第9話 バカになってしまった。薬がはいっていたわけではない。
「おじゃましまーす」
ぼくの部屋に小説を書くちょっと変わった美人。シュールだ。まったくそぐわない。でも、準備をしてすぐに出かける。
「どこにいくんですか」
「楽しみにするようなところではないので、秘密にしません。ホームセンタです」
「ほー」
うん?反応はそれだけ?しばらくまっても続きが出てこなかった。
「ダメだ。面白いこと言おうと思ったけど思いつかなかった」
「笑いはいりませんので」
外見とはかなりギャップのある性格をしているらしいことは、前回の打ち合わせと、そのあとの謎の行動からわかっていた。
ぼくは撮影に便利だと思って、車の免許を取得するべく教習所に通い始めたところだった。よって、まだ車は運転できず、ぶらぶらと美人を長時間歩かせてしまった。不平がでてこなかったから、あまり気にしなかったのかもしれない。そのためにスニーカで来てほしいと連絡してあった。
そうだ。今日は表紙に使う写真を撮影するのだ。でも、ぼくの狙いは、写真より、切紙して貼りつけたほうがうまくいく気がしている。
行く手に巨大なホームセンタの建物が見えてきた。二十分くらい歩いたろうか。
「遠くまですみません。あそこが目的地のホームセンタです」
「ホームセンタに連れてこられるとは思ってませんでした。予想を裏切ってきましたね」
「好きでしょう?予想外の展開」
「大好物です。期待がふくらんでます。ショボかったら覚悟してくださいね」
「そんな。罰ゲームがあるんですか?」
「当然です」
胸を張った。目が、欲望にあらがえない。でも、あまりエッチな気がしない。キッチリ首元に襟のあるブラウスだからかな。
ホームセンタの生花コーナでチューリップの鉢植えを、園芸コーナで陶製の鉢と土を買った。チューリップと言ったら春のイメージがあるから、こんな冬には手にはいらないかと思ったけど、プレゼント用に温室ででも作っているのだろう、下見にきたときに見つけて、心の中でガッツポーズを決めた。
荷物は多くないので、自分で全部もった。もと来た道をもどって、ぼくのアパートに帰る。あたたかいというほど天気がいいから、このまま準備して撮影してしまおう。
ベランダに荷物を広げる。新聞紙の上で、鉢に土を詰め、チューリップの鉢植えからチューリップを土ごと抜き出して、一本よさそうなのを取る。鉢に植え替えをして、水やりをする。ベランダの壁に念のため、粘着性のあるゴムのシートを貼りつける。その上に鉢をおいて、ゴムにくっつける。これでちょっと風が吹いたくらいなら落ちたりしないだろう。これがコーヒーをいれながらひらめいたアイデアだ。
三脚を立て、カメラをセット。レフ板を女神アテネにもたせて撮る。どうだろう、みずみずしくしてみようか。霧吹きを吹きかけて花弁と葉に水滴をつける。水滴ありとなしと何カットか撮った。まあ、これでよしとしよう。ダメなら明日にでもひとりで撮りなおせばいい。レフ板をもってもらうのは、コーヒーを注ぐときにちーんと思いついた。
約束どおりコーヒーをいれてふるまう。
「どうぞ、約束のうまいコーヒーです。これでズルくないでしょう」
「じつは執念深いですね。ありがたくいただきます」
「どうです?」
「これは、なんというか、コーヒー以外の味もするというか、錯覚なんでしょうけど、柑橘系のフレイバーを感じます」
「ほほう、わかりますか。やりますね」
「奥田さんこそ。ふっふっふ」
「はっはっは」
「あーはっはっはー」
バカになってしまった。薬がはいっていたわけではない。
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