第18話 わたしの、勝ちですね
十二時までには余裕をもって目的地についた。
「おお、ここですか。うん、キレイですね」
「たぶん十二時くらいに、このあたりに月がくると思うんです」
空を指さして月の場所を示す。
「それで、集落を月と一緒に撮影するって寸法です」
「いいですね。月が集落を見守ってくれてるみたいなイメージですか」
「え?」
「あれ?ちがいます?」
「いや、よくわかったなと思って。月ってそういうイメージあります?」
「ありますね。満月にはよく顔をつけたりしますよね。マンガとかかな。ヨーロッパのおとぎ話の挿絵かな。わからないけど。擬人化するわけです。だから上から見守っているというイメージも湧きやすいと思います」
そうなのか。ぼくはものを知らない。
スイスでマッターホルンを撮ったときの要領で、満月を基準に露出を決めた写真と、集落を基準に露出を決めた写真を撮る。まだ十二時にならないから練習だ。表示モードにして見せる。
「あー、いいです。けど」
「けど?」
「こうなると、ライトアップされているのが残念ですね」
するどい。
「十二時になったら撮影するんですね?すこし時間あるから、体をあたためますか」
「はい。お願いします」
後ろから抱きついてくる。
「なんでしょう」
「あたたまりませんか」
「体をあたためるというのは、こういうことだったんですか?」
「ちがいましたっけ?」
「ぼくはジンジャーミルクティーをごちそうになれるのかと思ってました」
「ああ、飲みたいです?」
「はい」
「でも、この格好では腕が届きません」
「はなしてください」
「それは残念です」
ちょいちょい冗談をはさんでくる。はじめて会ったときの外見の印象と全然ちがう。ぼくを解放して、ポットにつくってきたジンジャーミルクティーをくれた。甘いし、あたたまる。お返ししたほうがいいかな。
「ちょっとここに来てください」
ぼくの前に後ろ向きに立ってもらって、後ろから抱きつく。
「なんでしょう」
「あたたまりませんか」
「体をあたためてくれるんですか?」
「そのつもりです」
「だったら肌を直接つけないと」
「お断りします」
「ちょっとお腹だしてみてくださいよ」
「嫌です」
「ケチですね」
「ケチですよ?」
「まあ、許してあげます」
十二時になった。ライトアップの照明が消える。
「わあ、消えた」
「はい」
ぼくは前に美しい思い人を抱えて撮影した。
「知ってたんですか」
「もちろんです」
「ズルい」
「ズルくありません」
「月明りだけでも、とっても明るいですね」
夜を照らす満月。その下の小さな集落。絵に描いたようにかわいい風景。
「ぼくはこっちをロマンチックだと思うんです」
後ろに首をひねって見上げてくる。
「わたしもです。キスしてください」
「少し待ってください」
「あ、撮影中?邪魔しちゃいました?」
「ちがいます」
前回失敗したときみたいに、やっぱり緊張がすごい。
心臓が激しく鼓動する。喉になにかつまったようになる。
緊張も、どきどきも、喉のつまりも全部飲み込んだ。
肩をつかんで、ぼくの方を向かせる。
満月が見ている。
「好きです」
驚いた表情になった。顔の筋肉がゆるんでいって、こんどは笑顔に。
「わたしの、勝ちですね」
「はい。負けた気はしないですけど。あの、それで」
キス。首に抱きついてきた。
「わたしも、好きです」
「これで、ぼくも勝ちましたね」
「はい。ふたりとも勝ちました」
何度もキスをした。好きだという気持ちで胸がいっぱいになった。幸せだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます