第7話 円卓の虹

「え、えーと……ここが〈円卓の虹〉の活動拠点ってことはちゃんと理解できた。それで一体何をするところなんだ?」


 湖都奈の歓迎の意を受け、太一は今の疑問としてまず〈円卓の虹〉について彼女に尋ねた。


「〈円卓の虹〉は虹霊を助け、何不自由なく人と平等に普段の生活を送れるようにすることを目的として活動しています」


 当然訊かれると思っていたのだろう、湖都奈は丁寧に教えてくれた。


「助ける? 何不自由なく平等にって、虹霊はとうの昔に人権とか、その他もろもろの権利を獲得してるだろ? ……いや、悪い。この街は違うんだった」


 虹霊が世界に現れたばかりの八〇年前ならいざ知らず、今では世界の法で虹霊は全ての権利が確立されているのだ。

 しかし、太一はこの街の特殊な事情を思い出す。湖都奈と初めて出会った日、家に戻った太一に了介が教えてくれた。


「『この街の全ての虹霊は、腕輪によって感情の起伏を監視されている』か」


 何度聞いても納得できない内容に、自然と太一の顔が渋面になる。

 他よりも虹霊が多く住む城壱市において、近年施行された特別条例により、この街の虹霊は全員、もれなく腕輪を着用することが義務づけられていた。


「感情の起伏は大げさですが、あながち間違いではありません。腕輪は装着者の心拍数などから精神状態を計測し、著しく乱れると反応してPRFに通報しますから」

「それでこの前の湖都奈みたいに追われて、最悪の場合は捕まるわけか」


 PRFは保護という名目で腕輪が反応した虹霊を捕らえるが、そのあと虹霊がどうなるのかは知られていない。

 専用の更生施設で社会生活に対応できるよう訓練している、という話だが定かではない。

 保護された虹霊の家族がPRFに問い合わせても、訓練中は誰にも会えないと面会を断られてしまい、どこにいるのかさえ教えてもらえないのだ。


「PRFに追われて逃げ切れるのは湖都奈だけ。他の娘はすぐに捕まる」


 紫音にそう言われ、太一は駅前での出来事を思い返す。


 湖都奈は執拗にPRFに追い回されて、よく今まで捕まらなかったものだ。太一が話で聞く限りでは、逃げ切るのは困難に思える。


「それじゃあ、助けようがないじゃないか」

「捕まえられたらダメ。なら捕まえられる前に助ければいい」


 なるほど、それなら助けられるかもしれない。紫音の言葉に太一も納得する。ただ、それにはいくつか問題がある。


「外に出られない中、どうやってPRFより先に虹霊を見つけて助けるんだ?」


 腕輪は虹霊が著しく精神を乱したときにのみ反応するという。しかも、PRFが出動してから虹霊が捕まるまでの時間は大抵の場合、およそ一〇分もかからないそうだ。それに――


「太一が言うのは、暴走虹霊警戒警報が鳴ったあとのことですね」


 暴走虹霊警戒警報。


 反応があった虹霊のいる地域の広範囲にわたり、けたたましく響きわたる。解除されるまで、街のあちこちに建てられているシェルターや頑丈な建物の中に市民が避難することも特別条例の中に含まれ、誰も外に出ることができないのだ。しかも建物によっては駅のように、鋼鉄の厚い壁に出入り口を塞がれてしまう。


「別に腕輪が反応するまで待つ必要ない」

「どういうことだ? 待つ必要がないって」

「それについては実際に見てもらった方がいいです。――太一、明日の放課後、私たちに時間をください。〈円卓の虹〉がどうやって虹霊を助けるのか実践しますので」

「助けるのを実践するのか? ……まあ、とりあえず放課後は何も予定を入れないようにしておく」


 太一は色々と腑に落ちないながらも、実際に見た方が早いかと了承した。

 青唯にも帰りが遅くなることを伝えておいた方がいい。一人で留守番させてしまうのは心苦しいが、今回は我慢してもらおう。


「それで太一をここへ呼んだ理由ですが、それは今朝のことに関係します」

「? 今朝何かあったの?」


 太一たちが登校していたときのことを知らない紫音が、小首を傾げる。


「私たちは今朝の登校中に虹力の乱れた虹霊に遭遇しました。そして、太一はその場で【納虹剣ペイドソード】を発動させ、私の前で見事に納めて見せました」

「……太一、それ本当?」


 湖都奈の言ったことに確認を取るように紫音に尋ねられたので、太一は首肯した。


「そう。なら明日は何とかなりそう」


 紫音は満足したように腕を組んでこくこくとうなずいた。彼女には何か納得できることがあったらしい。


「そもそも【納虹剣】のことを何で湖都奈は知っているんだ? 俺は今朝、初めてあんなことになって驚いたのに」


 太一が尋ねると、湖都奈が一枚の封筒を制服のポケットから取り出し、円卓の上に置いた。蜂の模様の封蝋がされていたが、蝋が特殊なのか、割れずに綺麗にはがれていた。


「……この封筒は?」

「気が付いたときにはすでに、円卓の上に置かれていました。中には【納虹剣】の簡単な説明とともに太一の写真が入っていたんです」


 封筒を太一が開くと中に、手紙と中学の頃の制服を着た太一が写った写真が一枚ずつ入っていた。


「……こんな写真撮ったかな。――ええと、『この少年は【納虹剣】の能力が使える。右腕を虹霊に向けることで、その虹力を納められる。悪夢を現実にしたくないのなら、少年に協力を頼んで七本の剣を納めさせろ。――蜂より』何だこれ?」


 手紙を読み上げた太一は首をひねる。

 前半の内容で【納虹剣】のことはわかったが、後半の部分は差出人も含め、全く理解できなかった。読み終えた手紙はなぜかサイズの割に文章が上によっていて、下にスペースが空いていた。


「その写真から〈円卓の虹〉は太一を探し出し、色々と調べさせてもらいました」


 湖都奈は暗に写真が一枚あれば、太一という個人を特定することができるだけの、幅広い情報力が〈円卓の虹〉にはあると言った。


「〈円卓の虹〉が俺を知っていることや、ここに呼んだのには【納虹剣】が絡んでいることはわかった。……だけど悪夢やら七本の剣って何のことだ?」

「それは――」


 湖都奈が続けようとしたところで、控えていた皓造が背後から近づいてきて何かを耳打ちした。彼女はそれにうなずくと、太一に訊いてきた。


「あと二〇分ほどで一二時になります。急ですが、今日はこれで解散にしましょう。明真中学も午前までですし、太一は妹さんとお昼ご飯を一緒にしなくていいんですか?」


 そう言われ太一は愕然とした。湖都奈が青唯の通う中学校を知っていたからではない。

 今日は太一がお昼ご飯を作ると、約束していたからだ。慌ててポケットから携帯を取り出し時間を確認する。


「おっと危ない。もうそんな時間か。訊きたいことはまだあるんだけど悪い、もう帰っても大丈夫か?」


 太一は席から立ち上がり、荷物を背負うと湖都奈に確認をとった。


「はい。〈円卓の虹〉のことや【納虹剣】のことはお伝えできましたし、確認も取ることができました」

「確認って、ここに来てから何かしたか、俺?」


 太一は記憶を辿るが、ここに案内されてからは話をしながら紅茶を飲んだだけで、特に何かした覚えはなかった。

 しかしあることに気付き、ハッとした表情に変えて湖都奈に訊く。


「まさか、紅茶に何か入って――」

「この店自慢の紅茶にそんなことはしません」


 太一の憶測はにこやかに笑いながら、湖都奈に否定された。彼女がそう言うなら紅茶には何も入っていないのだろう。

 美味しい紅茶に何も異物が混入していなくてよかったと、太一は心からほっとする。


「じゃあ一体何をしたんだ?」

「円卓の席に着く。それが重要だったんです。その席は誰でも勝手に座れるようなものではないですから」


 そう言えば太一が目の前にある円卓の席に着くと皆、どこか感心したり安堵の表情を見せていた。


「もうすでに【納虹剣】が発動できた時点でするつもりでしたが、太一が円卓の席に着いたことで決定づけられました」


 どうやら太一が何げなく座っていたこの円卓は、精緻な装飾以外にも何かあるらしい。


「――我々〈円卓の虹〉は、あなたの参列を正式に要請します」


 湖都奈は今までになく真剣な声と表情で、太一に告げた。

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