先輩の仏頂面と僕の偶像崇拝

てすたー001

暇の女神と仏頂面

○僕

「雨が降り出したんですよ」

僕は憧れの先輩を目の前にして、この街に住む95%の人が知っているであろう、他ならぬこの街で降った雨の話をしている。馬鹿か。因みにこの馬鹿の「ば」は「ヴァ」と発音する。こっちの方がより"馬鹿"っぽい。


案の定、先輩は興味が無さそうな顔している。暖簾に腕押しとはまさにこのことだが、暖簾のほうがまだ押しごたえがあるだろう。実際に押して試してみたいものだが、残念ながら、このお洒落な個人経営のカフェ「のえる」には暖簾など存在しない。

似たようなところで、淡いピンク色のカーテンが先輩の背後にあるが、カーテンは引くものであり押すものではないと心得ている。また、仮に押したとして50センチのテーブルを挟み先輩と対峙しているこの状況では、僕の腕の長さが足りない。もし仮に人類の腕の長さがテナガザルと同じ比だったとして先輩の後ろの淡いピンク色のカーテンを押せたとしたら、その時はテナガ・ホモサピエンス初の壁ドン達成の快挙の日であり、暖簾の押しごたえの話は既にどうでも良くなっていることだろう。


さて読み返して分かる通り、先輩にとって僕はまだ一言しか喋っていないヤバい奴になっていることを察してほしい。しかし察したところで状況が好転するわけではないだろう。


先輩は一言で言うと美人だ。黒髪ロングヘア(去年まで銀髪だったらしい)、白い肌と赤い唇。目の大きさを誇張した化粧。

多分スッピンだと可愛い系の顔なんだと思うけど、あえて綺麗系の顔に仕上げている。

2、3万価格帯のセンスのいい服に、細い身を包む。ヒールの角度は30°で隣を歩くと172センチの僕より背が高い。特技はピアノの弾き語り。

ハイスペックな先輩にはどういうわけか友達がいないのだ。

僕がいつどんなにしょうもないことで、呼び出しても遊びに来てくれることが証拠である。

学部の同期たちは、先輩の事を女神と呼んで高嶺の花として崇拝しているが、もし先輩が神であればそれは、暇の女神だ。


特に話しが広がらないこと30分間、先輩の顔は終始退屈そうな顔をしていた。最初につまらない顔をしてから、今までどこを切り取ってもつまらない顔をしていた。パリの美術館で額縁に収まっていたら、現代アート「つまらない顔」として一定の評価をされたかもしれないが、しかし先輩のつまらない顔は終始僕に向けられていた。


実は、僕はこの結果に落ち込んでいない

本当にどうしようもないことに、僕は先輩のような美女が退屈している顔が堪らなく大好きなのだ。笑っている顔よりもセクシーで、次にどんな反応があるのか予測できないところに強く惹かれてしまう。

だから僕はいつもちょうど良い退屈な話を用意するし、先輩はその話を当然つまらなそうに聞くことになる。


先輩の仏頂面とそれを拝む僕。

こんな関係が長く続く筈がないと分かっていた。

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