第28話 積極的な理由

「そう言えば、あの喫茶店に名前はないのか? 湖都奈も喫茶店としか言わないし」


 放課後になり、喫茶店に向かいながら、隣を並んで歩く湖都奈に太一は訊いた。


「あのお店はもともと私の両親が〈円卓の虹〉の活動拠点として買った店舗で、母が趣味で喫茶店を始めたんです。その際に虹霊が気兼ねなく休める場にしようと、名前は決めずに外からも中が見えないようにしたんです」

「――知る人ぞ知るってやつか」

「〈円卓の虹〉が助けた虹霊から徐々に広まって、今では常連さんもできて、虹霊のちょっとした憩いの場になりました」


 太一は初めて営業中の喫茶店に入ったときのことを思い出す。数名の客が紅茶を飲んでくつろいでいたが、そう言えば、全員女性で右腕に腕輪をはめていた。


「湖都奈も喫茶店で働いたりするのか?」


 太一が紫音と初めて会ったとき、やる気はともかく彼女は給仕としてメイド服を着ていた。なので湖都奈も働くことがあるのか尋ねてみた。


「ええ、もちろんです。母の残したお店ですから私も放課後や休日など時間が空いたときにお手伝いします」

「湖都奈のメイド服姿――見てみたいな」


 太一は何げなく言ったつもりだが、聞いていた湖都奈は驚いた表情をしていた。


「私がメイド服を着ているところ、太一は見たいんですか?」

「ああ、見たい。だってきっと似合うと思うから」


 湖都奈のメイド服姿を想像しながら言った。

 だが隣を歩いている湖都奈が制服のミニスカートだからだろうか。なぜか喫茶店の古風なロングスカートではなく、ミニスカートのメイド服を着た彼女が太一の脳内で再現される。


「……そ、そうですか。似合うと思いますか」


 太一が頭を振って想像を消していると、横で湖都奈が小さく何か呟いた。


「ん、何か言ったか?」

「いえ、何でもありません。――ほら、もうすぐそこですし、早く行きましょう」


 そう言って、すたすたと早足で歩いていってしまった湖都奈の背中を追いながら、太一は首を傾げるのだった。


 太一が喫茶店のドアを開けると、何やら店内がざわついていた。


 ――ちっちゃかったね。小動物みたい。瞳がラピスラズリみたいに綺麗だった。両手でぬいぐるみを抱えてるの可愛いよね。


 そんな女性客の会話を尻目に太一が湖都奈と円卓へ続く扉の前に立つと、彼女はそのまま開けた。どうやら既に鍵が開いていたようで、木製の扉はすんなり動いた。


「もうすでにゲストは到着しています。紫音も店には出ないで、扉を開けたまま円卓の間へ下りています」


 湖都奈が言いながら階段を下りていく。明かりがすでに灯されているので、確かに紫音はすでに円卓の間にいるようだ。

 太一が部屋に入ると、そこには変わらず精巧な円卓が安置されていた。

 ただ前回と変わっている箇所が一つあった。入り口からすぐ近く、太一の座る席とちょうど対面になる席に小さな客人が着いていたのである。その横には流珂が立っていた。

 その客人を目に止めた瞬間、太一の両目は驚愕に開かれた。


「青唯!? 何で青唯が円卓に座ってるんだ!?」

「兄さん、もうちゃんと、目が覚めたみたいですね」


 円卓の大きめな椅子にちょこんと腰かけていたのは、学校指定の白い制服に身に包んだ青唯だった。その腕にはファフが抱かれている。

 今朝、太一は青唯と自分の弁当を作ると慌てて家を飛び出したので、ろくに顔を合わせていなかった。なので昨日の夜、彼女がおやすみの挨拶をしに来て以来の再会である。太一が驚きの声を上げないわけがない。


「驚いてくれたみたいですね。もうおわかりかと思いますが、今日ここにお招きしたゲストは青唯です」


 振り向くと、湖都奈がいたずらが成功した子供のような表情で、無邪気に笑っていた。

 ……こんな笑い方もするんだ、と太一はその笑顔に見惚れた。

 今日のゲストが青唯だとは、思いもよらなかった。湖都奈に言われた通り、かなり驚かされた。

 太一は湖都奈とともに円卓の椅子に腰掛けると、青唯に声を掛けた。


「青唯、もっと近くの席に座らないか? そこだと遠いだろ」


 湖都奈と紫音がそれぞれ隣に座る中で、一人だけ離れているので太一は訊いた。


「いえ、兄さん、私の席はここです。他の席は座ると、私の席はここじゃないって気持ちになって、長く座れません」

「? ……どういうことだ?」


 太一には青唯の言っていることがよくわからなかった。


「それがこの円卓の特性なんです。席には相応しい者しか座れないようになっています」


 太一から見て左隣の席に座る湖都奈が円卓について教えてくれた。


「それはまた、どういう原理で?」

「原理まで詳しくは……円卓をここへ置いた本人に訊いても教えてくれなくて」


 湖都奈にも詳しいことはわからないようなので、太一は話題を変えることにした。


「そう言えば青唯はどうやってここまで来たんだ?」

「下校した青唯様を、私がここまでご案内させて頂きました」


 太一の質問におっとりとした声で流珂が応えた。


「私が流珂にここまで連れて来てくれるよう、お願いしたんです。もう二人は顔馴染みでお話もしていますから、青唯もそこまで警戒することはないと思いまして」


 青唯は初めて会った人には強い警戒心を示して動揺するが、自分に対して悪意を持っていないとわかるとすぐに落ち着く。

 おっとりした雰囲気で、物腰の柔らかい流珂に対してなら、そこまで警戒心を抱かないだろう。


「学校帰りの青唯をここに呼んだってことはつまり……」

「青唯はすでに〈円卓の虹〉のことを知ってる。〈アルカンシエル〉や太一の能力も」


 太一の右隣の席で、メイド服のまま円卓に突っ伏して座る紫音が応えた。


「何で青唯に全部話したんだ――と言うか、いつの間に?」

「太一を先に学校へ行かせたときにです。私たちもあの家に行くまでは全く気付きませんでした。まさか青唯が〈アルカンシエル〉の一人だったなんて」


 湖都奈の発言に、太一は驚愕で目を再度大きく見開いた。


「――青唯が〈アルカンシエル〉だって!?」


 太一に走った衝撃は先ほどの比ではない。思考が働かず、ぽかんと口を開けてしまう。


「湖都奈さんに、これまでのこと全部教えてもらいました。兄さん、大変でしたね」


 青唯の声に太一はなんとか平静を取り戻すと、湖都奈に愚痴る。


「先に一言、俺に言ってくれても良かったじゃないか」

「ごめんなさい、太一。でもこれは同じ〈アルカンシエル〉である私から、青唯にきちんと伝えたかったんです」


 それが正しいと思って、湖都奈は青唯と話したのだろう。謝られた以上、太一は納得することにした。


「わかった。湖都奈がそう言うなら、それが良かったんだろう。――で、青唯を今日ここに連れて来たのにも何か理由があるんだろう?」


 わざわざここに連れて来たのは、その必要があったからなのだろう。そう思って湖都奈に訊くと、彼女は同意を示してうなずいた。


「はい。私の〈召喚勇剣コールブランド〉の能力でわかったことがあるので、ここに青唯を招きしました」


 表情を真剣なものに改めて湖都奈は言った。


「わかったことって?」

「〈召喚勇剣〉はアーサー王の伝説に出てくる聖剣と同じ銘を持っています。その聖剣を引き抜いたアーサー王の元には、多くの名だたる騎士たちが集いました。私の剣はその伝えによるものか、〈アルカンシエル〉を呼び寄せるんです」

「伝説の聖剣と湖都奈の剣は、ただ同じ銘を持ってるだけじゃないってことか」


 太一の言葉にうなずくと湖都奈は椅子を引いて、おもむろに立ち上がった。右手を前にかざして剣の銘を口にする。


「――〈召喚勇剣〉」


 湖都奈の右手から赤い光が眩く輝くと、華麗な赤の剣〈召喚勇剣〉が現れた。


「――光を呼べ」


 剣を両手で握った湖都奈が言って剣先を円卓に向けると、その磨かれた表面が雫が水面に落ちたように波打ち、徐々に何かの姿を映し出す。


「えっ? これって青唯じゃないか」


 円卓の表面が鮮明になると、そこに太一の可愛い従姉妹、青唯の姿があった。

 湖都奈が静かに剣を下ろすと、円卓に映し出されていた青唯が消えた。


「これが〈召喚勇剣〉の能力で、次に〈円卓の虹〉に迎えるべき〈アルカンシエル〉を映し出し、夢で呼び掛けるんです」

「……夢で呼び掛ける?」


 太一が青唯の方を見ると、今しがたの現象に驚いたのか、キョトンとしていたが視線に気付くと教えてくれた。


「昨日、眠っていたら夢の中で、誰かに名前を呼ばれました。そのときはよくわからなかったです。でも、今日、流珂さんが来てわかりました」


 ……剣にそのような能力まで備わっているとは。太一が驚きで言葉も出せずにいると、湖都奈は〈召喚勇剣〉を光に戻して、椅子に座り直した。


「……まさかこんなに早く、湖都奈が剣を創れるとは思わなかった」


 〈召喚勇剣〉をまじまじと見ていた紫音が、ひどく感心したように言う。


「湖都奈を先にして正解だった。紫音だったら一体いつになるかわからない」

「先って、何をだ?」

「太一に【納虹剣ペイドソード】をしてもらう順番。二人まとめては無理だから紫音と湖都奈、どっちが先にしてもらうか決めるとき、紫音は辞退した」


 【納虹剣】は〈アルカンシエル〉に対して発動させるにはまず、相手の心を開かねばならないのだ。そう簡単にできるものではない。

 異性を魅了する見た目や技能などがあれば話は変わってくるのだろうが、そんなもの持ち合わせていない太一には、一人一人と真剣に向き合っていくしかない。それでどちらが先にするか二人で話し合っていたのだろう。

 それは太一にも理解できるのだが、一つわからないことがあった。


「何で紫音は辞退したんだ?」


 自分は紫音に対して何か悪いことでもしただろうかと、太一は少し不安になった。


「太一、物事には順序がある。優しい湖都奈を置いて先に人間嫌いな紫音とか、無理ゲーにもほどがある」

「紫音がそう言って辞退したので、私が先に決まりました。それからは太一と一緒にお弁当を食べたり、ミッションと称してショッピングに行ったんですが、色々と強要してしまったようで……迷惑じゃなかったですか?」

「いや、迷惑だなんて全然! 俺こそ女の子と今までろくに会話したことがないから湖都奈に迷惑かけてないかとか、退屈にさせてないかとか思ってたくらいで……!」


 不安げな表情で訊いてくる湖都奈に、太一は首を左右に振って全力で否定した。彼女のしてくれたことを迷惑などと思ったことは微塵もないのだ。


「言ったでしょ? 積極的にいけば大丈夫だって。太一はもう、湖都奈のおっぱいにノックアウトされた」


 ……湖都奈がなにかと積極的だったのはお前の指示か。

 太一は紫音に心の中でツッコミを入れるが、その視線はついつい湖都奈の胸元に向いてしまった。


「た、太一も男の子ですからやはり、そういったことに興味がありますか……」


 太一の視線を察したのか、湖都奈が頬を赤く染めながら自分の胸を両腕で庇った。


「興味がないと言えば嘘になるけど、今のは不可抗力だ!」


 太一の声が円卓の間に響き渡った。

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