第13話 セックスしていいですかと聞くか、セックスしましょうと誘われるかしないと奥田さんはセックスできないのです

「編集者の方、本当になにしにきたんですかね。契約書なら書留郵便とかで間に合うと思うんですけど」

「わたしが頼んだのです」

「頼んだ?なにを?」

「神社までの案内を」

「は?駅からですか?迷うような道じゃないですよ。なんなら、はじめから駅で待ち合せたらよかったんじゃ」

「駅で待ち合わせは味気ないじゃないですか。着物にふさわしい場所ではじめて見てもらいたかったのです」

「それならケータイとかで地図みればわかりますよね、人に案内されなくても」

「よく方向の見当がつかなくなってしまう病気で。ケータイは和装に合いませんし」

 なにをいっているんだ。ケータイが服にあわないくらいで、いい大人を使って道案内させるってヒドイだろ。美人だからってなんでも許されるわけではない。

「方向音痴で、ケータイは着物のときは使いたくないって、わがまま放題ですね」

「すみません。あの方もこの近くに住んでいて案内してくださるというものだから、お願いしてしまいました」

 それを先に言ってもらいたかった。あの人、この町の住人だったのか。それでも、契約書は郵便でいいよな。本来の目的を隠すための、あの人なりの配慮だったのかな。本人が全部バラしてるけど。

「ということは、本当にデートなんですか?今日は」

「そのつもりですけど。お仕事になにか関係ありますか?」

「いや、まったく関係ないのに、編集者の人きてヘンだなーと思って」

「そんなわけだったのです。楽しめませんでした?」

「うーん。楽しかったですね」

「わたしもです」

 この和服美人は策を弄するけど、タネは明かしてしまうというタイプの人みたいだ。ぼくには付き合いやすいのかもしれない。それに、デートに誘ってくれたということは、ぼくに好意をもってくれているということなんだろう。どれくらいの好意かはわからないけど。

「デートに誘ってくれたってことは、あの、やっぱりなんというか、ぼくのこと」

「そうです。わたしは奥田さんにアプローチしているのです。くどいてやろうと手ぐすね引いている感じですね」

 ロープでもひっぱるような動き。ぼくの気持ちがひっぱられるようだ。

「今頃やっと気づくくらい手ごわい相手ですが、キスはゲットしました」

 嫌じゃなかった、というかキスしたかったということか。なんだか舞い上がってしまう。こんな風にあからさまに好意を表明されるなんて、高校時代に彼女ができたときくらいだ。ああ、やっぱりそれで、以前から知っている人みたいだったり高校時代の彼女みたいだと感じたりしたのかな。

「あの、じゃあ、セックスも」

「あ」

 着物の袖を広げて見ている。

「失敗しました」

「どうしました?」

「今日は奥田さんを襲うことができません。着物を脱いだらもう自分では着られません」

 なんじゃそりゃ。

「おかしいですか?」

「すみません。おかしいです」

「なんでですか」

「女性がぼくの部屋にきて、ぼくを襲うって。襲うのは、ぼくのほうでしょう?」

「奥田さんは、襲えない人です。相手の気持ちを確認しないと先に進めない。だから、前回キスしたときも、謝罪しましたね。気持ちを確かめるまえにキスしてしまったからでしょう?」

 うう、すごい。ぼくのイメージは正確に彫られているみたいだ。

「はあ、まあ」

「ということは、セックスしていいですかと聞くか、セックスしましょうと誘われるかしないと奥田さんはセックスできないのです」

 なんというヘタレ。自分のことだけど。

「それで、今日は着物ですから、わたしからセックスしましょうと誘えない。そういうわけで、失敗したなと」

「ぼくは、着物姿が拝めてうれしいですよ?」

「その言葉だけで満足しておきます。いや、ダメですね」

 席をたって、ぼくの方に回り込んでくる。ぼくはイスにすわったまま体を向ける。肩に手が置かれる。顔がちかづいてきて、唇にやわらかい感触がくる。吸いつく感じだ。いや、吸われている。舌がはいってきた。ぼくは舌をからめる。気持ちよさが押し寄せる。

「アペリティフをいただいたところで、そろそろ祭に行きませんか?お腹いっぱい食べたいです」

「はい」

 ぼくは、しばらくうっとりしてしまった。化粧を直して、祭にくりだし、本当にいろんなものを食べて、満足して帰っていった。もちろん駅まで見送った。

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