第15話 セックスをするつもりがなかったなんて話は通じませんよ? 違法行為、むしろ憲法違反です

 ぼくは囲炉裏をまわりこんだ。

「はい、膝枕してください」

 まあ、してくれるというなら、してもらおうかな。ふとももに頭をのせる。なんだ、最高じゃないか。

「わたし、はじめてなんです。ちょっと怖いのでやさしくしてくださいね」

 ぼくは跳び起きる。

「はあ?なんです、それは」

「えっと、セックスするまえにお伝えしたかった連絡事項」

「いえいえ、セックスすることになってるんですか?」

 頭をかかえた。

「えーと、奥田さん?わたしを三泊の旅行に誘いましたよね」

「まあ、撮影旅行で、二泊はここに泊まって、帰りに温泉でもう一泊ですけど」

「それでセックスをするつもりがなかったなんて話は通じませんよ?違法行為、むしろ憲法違反です」

 そうか!ぼくはまったくそんな発想をしていなかった。女性を泊りの旅行に誘うということは、そういうことだ。でも、自分の身にその知識を適用することができていなかった。ぼくは応用問題がからきし苦手なのだ。山口や萌さんに慣れてしまって、当り前のことがわからなくなっていた。土下座する。

「すみません。考えが及んでいませんでした。準備もできていません。平にご容赦を」

「わたしのレディーとしてのプライドはズタボロです」

「申し訳ない」

「わたしはまだ奥田さんをはかりきれていなかったのですね」

「申し訳ない」

「奥田さんがきっと、告白してくれて、キスして、そしてセックスになるんだとばかり」

 ぼくは床に額をこすりつけた。むしろ五体投地したいくらいだ。

「しかたないですね。わたしが勝手に盛り上がってしまっただけです。奥田さんの考えはわかりましたので。はい、膝に戻ってください」

 かなり傷つけてしまった。でも、なんでだろう。美人なんだからセックスを断る理由なんてないのに、ぼくはしてはいけないと思っている。この人が大事だから、なのかな。

「ぼくは、一緒に旅行したいと思いました。一緒に行ってくれると言ってもらえてうれしかった。うかれました。会えるのが楽しみでした。今日は実際に楽しかった。美人なだけじゃない。さっきみたいになんでも話ができる。セックスのことまで。ぼくは雰囲気がわからないから、なんでも話してもらえるというのは、すごく安心できます。ぼくのわからないところで傷つけてしまうんじゃないかと心配になるんです。でも、傷ついたといってもらえれば、謝ったりフォローしたりできると思うんです。だから、ぼくにとって、貴重な存在だと思ってるんです」

 ぼくの頭がもちあげられた。膝がなくなる。ぼくのとなりに寝転んできた。抱きつかれる。背中をさする。

「床はかたいですね」

「でも、悪くない」

「いまお腹が鳴りましたよ」

「そういえば、ハラへりました」

「わたしもです」

「食べますか」

「性欲より食欲ですか」

「抱き合ってるだけですよ」

「これからじゃないですか」

「セックスはできませんよ」

「直前までできます」

「直前?」

「そ、射精したいでしょ?」

「そういうのは、もっとあとです」

「食後?」

「そうじゃなくて、告白して、キスして、そのあとっていってたじゃないですか、自分で」

「はあ。そんなの待ってたら、命がなくならないですか?」

「ぼくをなんだと思ってんですか」

「思い切りの最悪に悪い、優柔不断男?」

「否定しきれないところが悲しい」

「ほら」

「大丈夫。大丈夫です。その気になれば、その気になる男ですよ」

「その点、まったく信用しません」

「がっくり」

「告白、したことあるんですか?ないと思いますけど」

「ありますよ、幻の」

「幻?妄想ですか」

「妄想、ではない」

「エア告白?」

「なんですかそりゃ、ちゃんと生きた女性にです」

「幻だから、できなかったってことでしょう?」

「まあ、そうなりますか」

「やれやれです」

 お行儀よく鍋を食した。味は、よく覚えていない。一口目で口の中をやけどしたせいと、なんだかいろいろ考えてしまって気もそぞろだったせいだ。

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