第26話 決着の後始末

「太一、一度学校に戻りましょう。本来私たちは校舎に非難していなければいけない立場ですから」


 もう今日は授業ができる状態ではないだろう。

 だが警報が鳴って皆避難している中、太一たちがいなくなっているのもおかしい話なので、学校には戻らなければならない。


「そうするか。――あ、でもその前に協力してくれたあいつらに礼を言っておかないと。花火のところに行ってくるから、少しだけここで待っていてくれ」

「それなら私も一緒に行きます」


 湖都奈がそう言ってくるが、かなりの消耗を強いるほど頑張ってもらったばかりなので、あまり無理をさせるわけにはいかない。


「大丈夫だ、湖都奈は先に車に乗って休んでいてくれ。俺もすぐ戻るからさ」

 

 そう言って太一が視線を紫音に向けると、〈闇塗者オプスキュリテ〉を止める役目を終えた彼女は、太一にサムズアップしてからミニバンに乗り込んだ。


「そうですか。わかりました。では、すいませんが先に車で待ってますね」


 自身の消耗を自覚しているらしい湖都奈は、異を唱えることなく、おとなしくミニバンに向かって歩き出した。

 それを見届けた太一は、花火たちの方へ向かって駆け出した。


「……何よ、あんた。闇も消えて去って用はもう済んだんでしょう? 民間人はさっさと帰りなさい。条例違反で捕まりたいの?」


 少し距離を走って隊員たちに近づくと皆、額に疲労の汗を浮かべ息も絶え絶えに、膝をついたり地面に倒れ込んだりしていた。

 花火にはまだ余裕があるのか、はたまた意地なのか、一人だけ立っていた。


「捕まるのは勘弁。だけど、帰る前に礼が言いたくて。ありがとう、お前らのおかげで街を壊さずに済んだ。それと俺の毒も止めてくれてありがとな。気絶してあのとき言えてなかったから」

「……な、何よ、いきなり……私たちは市民を守るのが仕事なんだから、当然のことをしたまでよ。お礼を言われる筋合いはないわ」


 太一のお礼に花火は面食らいながら、自分たちは当然のことをしたまでだと言う。


「それでも命を救ってくれた相手に礼を言うのは当然だろう?」

「ふ、ふん、わかったわ。礼は受け取っとく」


 少し顔を染めた花火はそう言うと、そっぽを向いてしまう。

 太一はきちんと礼を言えたことに満足すると、先ほどの戦闘で気になっていたことを訊いた。


「BKとの戦闘中、何でお前らは銃で湖都奈を撃たなかった? いくらでも撃つ隙はあったろうに。お前らにとっては虹霊もBKも関係ないだろ?」


 地面にいた隊員は盾を構えるので精一杯だったが、空中にいた花火たち数名の隊員には撃つことができたはずなのだ。


「もう〈妖精〉――あの娘は私たちの保護対象じゃなかった。そして何より――」


 そこで花火は今までの固い表情を優しい笑顔に変えた。


「私の大切な仲間を守ってくれている娘の背中を撃つなんてできないわ。ありがとうってあの娘に伝えておいて」

「……そういうのは直接本人に伝えるものだと思うけど、わかった。伝えとくよ」


 太一はうなずくと花火に背を向けて駆け出し、ミニバンに乗り込んだ。


「湖都奈、具合はどうだ? 花火が仲間を守ってくれてありがとう、だってさ」


 隣の席でそれを聞いた湖都奈は意外だったのか、キョトンとしていたがすぐに嬉しそうに微笑んだ。


「彼女たちが無事でよかったです。今まで私を追っていた人たちですが、太一の命を救ってくれた恩人でもありますから」

「そうだな。無事でよかった。これで用も済んだ。さあ、学校に戻ろう」

「――はい!」


 湖都奈は体力を回復したようで、元気な声が返って来た。


======


 PRFがすでに撤収し、警報が解除されるまでもう間もなくという状態の中、崩れた陸橋やビルなどの戦いの痕が色濃く残る街をそれは歩いていた。


「ふーむ、初めて本格的に剣を振るって、この程度で済んだんなら大したもんだ」


 街の惨状を一瞥して、そのに感心する。


「最悪、簡単に街一つなんて消し飛んじまうからな」


 ところどころ斬られた痕の刻まれた四車線のアスファルトをぼやきながら歩いて行く。すると――


「……アアアアアアァァァァァ……」

「おうおう、斬られてもなお、この地に残るかよ、塵芥ちりあくた風情が」


 はっきりとした形など存在せず、なんとか両手と両足があると判別できる程度の闇が、陽炎のごとく現れた。目のあたりから赤黒い光を弱々しく放っている。


「もはや、宿る本体すら残ってない意識だけで世界に留まるなんてな。F・Iの技術力、と言うよりかはお前の執念か」


 闇を黄色の目で見据えながら左手を前にかざし、派手な黄色のこしらえの刀を現出させる。


「クヒヒヒヒ、俺は嫌いじゃないぜ、お前みたいな諦めの悪いやつ。――あばよ」


 嗤いながら言うが早いか、すでに左手で持った刀で闇を横一文字に薙いでいた。


「――えにし、断ち切った」


 その言葉を最後に、警報が解除されるまで街を出歩くものはいなくなった。

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