第6話 イメージチェンジ

 遠藤さんが帰った後、私はどうしたものかと途方にくれていた。まだ親友の瑠美は仕事だとは解っていたのだけど、いてもたってもいられず電話する事にした。電話に出た瑠美の後ろからクラブハウス特有の音楽が聞える。やっぱまだ仕事中だよね・・・

 仕事中に申し訳ないと思いつつも「瑠美ちょっと相談があるんだけど」と切り出した。


「今、職場だから来れば?」

「うん、今から行くね」


 お客さん商売をしている手前、親友の職場に行っても問題ないのは今回はありがたい。今日は親友の助けがどうしても必要だった。

「あ、それと、勿論、杏南様でね」と言う瑠美の要求は受け入れがたいものだったけど、それも今回ばかりは仕方ない。「わ、わかったよう」と嫌々だけど承諾したのだった。


 瑠美のクラブハウスに入るといつものようにざっと音を立てたみたいに、いくつもの視線がこちらに向けられる。見ないようにしててもわかってしまう。

 何回来てもこの視線には慣れない。正直誰にも見つからないようにひっそりと裏口から入りたい所なんたけど、それは瑠美が許してくれなさそうだし。「ファンサービスしなよー!」って言われそうだ。

 ファンの好意的な目はまだいいんだけど、たまに頭の先から足先までなめられるような視線を向ける人がいて、それがどうしても苦手で、そもそも注目されたりするの苦手だから余計に嫌なんだけど。


「あれ?杏南様じゃない?」「今日いつもとちょっと雰囲気違うけど素敵!」「きゃー!」と耳に入ってくる私への反応。

 多分これは遠藤さんが選んだ服をそのまま着て来てしまったからなんだろうな。

 遠藤さんに言われた通り、プレゼントしてくれた子達に失礼だと思っていたのは確かなんだよね・・・。たまには感謝の意味も込めてファンの子からのプレゼントを着てるところを見せた方がいいのかなぁ?とか、色々考えてしまった。この際そのまま遠藤さんコーディネートの服、無理やり着せられたんだけど、その服装のままで行った方がいいんじゃないかとも思った。

 結果、そのままの格好で来てしまったんだけど、いつもより注目されている気がしてならない。

 いつもだったら瑠美から選んでもらった服を着まわしてここには来るようにしていたからか、いつもの服装ではない私を見て余計にざわざわしてるみたいなんだけど・・・


 この前プレゼントをくれたファンの子が近づいてきているのがわかって、私はメヒョウメヒョウと自分に暗示をかけるように気を引き締めた。


「あの、杏南様、私がプレゼントした服着てくれてるんですね。嬉しいです!」

「あ、そうなの?この服いい感じで気に入ってるんだ。ありがと」


 あ、この服この子からのプレゼントだったのかと言われてから気づき、慌ててるのを悟られない様にお礼を言った。にこっと笑うのも忘れずに。もう本当私って・・・遠藤さんの言う通りじゃない。


「いえ、杏南様が着てるの見れるだけで幸せです」と顔を赤くさせるファンの女の子に申し訳ないと思いつつ、いつも通りここでの杏南を心がけつつ「あははは。ありがとう。またね」とさらっと言う事を意識してやり過ごした。内心ドキドキでしかないんだけど・・・


 カウンターにいる瑠美を見つけて手を振ると、私に気付いて瑠美が驚いた顔をしている。

 瑠美の側まで行くと「お疲れ」と何も注文していないけどカクテルグラスを渡してくれた。ここに来るとよくあることなのでありがとうと言いながら受け取る。


「今日杏南私が選んだ服じゃないんだ。でもいい感じだわ。これはこれでなかなか」


 ほぉーと言いながら私の今日の服装を眺める瑠美に「いや、これには深い訳があって・・・というか、瑠美ー!聞いてよ!」と泣きついた。


 今日あった遠藤さんとの出来事を一部始終瑠美に報告した。その間、瑠美はずっと聞いててくれたんだけど。「へー。あの子が。」と言いながら瑠美は笑ってるし。笑い事じゃないんだけど!こっちは真剣に悩んでるっていうのに・・・


「やだよもう・・・。明日職場に行くのがすごく億劫」

「どっちでもいんじゃないかなぁ。杏南は杏南なんだし。似合ってなかったならアレだけど、杏南だったら着こなせちゃうでしょ?今日もいい感じよ杏南様!」

「瑠美までそんな事言う・・・。私が何でこんな目に。大体私らしくないでしょ?」

「そう?私は今の杏南も好きだけど。ここにその格好で来る事だって別に悪い事してる訳じゃないんだからバレてもいいじゃん。」

「それはそれで嫌だよ。私が様付けで呼ばれてるとか学校で噂になったりしたら」


 考えただけでぞっとする。私は平穏に仕事したいだけなのに。


「じゃあ諦めて、イメチェンしてみたらどう?どっちかの選択肢しかないんだろうし。自覚ないからわかんないだろうけど、恵まれた容姿してるのは確かなんだからね?」


「私なんかのどこがいいのさ」とふてくされる私に瑠美はへらっと笑って私の後ろの方を指さす。


「ファンの子達に聞いてみな?熱く語ってくれると思うわ~」

「やめてよもう!」


 ごめんごめんってと謝って笑う瑠美を睨んでみるものの瑠美は悪びれもせずにまた笑う。


「杏南にも自信持って欲しいってのもあるのよ。」

「自信かぁ・・・」


 それはわかってるんだけど、勇気がいる事は確かなんだ。今までの自分から変わるわけなんだから。


 瑠美に相談したけど、やはり明日の事は億劫に変わりなかった。でも、まぁ仕方ないかぁ、どっちに転んでも瑠美は味方になってくれるのはわかってるし。不安なまま明日を迎える事になったのだった。


 職員の下駄箱に靴を入れる。いつもやってる事なのに私の心は穏やかではない。昨日遠藤さんが言った通りの恰好をして出勤している私。もう後悔し始めてる。前髪が無いからいつもより視界が広いし、眼鏡もないから恥ずかしくもあって。

 しかも、今日の服装は今まで仕事場に着て行っていた物とはかけ離れているし。どうしても気になってしまうのは周囲の目。自然とうつむいてしまいそうになってしまう。

 昨日瑠美から「ここ(クラブハウス)にいる時みたいに堂々としてなさいよ」と言われたことを思い出す。

 職員室に入る前、ドアを開ける手が震えた。深呼吸して心を落ち着かせ、ドアを開き「おはようございます」と言いながら自分のデスクへと一直線に向かおうとした。


「あの、どなた?部外者はこちらに入って頂いては・・・」


 入った途端、教頭先生につかまってしまった。部外者とまで言われてしまって、流石に慌てる。一応は覚悟していたのだけど、ここまで気づかれないとは思わなかった私は慌てて「あ、あの大塚です」と言って眼鏡と前髪をいつも通りにしてみせた。こんな時に役立つとは思ってなかったのだけど一応、眼鏡を用意していたのは良かったかもしれない。

「あ、大塚先生でしたか。すみません」ととても驚いた顔をした教頭先生。私だって気付かれないとは思っていなかったから驚いてしまったけれど、ちょっと傷ついてしまう。もう何年も同じ職場なのに・・・。職員室内でもそんなやり取りを何度かした。「すごいイメチェンしましたね」と同僚の先生方にも驚いたと言われ、どうにか私が同僚だと認識してもらえてほっとする。最初からこんな扱いを受け益々先が思いやられる。


 ホームルームの時間が始まる時間に担任を受け持つクラス2年3組の教室に入る。「ちょっ誰?」「え?ちょー美人」そんな声が教室に入った瞬間に聞こえてきた。その声が聞こえないふりをしつつ、いつものように教壇に立ち黒板の日直を確認した。


「は、はい。日直さんは今日は向くんだったかな?」

「え?は、はい!」


 疑問交じりで返事をした向くん。多分私が誰かわからないのかもしれない。散々職員室でも誰かと問われた後の事だし仕方ないんだろうけど、傷つくなぁ・・・


「え?声大塚じゃね?」


 一人の生徒がそんな事を言い出した。


「うそ、んーなわけないじゃん」


 解ってもらえたのかと少し嬉しく思っていたら否定の言葉が他の生徒から出だして「だよねー」と初めに私だと言っていた子は簡単に覆されてしまった。

 正直ここまで気づいてもらえないと仕事に支障が出てしまいそう。ざわざわとした教室でホームルームも始められそうもない。どうしよう・・・眼鏡職員室に置いてきちゃった・・・


「せんせー、今日いい感じですね」


 そんなざわざわした教室で一人の生徒が声を上げてくれた。声のした生徒。声だけで解ってしまった。この状況を作りだした張本人の遠藤さんがいた。「あ、ありがとう遠藤さん」とお礼を言うと、遠藤さんはニヤッと笑ったのだった。



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