第27話 従姉妹の活躍

 学校から帰宅した太一は荷物を片付け、制服から着替えると早速作業を始めた。

 家に置いてある本で、必要と思われる物を片っ端から自分の部屋に持ってくると机の上で読み進める。

 それからだいぶ時間が経過すると、部屋の扉がノックされた。そちらへ太一が身体を向けると、ファフを抱いた青唯が立っていた。


「兄さん、今いいですか?」

「ん、どうした青唯。宿題でも見てもらいたいのか?」


 実家に戻って来てから青唯の部屋を太一が訪れることはあっても、青唯の方から訪ねてくるのは初めてだった。

 まだ久々に家に帰ってきた自分に慣れていないのかと、特に気にしていなかったが、こうしてノックをして来てもらうと、素直に嬉しい。


「いえ、それは、大丈夫です。またの機会にお願いします」

「そうか、じゃあ遊んでもらいに来たのか。……ちょっと待ってくれ。色々とゲーム出すから」 


 太一はおもむろに椅子から立ち上がると、部屋の押入れを開けようとした。


「そうでもなくって……兄さん、本を持っていったから、どうするのかと」

「――ああ、これか。ちょっと参考にしたかったんだ。ごめん、父さんの部屋から勝手に借りていったけど、青維も何か読みたい本があったのか?」


 机に積まれた本の山を一瞥して青唯に訊く。


「兄さんが父さんの本を持っていくの懐かしいな、と思って」


 太一の机の上には色々とデザイン集が広げられていた。どの本にも聖剣や魔剣のイラストとその元となった伝説について書かれている。


「友達に剣の鞘のデザインを頼まれて、参考にさせてもらおうと読んでたんだ」

「兄さんが家を出て行く前は、私にたくさん読んでくれました」


 当時の記憶を思い出すように青唯が言う。 


「青唯がちっちゃなときは、よく読んでくれってせがんできたっけ」


 昔の「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と、くっついて離れなかった青唯の姿が浮かぶ。


「もう、そこまで子供じゃありません……!」


 青唯は少し拗ねたように頬を膨らませ、そっぽを向いてしまう。


「ごめん、ごめん。今日は青唯の好きなハンバーグを夕飯に出すから許してくれ」

「それも子供扱い、してます。……ハンバーグには目玉焼きも乗せてください」


 文句を言いつつ目玉焼きを注文してくるあたり、まだまだ子供だなぁと思ったが、もちろん口には出さずに太一は「わかった」と了承する。


「それでデザインは、上手くできそうですか?」


 進捗具合が気になるのか、青唯が訊いてくる。


「うーん、色と大雑把な形はもう大体決まってるんだけど、一番肝心な装飾がどうにもな……」


 太一の瞼の裏に、燦然と赤色に輝く湖都奈の剣が焼き付いている。それに合わせる鞘の大体の形は決まった。あとは装飾をどうするかという段階なのだが……。


「何も決まってないんですか?」

「花にしようって決めてるんだけど、どうにも手元の資料だけじゃ足りないんだ」


 家には花に関する資料があまり置いてなく、ネットの検索でも調べてはいるが中々、良いものが見つからない。


「クッソ、今日はもうあきらめるしかないか……!」


 太一は頭をガリガリかいたあとに、仕方なく今日はこれまでにしようと、机の上に広がっている本を閉じ始めた。


「兄さん……ひょとしたら、何とかなるかも知れません」

「へ? 青唯、どういう――」


 太一が疑問の声を上げるが、途中で青唯は部屋の扉を開けたまま出て行ってしまった。

 間もなくして彼女は軽く息を切らせて、一冊の分厚い図鑑を抱えて戻ってきた。

 胸と本の間にファフを器用に挟んでいる姿は見事だった。


「兄さんっ、お待たせっ、しましたっ」

「――青唯、その図鑑は?」

「私がお小遣いで買った、花の図鑑です。これにならきっと載っているはずです」 

「おお!? ありがとう、青唯! 助かる! やっぱり持つべきものは可愛い従妹だな!」


 図鑑を受け取ると、優しく青唯の頭を撫でた。

 さっそく太一が机の上に置いて開くと、横から青唯も覗いてくる。目次で該当のページを確認してからめくっていった。


「結構、詳細に写真付きで載ってるもんだ。これなら十分に使えそうだ」

「良かったですね、兄さん」


 太一が喜びの声を上げるので、青唯も心なしか嬉しそうだ。


「私は兄さんの役に、立てましたか?」


 青乃の質問に、太一は頭を優しく撫でてやることで返す。


「すっごい役に立ったぞ。ありがとう、青唯」


 撫でやすいように青唯は頭を太一に寄せてくる。頬もほんのり赤くなっていた。


「ふふっ」


 太一が手を離すと、青唯は満足そうに部屋を出て行った。

 部屋の時計を確認すると、時刻は四時四〇分。まだ、ハンバーグの仕込みを始めるまでには余裕がある。


「よし、頑張るとするか!」


 太一は気合を入れると、鞘のデザインに取りかかった。

 ――そして作業を続けること六時間。外はすでに暗くなっていた。


 途中、青唯と一緒に夕飯を食べ、風呂に入り、パジャマに着替えてからも作業を続けるが、未だに納得いくものが描けていない。


 根を詰めすぎるのも良くないかと、太一は一度作業を中断し、キッチンに飲み物を取りに行こうとした。

 すると席を立ったタイミングで、扉が軽く叩かれる音がした。

 今度は太一が扉を開けると、可愛いパジャマ姿の青唯が、ファフを抱きながら眠たそうな目で立っていた。 


「……兄さん、もうだいぶ遅いですけど、まだ完成までに掛かりそうですか?」


 扉を閉めていても下の隙間から光は漏れる。それでまだ太一が起きているとわかったのだろう、青唯が訊いてきた。


「ああ、まだまだ掛かりそうだ。描いててどうにも納得ができないんだ」

「お夜食におにぎり、握りました。キッチンに置いてあるので、良かったら食べてください。私はもう寝ます。……兄さん、おやすみなさい」


 わざわざ青唯は夜食を作ってくれていた。それだけでなく、太一におやすみまで言いに来たことに思わず泣きそうになった。


「おやすみ、青唯。おにぎり、ありがとな」

「……兄さんが頑張って、完成させてあげてください」


 そう言って青唯は静かに扉を閉めて、自分の部屋に戻っていった。


「そんなこと言われたら頑張るしかないだろ」

 太一は長期戦に向け、夜食と飲み物を取りにキッチンへと向かった。


======


「それで、気合入れて頑張って絵を描いてたら朝になっていた、と」


 右隣の席の了介が呆れたような声を上げる。

 太一は昨日、夜食を食べたあともずっと、描いては気に入らずに捨て、描いては気に入らずに捨てを何度も繰り返した。最後の方になってくると、太一の意志とは関係なく、右腕が勝手に描いているような感覚にまで陥った。

 ようやく絵が形になったときには、すでに部屋の窓から朝日が昇っていた。


 慌てて色々と準備を済ませて登校すると、時刻は八時五分。ホームルームが始まるまでにはまだ時間があった。一年二組の他の生徒は数人しかおらず、湖都奈も来ていない。

 教室に入った太一は、先に席に着いていた了介に挨拶もそこそこに、自分の席に着くなり寝不足で力尽きた。


「……おかげでデザインは完成させることはできた……」


 机にへばりついたまま、太一はサムズアップする。


「はいはい、お疲れさん」


 了介がおざなりに労ってくれるが、太一には返す気力もない。


「なあおい、そんなになってまで、すぐにしないといけないことだったのか? もっと日にちを掛けてやってもよかったじゃないか」

「そう言うわけにもいかないんだ。待たせたくはなかったし、何より今しか描ける気がしなくてよ」


 青唯の夜食を食べて気合を入れた辺りからだろうか。太一が真新しい赤色のシャーペンを動かしていると、次第に湖都奈の鞘は今しか描けないという確信が湧いたのだ。それからずっと、朝まで休むことなく描き続けていたのである。


「ふーん、そんなもんかね。まあ、お疲れさん」


 心なしか先ほどよりも、心がこもったように宗斗が労った。


「……サンキュー……」


 礼を言った太一はホームルームの時間になるまで、目を開けることはなかった。


「今日の太一はだいぶお寝坊さんです」


 意識が完全に覚醒したのは、昼休みに弁当を食べている最中だった。

 湖都奈と二人、以前と同じ中庭の生垣に囲われたベンチに並んで昼食を取っている。


「ちょっと色々やることがあって、気が付いたら徹夜してた。ここまで連れてきてもらって悪かった」


 あいまいではっきりとした記憶が無かったが、どうにもここまで、湖都奈に手を引かれながら来た気がする。


「徹夜はあまり身体に良くないです。眠れるときにはしっかり眠らないと、いざというときに動けなくなってしまいます」


 湖都奈が右手の人差し指を立て、生真面目に注意をする。


「気を付ける。俺はあんまり徹夜は向いてないみたいだ……ふぁあーあ」


 太一はあくびを一つ零して目をこする。まさか一晩寝なかっただけで、ここまで眠気が取れないとは思っていなかった。

 そんな様子で太一がいると、湖都奈が訊いてきた。


「太一は今日、特に予定ありませんよね。良ければ喫茶店で一緒にお茶しませんか。これまで起こった件に方が付いたことのお祝いにでも」

「喫茶店ってことはまた円卓でか?」

「そうです。紫音も一緒に」

「わかった。――あ、紫音と言えばBKと湖都奈が戦ってたとき、見てないのにこっちの状況を把握してたようなんだけど、どうしてだかわかるか?」


 紫音が太一に携帯電話で連絡してきたとき、BKを倒せていない理由訊いてきた。なぜ彼女にはそれがわかるというのか不思議だったのだ。


「うーん、なぜでしょう……あ、ひょっとしたら――」

「ひょっとしたら何だ?」


 何か閃いた様子の湖都奈に太一が訊く。


「いえ、確証があるわけではないのですが」

「でも何か思い当る節があるんだろ? なら教えてくれないか?」

「あくまで可能性の話ですが、太一の携帯を操作した際、携帯を自分の支配下に置いたのではないか思われます」

「……携帯を支配下に置く?」


 太一には湖都奈の言うことがいまいちピンとこなかった。


「ええ、紫の〈支配ドミネイション〉の虹力で太一の携帯を支配下に置き、自分の感覚の一部にしたのではないかと。それなら例え紫音が遠く離れていても、太一の携帯から私やBKの虹力を感知することができます」

「……あいつは人の携帯にやりたい放題か」


 湖都奈の憶測を聞いていた太一の頬が思わず引きつる。


「あ、あくまで可能性の話なので、あとは紫音に直接うかがってください」


 そんな太一の顔を見て焦った声で湖都奈が言う。


「ああ、わかってる。ただそれが事実だったら、一回お説教させてもらおう」


 太一は紫音に喫茶店で、確認を取ることを心に決めた。


「――それと今日は素敵なゲストもご招待しています」

「ゲスト? 呼ぶからには〈円卓の虹〉の関係者なんだろうけど誰だ?」


 湖都奈がふいにそんなことを言うので太一は尋ねた。


「それは楽しみにしていてください」


 湖都奈はにこにこと楽しげに笑っている。サプライズゲストということだろうか。

 それなら誰か知りようがないので、太一はそれ以上は訊かずに、大人しく放課後まで待つことにした。


「わかった。じゃあ放課後は喫茶店で」


 ……そこで湖都奈にあれを贈ろう。太一は密かに心の中で決めた。

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