第12話 奥田さんらしからぬ感じですね ―― 優柔不断で自分では決められないタイプかなと思ってました
祭の当日、稲荷神社の鳥居の前で待ち合わせということになっている。電車でくるのだろうから、駅で待ち合わせでいいと思うんだけど。
「奥田さん」
「おわぁ」
うしろから声をかけられて驚いてしまった。振り返ると、となりにスーツ姿の編集者の人が一緒にいた。
「やっぱり、もうひとつ鳥居があったんですね。南の鳥居から境内にはいって、中を通ってやってきました」
ぼくが待っていたのは神社の西側だ。
「わたしもついてきてしまいました。お渡しするものがあったので」
編集者に封筒を渡された。
「表紙の写真、オッケーがでましたので。順番が逆ですが、契約書です」
「契約書。そうですね、まだ契約してなかったんですね。もう納品しちゃいましたけど」
契約書の封筒をバッグにしまう。これは仕事なんだろうか。ぼくはデートができるとちょっと期待していたんだけど。
「じゃあ、送り届けましたので、わたしは帰ります。祭を楽しんでください」
編集者は踵を返して行ってしまった。これは、やっぱり仕事ではないのか?
「行っちゃいましたね」
「はい。消えてもらいました」
「これは、仕事?」
「まさか。もう納品したのでしょう?」
「はあ。では、デート」
「おデートですわ」
腕をとられ、人ごみの中へ突入した。さっき焼きまんじゅうというのがあって、すごくいい匂いでしたといって、どんどん進んでゆく。着物でそんなに激しく動いたら着崩れるんじゃないかと心配になるほどだった。
ぼくはヘトヘトになってしまって、一度部屋にもどらせてもらった。日が落ちたら、こんどは夕食を兼ねてまた祭にゆくんだという。とにかく、コーヒーをいれて落ち着くことにした。テーブルに向かい合って、コーヒーをすする。ちっとも落ち着かない。だって、見つめあいそうになるし、前回はこんな風にしていてキスをしてしまったんだし。
「あ、えーと。音楽でもかけますね」
「ムードを盛り上げますか」
「ムードですか?そうすると、ボサノバとか?カフェっぽい感じですか?」
首を振る。
「もう少し大人の雰囲気でタンゴ?」
一度首をかしげてから、やっぱり首を振る。なんだろう、ムード?
「えーと、デスメタルはないですよね」
ぷいっと顔をそむけられてしまう。ヨーロッパ風かな。いや、メタルのヨーロッパじゃなくて。
「ショパン、ノクターン全集」
首を傾ける。迷ってる?もう、これでいいんじゃないかな。プレーヤのトレーに載せて再生する。しずかにピアノの音がふってくる。ノクターンだけに、ちょっと眠くなりそうかな。
「奥田さんらしからぬ感じですね」
「たしかに。あまり音楽の好みとかないんで、適当になんでも聴きます」
「そうじゃなくて。わたしがオッケーを出すまえにこれに決めましたね。優柔不断で自分では決められないタイプかなと思ってました」
「すみません、メンドクサくなりました」
「いえ、どんどん奥田さんのイメージができてきてます」
「ぼくのイメージですか?」
「そうです。はじめは一本の丸太です。お話したり、行動を観察したり、いろんな反応、無反応、そういったすべてによって、どんどん丸太が削られていって、奥田さんのイメージができてくるわけです。ボサノバって聞いてシュッと削り、タンゴって聞いてまたシュッ。デスメタルでシュシュッ。ノクターンでシュッ。すこし待って反応がなかったらメンドクサくなって決めちゃう。シュシュシュッと削れて、どんどん奥田さん像ができる」
シュッといいながらノミかなんかをふるって木を削る動作をする。
「どうなんです?そのぼくの像の出来は」
「端正な感じです」
「はあ」
まったくわからない。あっと、バッグに契約書をいれっぱなしだ。契約書をキャビネットにしまう。
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