第19話 それはペンネームですよ

 二泊は、キスをいっぱいして欲求不満で夜を過ごした。帰りに途中、温泉で一泊してから帰る。町の薬局で準備を整えることができた。

 温泉は、やっぱり最高だ。そして、膝枕も最高だ。下に布団が敷いてあるから快適だし。

「わたしたち恋人同士ですね」

「そうです」

「わたしの彼氏ですね」

「はい、彼氏です」

「わたしは彼女」

「はい、彼女です」

「これからはカズキって呼んでいいですか?」

「はい。ぼくはカナって呼んでいいですか?」

「ダメです」

「え?じゃあ、九乃?」

「それはペンネームですよ」

「ペンネーム!」

「知らなかったんですか。小説家はたいていペンネームで仕事をするんです。祥子と呼んでください」

「祥子。知らなかった。てっきり本名だと思ってました」

「とんだうっかりさんですね」

「祥子」

「カズキ」

「なんか照れくさいです」

「わたしはずっと心の中でカズキって呼んでたから大丈夫です」

「ズルい」

「ズルくありません」

 ぼくは笑った。

「丁寧語もやめにしませんか」

「それもそうですね」

「じゃあ、今から。はいっ」

 祥子はパチンと手を叩いた。話しづらい。

 沈黙。

「なんで、なにもいわなくなっちゃうのー」

「あらためて、はいっとかいわれると、話しづらくなっちゃって」

「膝枕はどう?」

「うん、最高」

「おっぱい揉む?」

「」

 ぼくはこういう冗談にうまく返せないんだけど、いまのこれは冗談じゃないわけで。恋人同士で、おっぱいを触ってもなにも問題ないわけで。触らないことが問題になったりするから。むしろ義務だ。うん、揉まなければならない。そうだ。

「なーんだ。揉まないのか」

「待って、ちょっと待って。揉ませてください」

「丁寧語禁止」

「揉ませろ?ちょっと犯罪っぽくない?」

「手を出して」

 ぼくは寝っ転がったまま手を祥子の方に差し出す。祥子が浴衣の上からおっぱいに押し当てる。なんだろう。天国かな、ここは。ぼくはもう死んでいるのかな。そんな気がした。だって、祥子は美人で、ちょっとかわってて、そのかわっているところがぼくには合っていて、おっぱいが気持ちいい。もうわけわからない。

「どう?」

「言葉がない。天国だね。祥子がぼくの彼女なんて。あっ、まさか詐欺?」

 おでこをペシッとはたかれた。

「そんなわけないでしょ。詐欺でも、よろこんで被害にあいなさい」

「そうだね、こんな最高の気分なんだから」

 上から祥子の顔が迫ってきてキスした。上下逆さでキス、ヘンな感じだった。

「これからセックスするわけだけど」

「はい」

「はいはオッケー?丁寧語じゃないの?」

「はいは、丁寧語じゃない。ですますが丁寧語」

「そっか。プロが言うんだから間違いない。オッケーで。心の準備はいい?」

「どきどきしてる」

「ぼくも。怖い?」

「ちょっとだけ」

「そっか。痛いとかあったら、言ってね」

「はい。どうしたらいい?」

「膝枕をやめて、布団にはいろうか」

 祥子がぼくの寝ている布団にはいってきた。ぼくたちは、キスをして、お互いの体を触りあって、なめあった。薬局で調達してきたコンドームをつけてセックスに挑戦した。ぼくは初めてではなかったけど、一度風俗でしただけだったから、勝手がよくわからなかった。それに、すごく緊張した。とにかく、はじめてだから慎重に、ゆっくり、ちょっとづつ進めた。

 ぼくは射精した。祥子は痛い思いはしなかったみたいだけど、イクというところまでは達しなかった。

「どう?痛くなかった?」

「気持ちよかった。はじめちょっと怖かったけど、すぐに慣れた」

「またしたい?」

「うん。またしよ」

「よかった」

「なにか心配だった?」

「もうしたくないって言われたらどうしようと思って」

「おかげさまで、気持ちよかったし、またしたいって思うよ?」

「うれしい」

 ぼくは裸の祥子を抱きしめた。

「ねえ」

「なあに?」

「ズタボロになったレディーのプライドはさ、修復されたかな」

「そんなものはどうでもよくなっちゃった」

「いいかげんだなー」

「この幸せのまえでは、そんなものって思えるのだもの、仕方ない」

「そっか。ぼくもすっごく幸せだ」


 祥子はよくぼくの部屋にくるようになった。都合がつくときは撮影に同行してくれる。

 仕事は、インターネットにつながればどこででもできるといった。小説のデータをギットで管理している。クラウドにリモートリポジトリをおいているのだとか。この辺の知識に、ぼくはくわしくない。祥子も専門じゃなくて、元プログラマという人から教えてもらってマスターしたらしい。そんなわけで、ぼくのパソコンにはギットがインストールされ、祥子のアカウントが追加された。祥子はノートパソコンをもっているけど、デスクトップがあるなら使いたいといった。ぼくもデスクトップの方が楽だと思う。小説を書くためにキーボードをいっぱい叩くから、そのうち高級キーボードを買わなければならない。

 セックスはだんだん慣れてきて、祥子もイクことができるようになった。それにつれて、祥子の声が大きくなったので、すこし思案している。壁の厚いマンションに引っ越しをするか、ファッションホテルというんだったか、カップルで利用するホテルでするべきか。いずれにしろ、祥子に相談しなければ決められない。お前、声大きいよといわれたらどんな顔をするだろうか。恥ずかしがるだろうけど。楽しみだ。

 ついでにいうと、車の免許を取得した。これで移動の選択肢が増える。祥子が撮影に一緒にくるときはレンタカーで出かけるのもありだ。マイカーは、しばらく所有することができないと思う。ぼくには貯金がない。

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