第二章 忘却されし鳥
第30話 レイニーラン
視界が霞むほどの雨の中、傘もささずに全身が濡れるのを気にする余裕もなく、ひたすら走っていた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
――どうして今日に限って!!
いつもは一○分や二○分遅れてくるのが当たり前のバスが、たまたま乗ろうとした日に限って定刻通りに出発してしまったのだ。
どうせ遅れてくるだろうと、高をくくっていたのが災いした。
バス停に到着したときにはすでに走り出したあとだった。
遠ざかっていくバスに向かって、必死で叫んで手を振っても停まらずに、自分を置いて行ってしまう。
さしていた傘を放り出して、見る見る離れていくバスを追いかけるように、短い四肢に力を込め道をひた走る。
『――約束、です』
約束しているのだ。必ず迎えに行くと。
今でもそのときに絡めた小さく、華奢な小指の感覚を覚えている。
初めて会ったとき、その子は怯えてばかりで全く近づいてこなかった。
優しく話しかけても怖がってふるふると首を振るばかりで、瞳に涙を溜めていた。
父親がたまたま広げていた本で、描かれていた大きな竜の挿絵を興味深げに覗いていたのを見て、これだ! とそのとき確信した。
それから母親に裁縫を習い、誰にも知られないよう、こっそりとひたすら縫い続けた。
一ヶ月掛けてようやく完成したそれを渡したとき、今まで泣いていたのが嘘のように顔をほころばせ、『ありがとう』と言ってくれた。
それからはよく一緒に行動するようになり、その子を本当の妹にように可愛がった。
実際、自分は妹だともう思っている。
だからこそ、今、こうして油断していた自分を叱咤しながら死ぬ気で走っているのだ。
破ってはいけない。交わした約束を。
裏切ってはいけない。信じてくれた笑顔を。
身体を濡らすのが雨なのか汗なのかわからない状態で、息を切らせて走り続ける。
言葉にしたところで無意味だとしても、どうしても叫ばずにはいられない。
「――待ってろ、青唯!!」
降りしきる雨の中、太一の絶叫が街に響いた。
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