第24話 BKが狙うもの

 オフィス街に近づくとすでに虹術結界プリズムが展開されているようで、太一は身体を透明な膜に覆われ、激しく交戦している音も聞こえてきた。

 それを頼りに湖都奈は移動し、ビルの陰に隠れるように太一を下ろした。そこから覗いた光景は、まさに戦場としか言いようがなかった。


 城壱市の大動脈ともいえる幅広い四車線の街道の真ん中で、PRFの隊員たちがBKと交戦している。

 BKは胸から大量に赤黒い液体を流していたが、雫がアスファルトに落ちるたびにブスブスと煙を上げているので血ではないようだ。


 戦闘は一方的すぎる展開で進んでいた。

 空を飛びながら隊員たちは一定の距離を開けて四方に散っている。

 毒への対策か、盾を構えているのだが、すでにナイフを受けて至る所が溶けて変色してしまっていた。

 背中の機械にナイフを受けて墜落したのか、三人の隊員が路上で盾を構えているが、幸いなことにまだ誰も身体に当たっていないようだ。


 一撃でも受ければ猛毒が身体を蝕むため、思うようにBKから離れることもできず、防戦に徹するしかなくなっていた。

 飛んでいる隊員たちが牽制のレーザーを放つが、BKが右手をかざすと大量のナイフが射出され、全てを撃ち消してしまう。


 しかもナイフは勢いを保ったまま隊員たちに襲いかかるので、防御か回避を選択するしか手段がない。

 周囲のアスファルトやビルの壁の一部も、ナイフを受けたのか溶け出している。


「……これはひどい……」


 BKの危険性を目の当たりにして、太一は絞り出すように言った。


「このままでは非常に危険です。虹術師キャスターは持久戦には向いていません。いずれ押し切られてしまいます」


 湖都奈が緊迫した表情で観察しながら戦況を分析する。


「何とかならないのか? PRFは正直嫌いだけど、だからって俺はあいつらに死んでほしいわけじゃない」


 太一には今交戦しているのは、昨日と同じ隊員たちな気がしていた。自分を助けてくれた人たちが殺されるところなど見たくはなかった。


「大丈夫です。私が止めてきますから。太一はここから絶対に動かないでください」

「湖都奈も十分に気を付けてくれ。あんな奴なんかに負けるな」

「はい! 太一が応援してくれるなら、私は負けません」


 真っ直ぐに太一を見つめる湖都奈の笑顔はとても眩しく見えた。それから彼女はBKを見据えると、赤い光を全身から放ってビルの陰から飛び出していった。


「――そこまでです!」


 BKと距離を取って対峙したときにはすでに、湖都奈は〈七属虹衣第一光アン〉を纏い両手で〈召喚勇剣コールブランド〉を携えて臨戦態勢に入っていた。


 突然強く輝いた光に隊員たちとBKが動きを止める。虹力を解放させた湖都奈には、見ている者の動きを止めるだけの力があった。


「あなたの相手は私がします!」


 凛とした声で湖都奈がBKに向けて宣言する。


「キタカァーー! 赤いノーーーーーー!!」


 BKは湖都奈をを睨みつけると、憤怒のこもった声で叫んだ。


「シネーーーーーーーーーーーー!」


 BKが右手からナイフを射出する。だが、湖都奈が剣を持ち替え左手を前にかざすだけで、透明な壁に弾かれるようにして全てが地面に落ちた。

 間髪入れずに先ほどよりも多くのナイフが勢いを増して飛んでくるが、湖都奈は両手で剣を構え直すと、ナイフの弾幕を斬り飛ばしながら、BKに向かって突き進んでいく。


「ダッタラこれならドウダァーー!?」


 迫る湖都奈に、BKは左手からもナイフを出して牽制してきた。


「――その程度!」


 湖都奈はそれを正面から受けようとはせず、背中の赤い光の翅を羽ばたかせ、高速で飛翔して躱しきった。そのまま進んでいき、BKを間合いに捉え剣を振りかぶる――。

 しかし、そこで湖都奈は急制動をかけて止まってしまった。


「ソコダッ!!」


 その隙を逃すまいとBKがナイフを放ってくるが、湖都奈はギリギリで躱すと、BKから距離を取った。


「オマエェー、躱すだけかよ!」


 BKが叫びながら、湖都奈とは違う方向にナイフを放った。


「! させません!」


 何かに気付いたように湖都奈は低空を飛翔して、空中でナイフを斬り飛ばす。


「ジャアこっちならどうだぁーー!?」

「――くっ!」


 BKが移動しながらナイフを見当違いな方向へ放つが、湖都奈はそれをすぐさま追いかけて斬った。


「ガラ空きダァーーーーー!」


 BKは剣を振るったあとの湖都奈の隙をつくように、間隔をずらしてさらにナイフを放っていた。


「危ないっ!」


 太一が思わず叫ぶが、それは杞憂に終わった。


「――はぁっ!!」


 湖都奈は剣を振り切ったように見えて、そのまま流れるように連撃を放ち、自身に

迫っていたナイフの全て叩き斬った。それはまるで、はなから来ることがわかりきっているような動きだった。


 太一はその剣劇をビルの角から覗きながら、ふと疑問に思った。湖都奈はなぜ自分から離れたナイフを斬り飛ばしにいって、BKには一切攻撃を加えないのか。


「……何で湖都奈はBKを斬らない?」


 太一が疑問を口にすると、急にズボンのポケットが震え出した。こんな非常時に誰だとポケットから携帯電話を取り出しさっさと切ろうとするが、液晶画面に映った相手の名前を見てその指が止まる。

 ――画面に三日月紫音と表示されていた。


「もしもし。お前、紫音なのか? 何で俺の番号を知って――」

『――太一、単刀直入に状況を教えて』


 太一の耳を打ったのは今朝、家でくつろいでいた紫音の声だった。


「単刀直入にって、湖都奈が今、戦ってるんだ。昨日倒したはずのBKと」

『BKのことは湖都奈から昨日のうちに聞いてる。それで倒せてないのはどうして?』


 まるでこちらを見ているかのような紫音の言い方だ。


「紫音、お前どこかでこの状況を見てるのか? ――何で倒せてないかって、湖都奈がBKに攻撃しないんだ。遠くに飛んでいくナイフを斬ってばっかりで」


 太一は携帯を耳に当てながら湖都奈の方を見るが、先ほどから彼女はナイフを斬り飛ばすだけで、その手に握った剣をBKには振るっていない。


『BKはナイフで何を狙ってる?』

「BKが狙うもの? ――って、人だ! 人がいる! BKは地面にいるPRFの隊員の近くを移動しながら、他の隊員をナイフで狙ってたんだ! クソッ、なんて奴だ!!」


 湖都奈ばかりを注視していたので今まで気付かなかったが、BKの行動に思わず太一は叫んでいた。

 今までずっと湖都奈に攻撃させないため、隊員の近くばかりを移動していたのだ。そうしながら他の隊員をナイフで狙い湖都奈に隙を作る。その狡猾さに太一は憤りを感じた。


『……太一、お願いだから叫ばないで。耳が痛い』

「ご、ごめん、紫音。ついカッとなった」


 弱々しい紫音の声に、太一はすぐに頭を冷やして謝った。 


『ん、大丈夫。言ってみただけ。頭冷えたでしょ。それより太一、あいつの注意を惹きながら携帯の画面を向けて。紫音が支配して止めるから』


 すぐに素に戻った紫音の声に「おい、おい」とツッコミをいれながら、太一は言われた通りにBKに向かって叫んだ。


「――おい、BK! こっちを向け!!」


 BKは突然名を呼ばれ、声の方向に視線を向けてきた。それが太一が発したものだとわかると、目の色が殺意のこもったものに変わった。


「死にぞこないのガキガァー!!」


 太一は向けられる殺意に恐れず、携帯の液晶画面をBKに掲げた。


『たとえ携帯の画面越しでも、紫音なら目に映れば止められる』


 画面をBKに向ける太一には見えていないが、テレビ電話に切り替わったのか、紫音の声が耳から放してもはっきり聞こえてきた。


『――止まれ、BK』


 紫音の命令する声が太一の耳に聞こえた途端、劇的な変化が起こった。

 BKの身体が〈支配ドミネイション〉の鮮やかな紫色の虹力に包まれ、その場から動かなくなったのだ。その状況をBKは理解できていないようで、目が大きく見開かれている。


「! 邪魔になるわ。壊れたユニットを捨てて離れなさい!!」


 それに気付いた空を飛ぶ隊員の一人が、地上にいる隊員たちに命令する。

 命令通りに地上にいる隊員たちは背中から機械を外すと、その場から一目散に離れていった。


 その隙を湖都奈は見逃さなかった。空中から即座に地上に降り立つと、BKに向かい腰だめに構え、虹力を両手に握る剣に集約させた。


「――てやぁぁぁぁっ!!」


 剣の刃が赤い光を帯び十分に虹力が溜まった瞬間、一気に解き放った。


「ギァアァァァァァァァァーーーーーー!?」


 放たれた赤い光の一閃が、ブォンと音を立てながらその場の大気ごとBKの身体を腰から上下真っ二つに両断した。近くにあった看板や街灯、陸橋までもが綺麗な切断面を晒して、激しい音を立てて吹き飛ばされた。


 BKの身体が完全に崩れ光の粒子となって消えると、刀身が真ん中から切断されたナイフが地面にカランと虚しい音を立てて転がり落ちた。

 湖都奈はその光景をしばし眺めてから、太一の隠れているビルの陰へと向かって飛んで来た。


「――終わりましたよ、太一」


 汗一つかかずに戻ってきた湖都奈は静かに言う。太一は一変した街の風景に呆然としていたが、その声で我に返った。

 気付くと手に持っていた携帯から音が聞こえなくなっていた。液晶画面を見るとすでに通話が切れていた。

 太一はポケットに携帯をしまうと、湖都奈の方を見た。


「……鉄がまるで豆腐みたいに簡単に斬れたぞ。剣の切れ味がすごいのもそうだけど、湖都奈は剣術をどっかで習ってたのか?」


 湖都奈が赤の〈強化ストレングス〉の虹力で筋力を上げているのは太一も知っていたが、剣の腕までは知らなかった。

 先ほどの一閃はただ身体を強化しただけで、どうにかできるものではない。剣を振るうことに一切迷いのない、修練を積んだ技があった。見ていてそう感じた太一は湖都奈に尋ねた。


「皓造が私に教えてくれたんです。いずれ虹力を剣に変え振るうなるなら、剣術を覚えておいて損はないと」

「はあー、皓造さんは剣術までできるのか。しかも湖都奈に教えるって。……もしかして滅茶苦茶強かったりするのか?」

「――どうでしょう、私が最後に剣で皓造と手合わせしたのは随分昔ですし、お互い本気ではなかったですから。……ちなみにそのときは引き分けで終わりました」


 ……虹霊の湖都奈と引き分けるってどんだけなんだ。太一は皓造の実力に冷や汗を垂らした。


「ところで太一、私がBKを斬る前に動きを止めたのは紫音ですか?」

「ああ、急に電話が掛かってきて、着信を見たら紫音の名前が出てたから驚いた」

「昨日私が太一をベッドで寝かせているとき、太一の携帯を彼女が操作していたのはそういうわけだったんですね。すぐに机の上にに置いていきましたけど」

「え、暗証番号どうした――って、紫音なら簡単に突破できるか」


 紫音の実力をもってすれば、携帯の暗証番号など、容易に突破できる気がした。


「……PRFの奴ら、色々と見てるな」


 太一がビルの陰から様子を覗くと、隊員たちが現場の後処理をしていた。今回被害が出てしまった物を一つ一つ確認している。


「やりすぎないように気を付けたのですが、それでもだいぶ破壊してしまいました」


 申し訳なさそうな声で、湖都奈がしゅんと肩を落としていた。


「湖都奈はやるべきことをやったんだ。おかげで誰一人死なずに済んだじゃないか。それにこういうのって全部、保険とかで何とかなるだろ」


 太一は元気づけるように湖都奈に言った。


「PRFが作戦行動中に損害が出た場合、この街ではPRFが全てを弁償することになっています。その分のお金は、PRF独自の資金から賄われるはずです」

「じゃあ湖都奈が気にしなくてもいいじゃないか。あいつらにはこれまで色々と苦労させられたんだ。それくらいさせたって罰は当たらないさ」

 

太一自身、PRFにはこの街に来てからさんざん苦労させられたし、虹霊に腕輪をはめさせている時点で同情する気はない。


「それはそうなんですが、私は太一に嫌われてしまわないか心配です」

「……へ、俺? 何でそこで急に俺が出てくるんだ?」


 予想していなかった湖都奈の言葉に、太一は目を丸くした。


「BKを止めるためとはいえ、剣の一振りで私はここまで街を破壊してしまいました。それで太一に怖がられたり、嫌われてしまったりしないか、と……」


 少し俯いて視線を逸らしながら湖都奈は言った。その姿がなんだかとても可愛らしくて太一は思わず笑ってしまう。


「あははは、何だそれ。安心してくれよ。そんなことで俺は絶対に湖都奈を嫌いになったりなんてしない」

「そんなことって笑うことはないじゃないですか。――でもそうですね。太一は笑ってくれるんです。なら、私はもう気にしません」


 悩みが吹っ切れたようで、湖都奈はようやく笑顔を取り戻してくれた。


「そう言えば、俺がその格好をちゃんと見るのはこれが初めてだ」


 湖都奈が纏うドレスを見て太一が言う。

 前回、太一はすぐに意識を失い倒れてしまったため見ている暇はあまりなかった。


 改めて湖都奈の格好をじっくり観察すると、学校の制服や私服のときとは違い、赤と白の鎧と合わさったドレスはとても凛々しかった。それでいて花のように広がる可愛らしい部分もあり、太一が持つ湖都奈のイメージを現したかのようだった。


「……その、じっくりと眺められると何だか恥ずかしいです」


 余程長い間魅入ってしまったのだろう、湖都奈はその場で気恥ずかしそうにモジモジしている。


「あ、ああ、ごめん。つい魅入ってた。言うのが遅れたけどその格好、すごく似合ってる。毛先が赤くなった髪も綺麗だ。赤い光の翅を広げて空を飛んでるときなんか、妖精ってイメージが頭に浮かんだ――モゴ?」

「も、もう十分ですから。褒めてくれてありがとうございます……!」


 頬を赤くした湖都奈に手で口を塞がれるが、すぐにどけられて解放された。


「そうか? わかった。とりあえずそれだけは言いたかった」


 言いたいことを言えて満足した太一が、ふとBKのナイフがどうなるのか気になり、隊員たちの方へ視線を向けたそのときだった。


 隊員の一人が地面に転がっている二つに別れたナイフを回収しようと近づいた。

 拾いあげた途端、折れた刀身から真っ黒な闇が広がっていく。

 慌てて隊員はナイフを手放し、その場から退避して難を逃れた。他の隊員たちもナイフから距離を離して警戒態勢をとる。

 皆が注視する中、闇は広がっていきやがて一つの形に成った。


 一切の光を通さない黒い蝶の翅を背に広げ、赤黒く輝く刃の剣を構えている。

 目にあたる部分に剣と同じ赤黒い不気味な光を輝かせているその姿はまるで――


「……湖都奈、なのか……?」


 そこには、太一のすぐ隣にいる湖都奈と瓜二つの漆黒の闇が佇んでいた。

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