第15話 赤い過去

 ゲームセンターを離れてから道を歩いていると、太一はあることに気付いた。

 どうにも今通っている道に憶えがあるのだ。城壱市を出ていく昔の頃にではなく、ごく最近に通った気がする。


「なあ湖都奈、今向かっているのってひょっとして――」

「はい。太一と初めて話した公園です。そろそろお昼近くになってきたので、そこで昼食にしようかと」

「でも俺、今日は弁当作ってきてないぞ。それとも、あの公園には売店でもあるのか?」

「……今日は私が作ってきました。太一に私が作ったものを食べてもらいたくて……」


 湖都奈の言葉に太一の心臓はドキッと跳ね上がる。可愛い女の子に手料理を作ってもらうのは男なら誰でも一度は夢見ることだ。だが、湖都奈に限っては当てはまるかわからない。

 彼女の料理の腕は本人が自覚するほどに悪く、皓造が泣いて止めに入るという前評判もいけなかった。


「太一、そんなに身構えないでください。今回作ってきたのはおにぎりですし、皓造に何度も味見をしてもらいましたから」

「あ、ああ悪い。そんなつもりはなかったんだけど何、つい……」

「いえ、大丈夫です。気にしていませんから」


 二人が公園に着くと、備えられている時計は一二時を少し回った辺りを指していた。

 休日ということもあってか、園内は多くの人で賑わっている。

 少し歩いて空いているベンチを見つけると、太一は湖都奈と並んで座った。


 早速、湖都奈が肩に掛けていたバッグから弁当箱を取り出し、二人の間に置いてから蓋を開ける。中には海苔の巻かれた大き目のおにぎりが三個入っていた。


「さあ、どうぞ。太一、食べてみてください」


 湖都奈がもう一つ同じ大きさの弁当箱を取り出して、横に並べながら言う。中身は最初のものと全く同じだった。


「それじゃあ一つ貰おうか」


 太一はおにぎりを一つ、弁当箱から取り上げて食べてみた。


「……うん、少し固いけど美味い。美味いぞ、湖都奈。もう一つ貰ってもいいか?」


 おにぎりは米を強く握りすぎたのか口に固い食感を与えたが、まぶされていた塩の加減はちょうど良く、太一は心から美味しいと感じた。――脳裏に一生懸命、おにぎりを握るエプロン姿の湖都奈が浮ぶ。


「本当ですか? なら、良かったです。どうぞ遠慮なく食べてください」


 太一のおかわりに、湖都奈は嬉しそうに微笑んだ。


「……湖都奈はあのレースゲーム、最後まで真剣に走ったな」


 おにぎりを食べながら、先ほどゲームセンターで繰り広げた激戦を思い出す。


「しかし、太一に勝つことは一度もできませんでした。……流石です」


 太一は結局、最後まで湖都奈に負けることはなかった。

 だが最後の方になるとコツを摑んだのか、彼女は常に一位の太一のすぐ後ろにいて、あわや抜かれそうになる場面が何度もあった。本気で走ったがために、抜かされずに済んだのだ。


 一度くらい勝たせてあげた方か良いのか太一は悩んだが、手を抜いた方が真剣に走っている湖都奈に悪いんじゃないかと、最後まで本気を出して走り続けた。

 湖都奈の嬉しそうな反応を見るに、どうやらそれが正解だったようだ。


「やはり、勝負をするからには相手に対し手を抜くなど、してはいけないと思うんです」

「それはまた、どうして?」


 途中までレース中にハンデを付けるべきか、太一が迷っていたのは事実だ。


「気を使っているつもりでも、逆に相手を傷つけているかもしれません。その点、太一は決して手を抜かず、最後まで本気で走ってくれました。それが私はとても嬉しいです」


 負けたにもかかわらず、本当に嬉しくて堪らないというように、湖都奈は満面の笑顔を太一に見せた。

 二人はそのあとおにぎりを三つずつ分け合って食べ終えると、食後の休憩も兼ねてしばらくベンチで休むことにした。


「自販機で飲み物を買ってこようと思うんだけど、湖都奈は何がいい?」

「待ってください、私も一緒に行きます」


 太一が自販機で飲み物を買ってこようと、湖都奈に種類を訊くが止められた。


「湖都奈はここに座って待っててくれ。それくらい俺一人で行ってくるから」

「しかし、私だけ休んでいるのは不公平です」


 飲み物を買いに行くだけで公平、不公平もないと思ったが、湖都奈はひどく真剣な表情で言うので、太一はある提案をすることにした。


「なら湖都奈はこの場所が取られないよう、座って守っていてくれ。人が多くて少しでも離れたら、すぐ誰かに取られるだろうから」

「確かにこちらの様子をうかがっているような人たちの姿も見受けられます。……わかりました。そういうことでしたら、私がしっかりここを死守します」


 辺りを見渡してから湖都奈はうなずいた。言い方が少々大げさな気がしたが、太一は笑って任せることにした。


「ああ、頼んだ。それで湖都奈は何が飲みたい?」

「ではグレープジュースをお願いします。炭酸は入っていないものがいいです」

「わかった。じゃあ、ちょっと行ってくる」

「はい。行ってらっしゃい」


 湖都奈は笑顔で小さく手を振って見送ってくれた。

 太一が買ったジュースを手に戻ってくると、ベンチに座りながらキョロキョロと辺りを警戒していた湖都奈に渡した。嬉しそうに受け取った彼女に微笑みながら、太一も隣に腰かけて買ったお茶を開ける。

 それから二人で休憩しながら、他愛ない会話をしばらくしていると、ふいに湖都奈が黙り込んだ。


「湖都奈、どうした?」

「――太一は〈アルカンシエル〉を、どんな風にとらえていますか?」


 急に湖都奈はそんな質問を太一にしてきた。


「どんな風って、ただ他よりも虹力の強い虹霊だって認識だ。……どれくらい強いのかまではわからないけど」

「……〈アルカンシエル〉の虹力の強さは具体的な例で言うと、山一つが跡形もなく消滅します。暴走した体内の虹力の一部が外へ放出された余波だけで」

「……はっ? 山一つ? 余波?」


 突然の話に一瞬、太一の脳の理解が追いつかなくなる。


「そうです。両親を目の前で刺され、誘拐されそうになった幼い女の子がパニックに陥り暴走させた赤の虹力は、事件が起こった屋敷ごと山を消し飛ばし、大地を抉りました」


 ――湖都奈が語るのは彼女の過去だった。


 女の子と言っていたが太一が知る中で、それだけの赤の虹力を持っている虹霊は湖都奈しかいない。それに皓造が駅前で太一が訊いたときに言っていた。〈円卓の虹〉の初代の代表は湖都奈の両親だったと。今も健在で続けているのなら執事の皓造が代表代理などしていない。つまり、今はそれができない状況にあるということだ。


「救いがあったとすれば、事件が起きたのは人里離れた私有地の山と屋敷だったので、人的被害がなかったことです」

「湖都奈の両親は死んだのか?」


 太一が尋ねると、湖都奈は首を横に振った。


「……安否は不明です。私はその場で気を失い、目が覚めたら病室のベッドの上でした。母は虹霊ですから生死に係わることがあれば私は察知できますが、今のところ何も……」

「……そうか。話してくれてありがとう。湖都奈にとっては辛い記憶だろうに」

「太一は私が怖くはないんですか? 私の中にはそれだけの――いえ、それ以上の虹力があって、いつ暴走してしまうかもわからないんですよ? それに、初めて駅前で太一に会ったときも衝突してしまいました。正直、太一に嫌われてしまっても、私は何も言えません」


 湖都奈は不安げな表情を浮かべて言うと、俯いて視線を離してしまった。

 それで太一はうーん、と腕を組んで考えてから彼女の方を向いた。


「……確かに山一つ消し飛ばすような虹力は怖い」


 すると湖都奈の肩がビクッと震えたが、太一は構わず続ける。


「でも、虹力をどう使うかはそいつ自身の問題だ。強い虹力を持ってるから怖がるってのは何か違う気がする。それに――」


 太一はそこで一旦言葉を切った。次に言うことが重要だからだ。


「――湖都奈のおにぎり、美味かった。あんなに美味いおにぎり、俺は食ったことがない。周りのことを考えないで身勝手に力を振るうような奴に、あんなおにぎりは握れない。だから、俺は目の前にいる怖いから逃げない。逃げたくない」


 話を聞いていた湖都奈が顔を上げるが、その表情はキョトンとしていた。そんな彼女に太一は二ッと頬を上げて、できる中でとびきりの笑顔を向けた。


「だから、俺に辛い話をしてくれたことと、おにぎりを握ってくれた礼として、湖都奈にプレゼントを贈らせてくれないか?」

「私にプレゼント、ですか?」


 意外だったのだろう、湖都奈が訊いてくる。


「そうだ。俺はじいちゃんに、相手にしてもらったことにはきちんと礼をしろ、と教わった。その教えを守っている俺は、湖都奈にきちんと礼がしたいんだ」  

「――わかりました。そういうことでしたら是非、受け取らせてください」


 湖都奈は笑みを浮かべて、太一の申し出を了承してくれた。


「じゃあ、さっき通ってきた道沿いにあったアクセサリ―ショップに行こう。ちょっと遠いけど大きい店だったから、あそこなら湖都奈に似合うものが見つかるだろ」

「アクセサリーショップですか? でも太一、あの店で扱っている品とおにぎりでは全く釣り合いがとれていないです」

「それだけ湖都奈のおにぎりが美味かったってことだ。俺の中じゃ十分釣り合いが取れてるから大丈夫だ」


 太一は右手で湖都奈の左手を握って立ち上がると、先導しようとする。


「わ、わかりました、けど……手を繋いで行くんですか?」

「あー、悪い。……つい勢いで」


 太一は勢いで握ってしまったが、湖都奈に指摘されて悪かったか、とその手を離す。


「いえ……太一、ここからは手を繋いで行きましょう」

 

 頬を赤く染めつつ、おずおずと湖都奈が左手を差し出してくる。

 その細く柔らかい指を、太一は右手で力を籠めすぎないように優しく、それでいてしっかり握ると、アクセサリーショップへと向かい歩き出した。

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