第11話 なにに対する意地ですか。なにかと戦ってるんですか
駅までの歩いて十五分の道のりをぶらぶらと行く。空はまだ真っ暗ではなくかすかに紺色に見える。昼間あったかくても、やっぱり日が落ちると寒い。
アパートをでるとき、掲示板に目を留めた。近所の稲荷神社で行われる祭のポスターだ。
「このお祭、奥田さんはいきますか?」
「いや、行きません」
「なんでですか」
「なんでっていわれても、あまり興味がわかないから?」
「行ったら死ぬとか、おじいちゃんの遺言で禁止されているとか、宗教上の理由とかないんですね」
「まあ、ないです」
「じゃあ、行きましょう」
「行きましょう?一緒に行くってことですか?」
「一人がいいです?」
「いや、一人なら行きたくないです」
「じゃあ、決まりですね」
「はあ」
「浴衣着ちゃおっかな」
「ちょっと待ってください。二月ですよ?浴衣なんかで行く人なんていません」
「そっか、祭といえば浴衣だと思ったけど、二月ですもんね。浴衣は寒いか」
当り前だ。
「じゃあ、振袖?」
「洋服じゃダメなんですか?」
「女の意地です」
「なにに対する意地ですか。なにかと戦ってるんですか」
「奥田さん」
「はい?」
「ぼけっとしてる人かと思ってましたけど、けっこういいツッコミしますね」
「はあ」
ほめられているのかな。
「では、調べて勝手に決めます」
「はあ」
「ぜんぜん楽しみじゃないですか?わたしとでは不満?」
「いえ、光栄の至りです。ちょっと慣れてきて、扱いをぞんざいにしてしまいました。すみません」
「これからどんどん慣れていってもらいましょう」
ぼくは首をかしげる。なんのことだか。
普段気づかなかったけど、わりとあちこちに祭のポスターは貼ってあった。もしかしたらけっこう大きな祭なのかもしれない。子供向けの小さい祭とあなどってるけど。
家に帰ってテーブルにつくと、キスしたことが思い出された。唇の柔らかい感触。体を乗り出したときに腕に押し付けられて胸の大きさが強調されていた。今日はいい一日だった。
さっそく撮影した写真の現像をした。チューリップの鉢植えは、お散歩する女の子のかわいいイメージ。ベランダの壁にのってちょっと不安定で落ちそうな感じはミステリっぽい味わいをあらわしたつもりだ。現像で絵に描いたような表現にしてみた。クレヨンとかパステルみたいなイメージだ。なんとなくボツになる予感がする。ぼくに求められているのは風景写真なんだから。さっきも言われたけど、これ、ぜんぜん風景じゃない。静物写真というジャンルだ。
あと撮るとしたら、どこかの散歩道かと思うけど、いまの季節じゃないよなと思う。海外まで行ったら予算オーバーだろうし。うん?海外?そうか南の方に行ったらいいかもしれない。沖縄とか。小説の女神が同行したらやっぱり予算オーバーじゃないかと思うけど。
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