第10話 デートって。セクハラじゃないですか
撮影につかったチューリップの鉢はテーブルにかざった。夕暮れ時はすぐに過ぎて暗くなるものだけど、感覚的には時間がゆっくり流れる。どういう仕組みなんだろうか。
「ところで、今日のこのチューリップの撮影は、一体なんだったんですか?」
「あれ?撮影の詳細が決まったら連絡しろってことだったので。これは表紙の撮影ですよ?」
メールに表紙の撮影だと書かなかったかな?書かなかったかもしれない。今日も話さなかっただろうか。もちろん、ぼくはずっと表紙撮影のつもりだった。
「そ、そうだったんですか。デートのお誘いかと思っていたのですけど。かわったデートだなと不思議に思ってたんですよね。表紙の、撮影でしたか。風景写真を撮るとあれだけいっておきながら、風景じゃなかったわけですね。二重に予想外でした」
「デートって。セクハラじゃないですか」
「なるほど。すると、わたしを部屋に招いておきながら、なにも手を出すつもりはないと」
「なにをいってんですか。そんな、手を出すなんて」
手を出すなんて、しません。しませんが。魅力的な目に見つめられている。
窓の外は光を失いつつある。そろそろ照明をつけないと、部屋は薄暗い。
テーブルの向こうから体をのりだしてくる。テーブルに肘をついて腰を浮かしてキスした。唇をかさねるだけの、ちゅっとやるキスだ。イスにすわりなおす。
これはなんだ。なんでキスしたんだ。ぼくはキスしたかったのか?キスするまではそんなこと考えていなかった。でも、ずっとキスしたいと思っていたような気もする。セクハラ、してしまった。
「あの、すみません。自分でもよくわからなかったんですけど。キス、してしまいました」
「わたしが誘ったのです」
「え?」
「気づかなかったのですか?わたしがキスしたいと思って誘ったので、奥田さんはキスしてくれたのです。いまので今日のところは許してあげます。ごちそうさまでした」
イスをたって、ぼくの部屋を眺めはじめた。ぼくは照明をつける。部屋には面白いものもいくらかある。レコードのプレーヤとか、もちろんカメラとか、ギターも一応ある。
小説家だから興味があるのか、本棚を見られる。あっと、パソコンの上は、大丈夫だった。エッチなパッケージのものとか置きっぱなしになってたりはしなかった。
「やっぱり写真集が多いですね。女性のは、なしか。でも、猫はありますね。どこかに隠してるんですか?」
「ぼくが撮るのは風景なので。女性の写真集はもってません」
「男性が使用するものは?」
「えーと、どういうことでしょう」
「オナニーに使うもののことです」
「な、なにをおっしゃいますやら。そういうことは、あまり男性にたずねないものですよね」
「わたし変わっていますので」
「たしかに。でも、それは秘密です」
「そうですか。では質問をかえます」
弁護士?いや、検事だっけ。
「好みの女性のタイプは」
「はあ、答えないといけませんか?」
「証言を拒否してもかまいませんが、立場が悪くなることもあります」
「立場?こわいな。えーと、答えます答えます。お姉さんタイプかな」
「それは、どっちですか。外見ですか、それとも内面的な?」
後ろ手を組んで、ぼくの前を右に左にと歩く。
「外見です」
「よろしい。では、わたしはどうです?」
「お姉さんタイプに見えるかということですか?」
「そうです」
どうだろう。そういう範囲を逸脱している美しさなんだけど。
「お姉さんタイプにはいるかな?」
長い髪をうしろにかきあげる。
「そうでも、ないかな?」
肩を落とす。わかりやすい。ぼくなんかにでも褒められたいと思っているのだろうか。
「やっぱりわかりません。そういうタイプとかない感じです。色がついていないっていうか」
「はあ」
首がかたむく。
「まあ、いいでしょう。では、次に」
まだ続くのか。
「内面の話にうつります」
「内面ですか」
「どういう人が好みですか」
「そう聞かれても。うーん。ぼくは雰囲気を読むってことができないらしいので、雰囲気を読まなくてもうまくやっていける人かな」
「変化球を投げてきましたね。たとえば、ツンデレとか、守ってあげたいとか、友達みたいとか、外見と同じくお姉さんタイプとか、そういうのは?」
「む、むづかしい。いつも同じに接するわけじゃないですよね。ときには友達、ときにはお姉さんみたいな、なにかあったら守ってあげたいとか、だから、タイプとかはないかな」
「ほほう。いいこといいますね。今日の審理を終わります。閉廷」
手のひらを、もう一方の手のコブシでトントンと叩いた。終わったらしい。やれやれ。
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