第8話 なんか、この感じ。親戚と話しているような気分。
「機材をそろえるのにお金がかかるし、撮影に出かけるときは荷物が重いし、大変でしょう?」
「大変です。いつも肩がこってます」
「そう。わたしも肩コリで、マッサージグッズとかいっぱいもってます。あと、自分で指圧したり。機会があったら、マッサージさせてください。けっこう自信あるんです」
「いやいや、とんでもない。遠慮します」
マッサージなんかされたら、うつぶせに寝ていられなくなりそうだし、まったくくつろげないだろう。
ぼくはコーヒーとガトーショコラを一口づつ楽しんだ。パンケーキを注文することは、男のぼくにはハードルが高すぎた。コーヒーは自分でいれたほうがうまいと思う。
「コーヒーはイマイチですね」
「そうですね。ぼくは自分で豆を挽いていれるので、自分でいれたほうがおいしいなと思ってしまいました」
「そうなんですか。ひとりで楽しむなんてズルいです。わたしにもふるまってください」
「うーん、じゃあ、次の打ち合わせのときにポットでもってきましょうか」
「ポットですか。味が落ちそうですね」
いきなりテンションがさがって、明らかに不服そうだ。抹茶アイスが添えられたパンケーキはあらかた姿を消していた。いつの間に。
そうそうといって、連絡先を教えろと言われた。名刺を渡したはずなんだけど。
「名刺ですか?いただきましたね。あれは、いつでも直接奥田さんにかかる番号なんですか?」
「プライベートと仕事を分けてないので」
「わかりました」
ぼくは遅ればせながらガトーショコラに集中する。空の皿をまえに美人を待たせては申し訳ない。
ぼくのケータイが着信を知らせる。失礼と言って、チェックする。メールだ。目の前の美人からだった。目が合う。電話番号とメールアドレスを登録しておけというメッセージがついていた。
「番号とアドレス届きましたね。撮影の詳細が決まったら連絡ください」
「はあ」
なんか、この感じ。親戚と話しているような気分。まえから知っている人のような気がする。高校時代の彼女か!そうだ、だから知ってる人と話しているような気分になるんだ。
さっさと本を読んで撮影をどうするか考えたいと思って、食事に誘われたけど勘弁してもらって帰宅した。美人と話をして、現実感がなかったけど、帰ってきたら疲労感はどっかりあった。結局、あずかってきた本を読むのは翌日にまわして早く寝ることにしてしまった。
本ばかり読んでいるわけにもいかず、本を読むのが得意ではないし、読み終わるのに三日かかった。作者を知って読んでいるせいか、ヘンな気分だった。小説は、女の子といっても大人だけど、主人公が近所を散歩する話だった。途中で不思議なことに出会って、不思議の謎を解くという、ある種ミステリみたいな小説だ。作者のイメージからすると、思ったよりチャーミングだった。透明な感じというより、クリーム色の背景にイチゴショートとか、カラフルでかわいいものがあらわれた気分。これは、ぼくが撮る風景写真じゃ合わないと思った。
まあ、コーヒーでもいれて考えよう。ドリッパ、サーバ、ペーパーフィルタ、コーヒー豆を挽いて、やかんでお湯が沸く。ひらめいてしまった。コーヒーの粉にお湯をすこし注いで三十秒蒸らす。ぼくのひらめきも。ちびちびお湯を注いでコーヒー液を抽出してゆく。一休さんだったら木魚の音がするところだ。目標の量のコーヒーを抽出したら、サーバからマグカップに注ぐ。ちーん。
コーヒーをすすりながら表紙撮影の連絡メールを送信した。
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