第4話 再会の赤
戻って来て早々、駅で巻き込まれた非日常的な出来事から数日が経ち、太一は晴れて高校入学の日を迎えた。
それまで持ってきた荷物の整理や部屋の片付け、青唯一人では難しかった力仕事などをこなしていたら、あっという間にこの日を迎えたのである。
青唯とは途中、通学路が別れるまで一緒に登校していた。
「じゃあ青唯、兄ちゃんここまでだから。一人でも気を付けて行くんだぞ」
別れ道に差し掛かり、名残惜しくも太一は声を掛ける。
白い制服にお揃いの帽子を被り、通学鞄を背負う登校スタイルの青唯がうなずいた。
写真ではすでに見ていたが、太一は青唯の時間が空いたときに頼んで実際に制服を着てもらっていた。(制服姿にテンションが上がり、散々褒めちぎって青唯の顔を真っ赤にさせていたのは別の話である)
「兄さんも、気を付けて。行ってらっしゃい」
「行ってきます。――そうだ青唯も今日は午前授業だろ? 兄ちゃんが久々に昼飯を作るから楽しみにしててくれ」
「――はいっ!」
青唯はこくっとうなずくと元気に登校していった。その背中を見送っていると、彼女が肩にかけていたバッグから、竜のぬいぐるみが青い眼で太一を見ていた。
「……青唯、学校にまでぬいぐるみ、持って行ってるのか……」
ぬいぐるみを両手で抱えたまま、授業を受ける姿が太一の頭に浮かんだ。
だが、青唯はそんな先生に没収されるようなことしない、と頭を振って妄想を消した。
「それじゃあ、俺も初めての高校デビューといくか」
誰に言うでもなく呟いて、太一は高校への通学路を歩き始めた。
少しして、あと一つ角を曲がれば高校前の大通りに出る、という路地に差し掛かったところでそれに出くわした。
「ん? ……あの人どうしたんだ?」
路地の隅で大学生くらいの女性が太一に背中を向けてうずくまっていた。
一応、横を通り抜けることができるほどの道幅があったが、具合が優れないのかもわからず、無視して行くのも気が咎めるので、太一は近づいて声を掛けた。
「あの、すいません。お姉さん大丈夫ですか?」
「……ないの……」
「え? 何ですか?」
女性の声がぼそりと呟くのだが、よく聞こえず太一の耳には届かなかった。もう一度、今度は聞き逃さないようにさらに女性に太一が近づいたときだった。
「何で……私じゃないのよ……!!」
「――うわっ!?」
女性はその場で勢いよく立ち上がり太一の方に振り向くと、いきなり大声で叫んだので思わず後ずさる。
瞳が水色の光を発し、右腕に黒い腕輪をはめているのを見て、目の前の女性が虹霊であることに気付いた。
「何で、和宏が選んだのは私じゃないのよーーーー!」
想い人だろうか、誰かの名前を叫ぶ彼女の目は危険なものに変わっていた。
「ど、どうしたんですかお姉さん、いきなり!? よくわかりませんが落ち着いて!」
太一は両手を女性に向けて必死に落ち着くように訴える。するとどういうわけか、
右腕が女性に向いたまま固定され動かなくなった。
「――何だ、これ!?」
太一が左手で右腕を押さえ下ろそうとするが、石のように固まっていて全く動かない。それどころか、右手から水色の光が小さく発せられる。
「――そのまま動かさないでください!」
公園で話して以来、未だに太一の耳に残っている少女の声と、タンッと勢いよく踏み抜く音が左の高い塀の上から届いた。
声の方へと向けた太一の視線に、銀色の影が映る。
スタッと、いつぞやと比べるとだいぶ大人しい着地で路地に降り立ったのは、駅での衝突から数日ぶりとなる少女、赤護湖都奈だった。
公園で会ったときとは違い、太一と同じ高校のブレザーを着ている。
「ふぅ、なんとか間に合いました。太一さん、そのまま右手を彼女に向けてください」
「――お、お前は!?」
突然の再会に驚く太一だが、右手は離そうにも離すことができないので、おとなしくそのまま湖都奈の指示に従った。
すると、幾ばくの間もなく女性の瞳と、太一の右手から水色の光が消え去った。
「……あれ、私こんなとこで何して……? ハッ、学校に遅れちゃう!!」
正気に戻ったのか、女性はそう言って左腕の時計を確認すると、何事もなかったように右腕を伸ばす太一の横を、慌てて走り抜けていった。
「……な、何だったんだ、今の……」
走っていく女性を呆然と見送りながら、太一は動くようになった右腕を下ろした。
「――ってそうだ、何でお前が俺と同じ高校の制服を着て、しかも塀の上から降りてくるんだよ?」
先ほどの出来事に首を傾げつつ、隣に立っている湖都奈に尋ねた。そして何気なく彼女を見た太一は思わずドキッとしてしまった。
急に現れたときは焦っていたので注視していなかったが、改めて見ると高校のブレザーに、肉付きの良いバランスの取れた身体を包んだ湖都奈はとても魅力的だった。
「言ったじゃないですか、学校で会いましょうって。塀の上からになってしまったのは私も予想外でしたけど」
公園で別れる際、確かにそんなことを言っていたのを覚えている。
なるほど、同じ学校の生徒なら学校で会えるわけだ。
「それにしても太一さん、朝から大変でしたね。【
「【納虹剣】? さっきの右手から出た光のことか?」
「そうです。それで太一さんは先ほど女性の虹力を納め、暴走を回避させたんです」
「俺は右手から光を出しただけだ。……何でそんなことができるのか知らないけど。それと虹力と一体何の関係がある?」
太一の右手が発した光は、女性の瞳とまったく同じ色をしていたが、それと何か関係があるのだろうか。
「それについては放課後にお話します。太一さんに案内したい場所もありますので」
太一は色々と湖都奈に訊きたいことがあったが、彼女はそのまま路地を歩いていってしまうので、仕方なくそのあとに続いたのだった。
私立、
ただ自主性を尊重する校風からか、付近の他の高校よりも部活動や同好会の数が多く、在籍している生徒も正確な数を把握しているのは一部のみである。
日向家からは歩いてだいたい二〇分程度の距離に位置していて、通学路が途中まで青唯の通う中学校と同じため、太一は迷うことなく進路相談の際に常彩高校に進学することを決めたのだ。
しかし、内申点が足りておらず、別の高校を進路指導の先生には薦められたが青唯と一緒に登校するため、生まれて初めて猛勉強をしたという経緯がある。
入学式が滞りなく進む中、太一はこれからの高校生活を思い気合を入れる。しかし校長先生の話が長く、声に催眠効果があるのがいけなかった。
式が終わり教室に戻ってから担任の男性教諭がホームルームをしている最中、太一は襲う睡魔には勝てず、窓際の後ろから二番目という絶好の席でゆっくり瞼を閉じた。
「おはようございます、太一さん。よくお眠りでしたね」
重い瞼を開いた太一が最初に聞いた声は、とても優しいものだった。
「声を掛けようか迷ったのですが、気持ちよさそうに寝ていたので、起きるまで待たせてもらいました」
湖都奈が目の前に立っていた。偶然か、はたまた必然か。太一の名前は校舎の前に張り出されていた新入生のクラス表で、彼女と同じ一年二組に割り当てられていた。
「この前はごめんなさい。緊急時だったとはいえ、不注意にもぶつかってしまって」
そう言って湖都奈は深く頭を下げる。
「気にするなって言っただろ。俺もぶつかったときのことなんて全然覚えてないし。それよりお前が無事で良かった」
太一の本心であり、なによりの事実である。別れたあと、どうなったのかずっと気になっていたので、こうして再会することができて心から安堵したのだ。
二人が話していると、それほど残っていなかった他の生徒たちの視線がざわつきだす。
「あの娘、綺麗だよね。モデルさんかな」
「赤い目の色で腕輪って、やっぱり虹霊だよな」
「目っていえば女の子と話してる奴、目つきワリィー」
「……ああ、彼に罵られたい」
……待て、途中からおかしいが声が聞こえた気がする。
太一は黙って荷物を持つと、教室を出ることにした。湖都奈もすでに自分の荷物を持っていて、すぐ後ろをついてくる。
しばらく廊下を歩き人気のなくなった辺りで、太一は振り返って湖都奈を見た。
どうしても彼女にしておかなければならないことがあった。
なぜだか湖都奈は名前を知っているようだが、きちんと名乗ったわけではないので、改めて太一は名乗ることにしたのだ。
「俺の名前は日向太一。趣味はこれといったものは……特にはないな。もうすでにそっちは知っているようだけど、一応よろしく」
「はい、私の名前は赤護湖都奈です。呼ぶときは湖都奈と呼んでください。趣味は裁縫です。これからどうぞよろしくお願いします、太一さん」
湖都奈は自分のことを呼び捨てでいいとしながら、太一のことをさんをつけて呼ぶ。太一にはどうにもそれが腑に落ちなかった。
「俺の名前を呼ぶのにさんはいらない。太一って呼んでくれ。仲のいい奴はみんな、俺のことをそう呼ぶから」
「わかりました。では、太一……何だか少し照れます」
太一の名前を呼んで湖都奈は照れていたが、その顔は嬉しげに笑っていた。
二人は自己紹介を終えると、校舎の外へ出るため下駄箱へ向かった。
「湖都奈、そろそろ案内したい場所のことを教えてくれないか?」
靴を履きながら、太一はこれから行く場所を湖都奈に尋ねた。
「太一、それは着いてからのお楽しみにしましょう」
楽しげに笑う湖都奈とともに太一は校舎をあとにした。
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