第29話 お願いの内容
「それでは青唯を新しく〈円卓の虹〉に迎え入れたいと思います。流珂、お店の方からケーキと紅茶を持ってきてください。これからみんなでお祝いをしましょう」
胸に対するちょっとした騒動が収まると 仕切り直すように湖都奈が言った。その頬はまだほんのりと赤みがさしていたが。
「かしこまりました」
湖都奈の指示に流珂は応えると、円卓の間を音もなく出て階段を上っていく。
「……あ、私も、お手伝いします」
「えっ? 青唯はゲストなんだから座ってて大丈夫って……行っちゃったか」
太一が止める間もなく、青唯は部屋から出て行ってしまった。
「ゆったりのんびりでいいのに。ふわぁ……」
紫音はあくびをこぼして円卓で丸くなった。
太一はそんな、ゆったりのんびりしている紫音に優しく笑いかけた。
「なあ、紫音。一つ訊きたいんだが――俺の携帯に何をした?」
「! ……二人を手伝ってくる!」
ビクッと肩を揺らしたあと、ゆっくり紫音は椅子から立ち上がる。それから突然、俊敏な動きで太一の視線から逃れるように階段を走って上っていった。
「あれは……黒、だな」
紫音の逃走が、太一の携帯を勝手にいじったことをはっきり物語っていた。
「悪気があってのことではないと思うので、あまり怒らないで上げてください」
部屋から逃げ出していった紫音に苦笑しながら、湖都奈が太一を見つめてくる。
「…………」
しばし、そのまま無言で太一も湖都奈を見つめる
「――今日は湖都奈がゲストを用意してくれたように、俺も湖都奈に用意している物があるんだ」
そして、意を決して太一は口を開いた。
「用意している物、ですか? ……私に?」
湖都奈が右手で自分を指しながら訊いてくる。
「実際に湖都奈の剣をこの目で見て、それからずっと考えていたんだ。相応しい鞘のことを、ずっとな」
そう言って太一が椅子から立ち上がると、彼女も同じように立ち上がった。
「今の俺にできる最大限を受け取ってくれ」
そして太一は目を閉じ、意識を右手に集中して湖都奈へ向ける。
心に浮かぶのは笑って、拗ねて、泣いて、喜び、そして自らを化物と呼びながらも、力を恐れずに剣を取った銀髪赤眼の少女。
そして、そんな彼女の心を世界に形として現した鮮烈な赤い剣。
――太一は湖都奈の剣に相応しい鞘を贈ることを強く願った。
「【
太一は目を見開いて剣の銘を告げた。
すると赤い光を放ち湖都奈の剣、〈召喚勇剣〉が目の前で形を成した。その刀身が眩い赤の光に包まれると、パチンと澄み切った音を高らかに響かせる。
光が消えたあとに〈召喚勇剣〉は鞘に納まった状態で太一の前に浮いていた。
剣と同じ赤色の鞘で、湖都奈が大好きだと言った白い花、エーデルワイスの装飾が施されている。
剣と鞘の間に違和感はなく、元からそうであったかのように綺麗に納まっている。
太一は浮かんでいる剣を両手で取ると、恭しく湖都奈に差し出した。
「これが俺が用意した湖都奈への贈り物だ」
胸を張って湖都奈に言う。ここで臆するような物を、太一は創った覚えはない。
湖都奈は鞘に納まった剣を、振るえる手で受け取ると、大事そうに胸に抱え込んで俯いた。
「太一はこの鞘をずっと考えてくれていたんですか?」
「それが〈円卓の虹〉に俺が協力する理由だろ? ただ、俺が湖都奈にできることをしてやりたかったってのが一番の理由だけど」
太一は〈円卓の虹〉への協力だからではなく、目の前にいる湖都奈に自分にできることをしてあげたかった。
「では、私も太一にしてあげたいことをします。太一、少しだけ屈んでください」
言われた通りに太一が屈むと、近づいてきた湖都奈の踵が浮いた。
「――っ!?」
太一の唇に柔らかい物が触れた。
湖都奈が自分の唇を、太一の唇に重ねたのだ。
短い間だったが、湖都奈の柔らかい唇の感触がしっかり触れているのを太一は感じた。時間が止まってしまったように、呆然として動けなくなる。
「私の贈れる最大限の感謝を。太一になら私の剣を預けられます」
離れた湖都奈が頬を赤く染めて言う。その美しい貌に優しい笑みを浮かべて。
〈召喚勇剣〉は赤い光の粒子に変わると、太一の中へ入ってきた。
胸が暖かくて優しい光に満たさる。湖都奈の赤い虹力が納まるのを感じた。これこそが【納虹剣】なのだと納めた今ならはっきりとわかる。
太一は身体が動くようになると、嬉しさのあまり頭がどうにかなりそうになるのを必死に堪えながら応えた。
「湖都奈の剣は俺が預かった! 必要なときはいつでも言ってくれ。必ず応じる!」
「はい。よろしくお願いします」
この先〈アルカンシエル〉を助けるために〈円卓の虹〉に協力すれば、PRFやBKのような存在が幾度となく立ちはだかり、今回より酷い目にも合うだろう。
苦難と困難にぶつかることは、容易に想像できた。それでも太一は〈アルカンシエル〉の剣を納めることを決めた。
だから日向太一は宣言する。はっきりと言葉に出して。
「湖都奈、俺は〈アルカンシエル〉全員の剣を納める。必ずだ。んでもって〈
今はまだ、闇を止められる方法はわからない。それでもやるべきことはわかっている。それならば――。
「俺は円卓への参列を正式に表明する!」
声高らかに太一は湖都奈に向けて告げた。
「太一にならできます。私の心を開いてくれた太一なら必ず。――もちろん、私も精一杯協力します」
湖都奈は太一の手を取って、表明を歓迎するように微笑んだ。
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「喫茶店のケーキ、とっても美味しかったです」
満足した顔で青唯はファフを抱きながら言った。太一は自宅のリビングのソファで隣に座りながら、彼女の感想を聞いている。
太一が参列を表明したあと、円卓の間に戻って来た流珂、青唯、紫音がそれぞれ運んで来た紅茶とケーキはどれも美味しかった。
しばらく彼女たちと歓談して時間が過ぎると、太一は外が暗くなる前に暇を告げて青唯とともに家に帰って来た。
別れ間際に湖都奈は、喫茶店の扉の前で「それではまたあとで」と、二人に手を振って見送ってくれた。
「兄さんと、美味しいものを食べに行くことできました」
「確かに青唯と一緒に美味しいもの食べたけど、俺が連れて行ったわけじゃないぞ。それでいいのか?」
青唯とは一緒に美味しいものを食べに行く約束をしていた。だが、喫茶店までは太一が連れて行ったのではない。そのことが気になり、青唯に問いかける。
「兄さんが、湖都奈さんや紫音さんと会っていなければ、喫茶店へ行けなかったです。なので兄さんが、連れて行ってくれたんです」
にこにこと笑って言う青唯に、太一は思わずほろっときた。
「……青唯、お前はいい娘に育ったなぁ」
こみ上げてきたものに、目尻を擦りながら太一は言う。
「よし! 今日の夕飯は青唯の好きなものを作ろう。――あ、でも喫茶店でケーキ食べてるから、あまり食べすぎると良くないな。……ジャガイモがトロトロになるまで煮込んだ、野菜多めのカレーにして、よそる量を控えるか」
「それはいいですね。楽しみに、してます」
青唯も賛成してくれたことで、太一はさっそくソファから立ち上がると、キッチンに材料の確認をしにいった。そして冷蔵庫の野菜室を開けながら、ふと思い出したことがあった。
「――青唯、喫茶店で湖都奈が別れるときに言っていたことを覚えてるか?」
「湖都奈さん、ですか? 確か『それではまたあとで』と、言ってた気がします」
太一も思い出す。確かに湖都奈がそう言って手を振っていたことを。
そしてふと疑問に思った。今日はもう会う予定がないのになぜあとで、なのかと。明日と聞き間違えたのかと青唯に確認を取ったが、そうではないようだ。
「……何でまたあとで、なんだ……?」
太一が一人呟くと突然、玄関のチャイムが鳴った。
「青唯、兄ちゃんが出てくるから、インターフォン取らなくていいぞ」
座っていたソファから、立ち上がろうとする青唯を制して、太一は玄関へ向かった。
「はい、どちら様で――」
この時間でセールスは来ない。父親が旅先から送った土産か何かだろう、と玄関を開けた太一はチャイムを鳴らした相手を見て、しばし呆然と固まった。
「こんばんわ、太一。――これからお世話になります」
制服姿の湖都奈が大きなボストンバッグを持って立っていた。彼女は太一に向かって深く頭を下げる。
「……な、何で湖都奈が家に……? その大きな荷物は一体?」
太一は理解が追いつかず、震えた声を喉から絞り出す。
「はい。太一にしたお願いを聞いてもらいに来ました。必ず聞くと言ってもらえたので」
「あ、ああ、確かに言った。覚えてる。俺は確かに湖都奈に必ずお願いを聞くと言った。それが……まさか?」
「はい。一緒にいたいと言ってくれた太一と、私も一緒にいたいので、住むことにしました。――太一のお家で」
銀髪赤眼の少女は満面の笑みを、未だ玄関で固まっている太一に向けるのだった。
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