第5話 PRF

 強大な異能を持つ虹霊が暴走を引き起こした際に、保護し管理することを目的として組織された人間の特殊部隊がある。


 虹霊保護部隊プロテクション・レインボー・フォース。通称、PRF。政府直属で、虹霊に対し独自の権限を持つ。

 PRFは虹霊に対抗するため、その隊員の全てが人間でありながらも虹力を扱える女性たち、虹術師キャスターで構成されている。


 虹術師と虹霊の違いは体内で虹力を生成できるか否かである。


 虹霊の心臓は一色の虹力を生成し、血液とともに血管を通して体内に循環させる。

 子供がある時期になると自ずと歩き始めるように、虹霊の子供は自身の虹力を御する術を身に付ける。そして、その頃から瞳や髪に流れる光の色が現れるのが特徴だ。


 それに対して虹術師は素養のある者が、鍛錬によって空気中に漂う虹力を御する術を身に付けた者たちである。その錬度にもよるが基本的には七色全ての光を扱え、身体に色が現れることはない。


 ただし、虹霊と比べれば虹術師は扱える虹力の強さは各段に低いため、その差を人数や虹式動力によって補っている。


 倉田花火くらたはなびはその虹術師の中でも、十六歳でPRF城壱支部、一番隊の隊長職に付いたことを誇りに思っている。


 ビルの横を飛行していると、鏡面のように磨かれた窓に、長い黒髪をサイドテールにした、つり上がり気味の瞳の自分が映った。

 少々、膨らみのない身体に、思春期の女の子として思うことがないわけではない。


 余計なことに割かれそうになった思考と視線を前方に戻す。


 そこには〈妖精〉と呼称されるようになった赤い虹霊が、高層ビルが建ち並ぶ虹術結界の張られたオフィス街を舞うように跳んでいる。


 これまでに何度も暴走を引き起こした虹霊を保護してきた花火だったが、今回追っている〈妖精〉はそのいずれとも違っていた。


 最近一番隊に支給されたばかりの虹式動力を搭載した飛行ユニットを駆使して追撃するのだが、巧みに建造物の壁を足場として跳躍していく〈妖精〉に、距離を離されないようにするのがやっとだった。


 速度は飛行ユニットが上なのだが、密集した建造物の壁の間を縫うように跳ばれては思うように性能を活かしきれず、なかなか近づけないでいた。


「もっとレーザーの射撃精度を上げなさい! どこ撃ってんのよ!」


 あさっての方向の壁に飛んでいったレーザーに、花火は思わず撃った隊員をヘッドセットに搭載されている通信機から一喝する。


『すいません隊長、相手がすばしっこくて。高速で飛びながら狙いなんて、とてもつけられませんよ』

「それは射撃の成績がいい人が言うセリフよ。美紀、あなたは成績悪いじゃない」


 隊内で成績トップの花火が言うが、彼女も当てることはできない。〈妖精〉はまるで、はなからそこにレーザーが飛んでくることがわかっているかのように、軽々と躱していってしまう。せいぜい進行方向をある程度絞らせるだけだ。


「こっちはもうあんまり時間ないってのに……ピョンピョン、ピョンピョン跳んでんじゃないわよ!」


 花火は愚痴を零すが、それで相手が止まるわけがない。


「美紀は左、優菜は右から回って。私が追い込むから、路地を抜けたところで〈妖精〉を挟み撃ちにして」

『――了解』

『――了解』


 左右を飛ぶ二人にに指示を出しながら、花火は虹霊を追い込んでいく。

 これまでも幾度となく〈妖精〉に仕掛けるのだが、成功したためしはない。

 地面をローラーで走るだけの歩兵ユニットでは対処できないと、五番隊から担当が回ってきた初めての作戦でも、花火は駅前まで追ったあとに取り逃がしてしまった。


「今回こそは逃がさないんだから……!」


 追う花火の耳に突然、アラーム音が鳴り響いた。そろそろ活動限界の時間が近づいていることをヘッドセットから伝えているのだ。


 虹術結界は虹術師が各々で展開している。作戦遂行に必要な強度を維持するためには最低でも三人が必要で、それよりも人数が下回ると、PRFの規定により退却を余儀なくされる。――即ち作戦失敗である。


「結界をもうこれ以上維持するのは難しいわ。次で最後よ」


 他の隊員にそう通信し、花火は速度を上げていく。

 狙い通りにビルの間の狭い路地に追い込んだ〈妖精〉は、指示を出した二人が待ち構えている空間に跳び出そうと建物の壁に足をついた。


 このまま跳び出していけば、レーザーに成す術もなく捕らえられるだろうと、花火が確信したそのときだった。


 壁を蹴り勢いよく跳び出した〈妖精〉の軌道は真上へと向かっていった。高々と舞い上がると、路地を形成する高層ビルの屋上に着地したようで、花火の視界からは完全に見えなくなった。


「……嘘でしょ」


 相手の動きを読めていなかった花火の誤算だった。呆気にとられ動けなくなったところで、辺りにブザーが鳴り響き世界が暗転する。


 今までの〈妖精〉のデータを元にして展開されていた、実戦形式のシミュレーターが終了したのだ。

 シミュレーター装置の蓋が開き、花火は寝ている体勢から起き上がると、装着していた専用のヘッドセットを外した。そのまま無言でシミュレータールームの出口へ向かう。


「隊長、お疲れさまでした。これをどうぞ」

「ありがとう、蘭」


 部屋からから出てきた花火にそう声を掛けて、タオルを手渡してきたのは一番隊で副隊長を務める飯田蘭いいだらんだった。

 一番隊随一の良識人で『一番隊の母』の異名を持つ、二〇歳の隊員。

 何かと花火の面倒をよく見てくれて、虹術士としての実力も高い才色兼備。任務中はともかく、プライベートでは頭が上がらない。


 受け取ったタオルで花火は汗を拭き、身体に張り付いた虹力の制御を補助する礼装の首元を開けて空気を通す。


「ふぅ、虹術を効率よく発動するためとはいえ、この礼装、もうちょっと通気性よくならないのかしら。身体に密着して暑苦しいったら」

「そんな技術部泣かせのこと言わないでください。これでもできる限り、いい装備を回してもらってるんですから」

「技術部と言えばあれよ、あの捕獲用レーザー。片手では取り回しずらくて、歩兵ユニットならまだしも、飛行ユニットには合わないわ」


 PRFが主に使用する装備である捕獲用レーザーは虹霊の動きを止めるため〈停滞スタグネイション〉の効果がある黄の虹力を使用しているのだが、これが厄介で虹力の中でも一際御しにくい光なのだ。

 安定させて稼働するには、虹式動力も複雑で大型なものになってしまう。

 礼装にはパワーアシストがついているが、レーザーを空中で姿勢を保ちながら撃ち続けるには少々骨が折れるのだ。


「飛行ユニット自体がまだ配備されて間もないですからね。一応専用の装備も開発中のようですが、できるまでは今あるもので代用するしかないです」

「はぁ、仕方がないわね。――それで、シミュレーターの結果はどうだったの?」


 ないものねだりをしても意味がないと花火は気持ちを切り替え、シミュレーターの結果報告をするよう蘭に促した。


「はい、今回のデータではっきりしたことがあります」

「――それは?」

「今回我々が追っている〈妖精〉は未来が視えます」

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