるはずなんですって感じかな?」
「すごいな。うん、たぶんそんなこといったよ」
「ふふん。じゃあ、告白の言葉は?」
「忘れた」
「うそつけー」
ぼくに体をぶつけるように抱きついてきた。チャーミングだ。
「好きです」
「わたしの、勝ちですね」
あの時と同じようににっこり笑った。月明りがなくて、漏れてくるライトアップの光がたよりだった。
「ぼくは祥子に負けっぱなしです」
「ぶー。好きですしか覚えてないのー?」
「いやー、だってすっごい緊張してたから」
「でも、わたしが断らないことわかってたんでしょう?」
「それでもさ。人生初の告白だったんだよ?」
「そっか。じゃあ許すか」
「うん。許したまえ」
「わたしも、好きです」
「ぼくも勝ちました」
「はい、ふたりとも勝ちです」
祥子が抱きついてきた。ぼくも抱きしめる。
「つづきがあるんだよ?」
「どんな?」
「そりゃ、告白のつづきといったら、あれに決まってる」
「なあに?」
もうわかってる。
「結婚」
祥子が舌を押し込んできた。昨日のお返しだ。こっちだってわかっていたさ。
「ぷはー。祥子舌長いんじゃない?喉の方まできたよ?」
「そんなわけないよ。普通だよ」
「じゃあ、結婚」
ぼくの誘いにのってきた、こんどはぼくも迎え撃つつもりでキスした。祥子の舌はやっぱり長い。ぼくなんか祥子の口の先にしか届かないのに、口蓋をにゅるっとなめてくる。
「大丈夫?伸ばしすぎて舌痛くなんない?」
「別に無理してないよ?」
「そうなんだ。ぼくが短いのかな」
「そうだよ、きっと」
「ふーん。なんか納得いかない」
「わたしがいってるんだから間違いない」
「そうだね。結婚しよう」
「あ、ズルい」
「ズルくありません」
「ふふふ」
「はははは」
「あははははは」
バカになってしまった。
「昨日のうちにプロポーズできて幸運だったみたいだ」
「昨日、きみがわたしに最後までいわせなかったから、今日こんなことになってるんでしょう?今が昨日だったらこんなバカなことにはなってなかったはずだよ」
「そっか。まあ、こんな風にプロポーズしようかと思ってたんだ」
「考えておいたセリフより、アドリブででてきた言葉の方がよかったみたい。無理してるなって感じがかわいかった」
「無理してた?」
「うん、すっごい無理してた。スケールの大きいこと言おうとガンバったでしょう」
「祥子はなんでもわかっちゃうな。じゃあ、わざと道に迷ったふりしてあそこに行ったのも知ってた?」
「うん、知ってた。そんなの嘘っぱちだって。いま予定してたプロポーズを話したばかりなのに、そんな嘘が通じるはずないでしょう?」
「ちっ、冷静だな」
「きみはわたしに嘘つけないんだよ?」
「はい。肝に銘じます。あ、いまのはデスマス禁止だから無効だね」
祥子の白い目がぼくを見つめる。
「肝に銘じるよ」
「よくできましたっ」
祥子はぼくの頭をなでてくれた。
「ぼくが告白したとき、祥子驚いてたよね」
「そりゃあもう、驚天動地だった」
「そんなに?」
「だって、告白させるのに一生かかると思ってたもん」
「さすがにそこまでは思ってなかったよね」
「ううん。カズキが死ぬときに、実は好きだったよっていって死んでくれればいいかなってくらいに思ってた」
「ぼくが先に死んじゃうんだ」
「わたしが先でもいいけど」
「でも、そこまで好きでいてくれたってことだよね」
あらためてしっかり抱きしめる。
「そうだ、前回民家でセックスガマンしたから、今日は帰ってしよっか」
「大丈夫かな。祥子声大きいから外に筒抜けで近所迷惑じゃない?」
後頭部をはたかれた。
「じゃあ、しない」
「ごめんごめん、いじわるいった。ソフトなのなら大丈夫かな」
「わたし声大きいから叫んじゃうかも」
「ここでしちゃうとか?」
「蚊に食われるし、わたし声大きいから獣が出たと思って、誰か猟銃もってでてくるかも」
「それはやめておこう」
「そんなわけないでしょ!」
またはたかれた。すねたところが、またかわいい。
「わかった、生理のときみたいに口でしてよ」
「ヤダ」
「生理のときはしてくれるのにー」
「生理じゃないもん。きみだけ気持ちよくなるなんて許せない」
「それもそうか」
民家に帰って、ソフトにゆっくりしたセックスをした。それはそれで気持ちよかったらしく、結局ソフトにしても結果に関係なかった。猟銃をもった人たちに民家がかこまれることはなかったからよしとした。祥子の名誉のために言っておくと、祥子は獣のような声ではない。かわいらしい声だ。ちょっと声が大きいというだけなので。
ぼくたちは、恋人から婚約者に出世した。
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