第32話 悪友にドキ!

 俺は優に向かって一歩、また一歩と踏み出した。優を真っすぐ見つめ、彼女も俺から目を逸らすことなく見つめ返してくる。優のハッとするような美しさに吸い込まれそうだ。


 机を一つ通り過ぎる度に、クラスの誰かが気付いて目を向けたまま凍りつく。チクリ、チクリと突き刺さる視線が増えてくる。ヒソヒソ声が俺の背中をむず痒くさせる。


 優の周りにはリア充と化したイケメン取り巻き男子と肉食系平民女子。彼らはヘタレ平民男子の俺の真剣な眼差しをみて、何事かと一歩後ずさった。


 その間を分け入るように進んで優の前に立つ。クラス中の視線が俺に注がれる。四方八方から放たれる視線の矢が俺に向かって飛び、グサリ、グサリと突き刺さる。想像以上の痛みだ。顔を上げることもできない。視線って痛いんだぞ。ビームみたいだ。


「一哉。やっと来てくれた」


 ドキ!


 優は丁寧語を使わずに俺を見てほほ笑む。子猫が甘えるような笑顔をうかべる。その一瞬で、クラスメイトの顔が驚愕から怒りに変わる。俺はそれを無視して顔を上げる。


「優、お弁当はどうだった」


 ゆっくりとはっきりした口調で告げる。どんな鈍感なやつでもこの一言で気付く。旧あやかり女子たちが優の元に集まる。唯一、優の側に残っていたクラスの美少女ナンバーツー、あやかり女子のリーダー的存在の女子が口を開く。


 彼女の名前は斎藤佳奈(さいとう かな)だったか。神聖女子(アンタッチャブル)である佐伯優(さえき ゆう)の陰に隠れて今一つ目立たないが、その実力は学園でもトップクラスの成績。メガネを外せば優にだって引けを取らない美少女とささやかれている真面目女子だ。


「佐伯(さえき)さん。佐伯さんの大切な人って、まさか工藤(くどう)くんじゃないよね」


「うん。一哉だよ。紹介するね。私の大切な悪友(ワルトモ)、工藤一哉(くどう かずや)くん」


 ドキ!


 心臓が大きく跳ねた。優は斎藤さんに事も無げに言ってのけた。斎藤さんはこれでもかとメガネの下の目を見開いた。驚愕の表情ってこう言うのを言うんだな。斎藤さんの頬がヒクヒクと引きつって痙攣している。


「わっ、悪友(ワルトモ)って何ですか?」


 慌てている斎藤さんのメガネがズレる。ラブコメのヒロインみたいなやつだな。理知的でクールな美貌の後ろに、お茶目で可愛い一面がのぞく。


「悪友(ワルトモ)は悪友(ワルトモ)。私の全部を受け止めてくれて、どんな事でも一緒にできる人」


 優の顔は相変わらずゆるゆるだ。こんな顔をクラスで見るのは初めてだ。対して斎藤さんの顔は益々険しくなる。


「それは世間一般に、恋人と呼ぶのではありませんか」


 斎藤さんがメガネを指でくっと引き上げて切り込む。


「うーん」


 優は唇に一指しゆびをあてて小首を傾げる。


 ドキ!


 ポンコツ感丸出しだぞ、優。でも、かわい過ぎる。優と過ごした二日間で何度も見た顔だが、学園で見ると、これがまたなんとも愛らしい。


「ちょっと違うかな。恋は駆け引きみたいなものだけど、一哉にはそんなのいらないし・・・」


 優の顔が赤く染まる。斎藤さんはそれを見てたじろいだ。何とか頭の中を整理して言葉を紡ぐ。


「それは互いに信頼し合っているという意味ですか」


 優は相変わらずにやけた顔をしている。


「そうなのかなー。うん。そうかもしんない。でへへ」


 くっ。でへへとか言うな。優が完璧に壊れた。ポンコツモードが現れてるぞ。まあ、俺はこっちの優の方が断然好きだが。


「失礼ですが、工藤くん。あなたは、お勉強も体育も特に目立った成績を上げてないかと思いますが、佐伯さんとつり合うとでもお思いなんですか?」


「そ、そうよ。イケてない顔しているし」


 旧あやかり女子が、こぞって斎藤さん側について声援をおくる。美少女ナンバーツーのメガネ女子、斎藤さんの矛先が俺に向く。やっぱそうなるよね。俺が悪者になるんだよね。


「俺、ヘタレ平民男子を自覚してっから別に気にならん」


 でも、ここで引いたら優に申し訳ない。ヘタレ平民男子でも意地くらいある。


「きっ、気にならないって、自覚していたらなおさらです。佐伯さんを不幸にしかできない人が、彼氏ぶるんですか」


 斎藤さんの顔から蒸気が噴き出している。すごい!初めて見た。うちの母親(おかん)より怖いかも。いつも冷静な斎藤さんもこんな顔するんだ。ビックリした。


「俺、優の彼氏じゃないし。悪友(ワルトモ)だから」


 これしか答えられない。うーん。もっと適切に説明できないものか。でも事実だからしかたない。


「ですから、その悪友(ワルトモ)って何ですか」


 斎藤さん。唾が飛んでます。ぶち切れてんの。斎藤さんも怒ることあるんだね。参った。どうすればいいのよ、俺。


「俺にも、正直、良くわからん」


「ぬけぬけと珍妙な理屈を述べるものですね。そんな理屈で佐伯さんを惑わすのはやめてください。佐伯さんは私たちの憧れなんです。目標であって神聖なるものなんです。汚すようなことをしたら承知しません」


 メガネの下の瞳に宿る怒りが爆発寸前!涙が一筋垂れた。


「よしなよ。人は人だ。せっかくみんないいムードだったのにつまらんぞ」


 気がついたら出流が俺の横に立っていた。美少女ナンバーツーのメガネ女子、斎藤さんと俺との間に割って入る。斎藤さんは出流の顔をみて一瞬怯んだ。


「ほっ、北条くんは黙っていてください」


 斎藤さんの顔がポッと赤く染まる。あれっ。ものすごく動揺しているよね、斎藤さん。


「そうはいかん。一哉は俺の友人だからな。お前らこそ、佐伯さんの友人なのか?」


「そっ、そんなの・・・、決まってます」


 斎藤さんは言い淀む。先ほどまでとうって変わって声に力が無い。出流はそれを見逃すことなく追い詰めてく。


「なら、なぜ佐伯さんはお前らと会話する時は丁寧語で、一哉と話す時はタメ語なんだ。俺には一哉の方が親しそうに感じるけど」


 メガネ女子の美少女を追い込むなんてイケメンしかできんな。俺がやったら、あやかり女子と取り巻き男子に囲まれてタコ殴りされる。


「そっ、それは私たちが互いに丁寧な言葉を使い合うからです。あなたたちみたいな野蛮な言葉は使いません。友達は尊重し合うものです。これは礼儀と言うものです」


「そうか。キミは家に帰ってもそんな固っ苦しい言葉遣いをしてるのか。息がつまりそうだな」


「・・・。家族は関係ありません」


 言葉に詰まり出す。勝負あったって感じた。斎藤さんのメガネの下の瞳が揺れている。斎藤さんはそれでも気丈に顔をもたげる。


「ふくれるところをみると図星だな。家ではもっと楽な言葉を使っていると言う事だとみた」


「・・・」


「佐伯さんと一哉の言う悪友(ワルトモ)ってのは、家族みたいな間柄(あいだがら)ってことなんじゃないか」


「くっ。私たちは認めません」


「認めるかどうかは関係ないだろ。それは二人が決めることだ」


 出流はきっぱりと言ってのけ、ダメ押しに付け足す。


「それと、人に意見をいう時は私たちじゃなくて、私だな。主語が複数だと意見に重みがなくなる」


 さすが、神童と呼ばれる出流だ。女子の理屈に打ち勝っている。


「そっか、一哉は私の家族なんだ」


 優、お前が納得してどうすんだ。神聖女子(アンタッチャブル)の面影もオーラも消えちまっているぞ。


「一哉、私達、家族なんだって。一生、離れられない運命だね」


 ばっ、ばか。俺の手を取って喜ぶな。


 俺達を見て、旧あやかり女子たちの目がまんまるになっている。美少女ナンバーツーのメガネ女子、斎藤さんは顔を真っ赤にしてプルプルと体を揺らし出した。今にも声を震わせて泣きそうな顔をしている。


「佐伯さん。佐伯さんには、もっと相応しい男子がいっぱいいます。イケメンで頭も良くて、スポーツもできる・・・」


 すかさず出流が口をはさむ。


「いやー、残念だなー。佐伯さんを狙っていたクラスのイケメン男子は本日めでたく、全品完売したみたいだぞ」


 旧あやかり女子たちが、ひっついたイケメン男子と顔を見合わせて下を向く。気まずい沈黙。しゅっ、修羅場だ。


「なっ、何を言い出すんですか」


「俺達、売れ残ったってことさ」


 出流は泣き出しそうな斎藤さんの顔を真っ直ぐに見つめて述べた。イケメン野郎、男子の俺でもグッとくるような顔してんじゃねーよ。


「そんな。私は売れ残ってなんかいません」


「そう、かっかとするな。天使みたいな美人の顔が台無しだぞ」


 出流はイケメンフェイスでクラスの美少女ナンバーツーの斎藤さんにつめ寄る。出流の指がスッと伸びて、零れ落ちそうな斎藤さんの涙をすくった。


「なっ、何をするんですか。近寄らないでください」


「俺、斎藤さんみたいな気が強くて頭いいメガネっ子、割と好きなんだ。いやっ、ハッキリ言って好(この)みだ」


 そっ、そうなのか、出流?知らんかった。こいつ俺を助けるつもりで来たんじゃなくて、狙いは斎藤さんだったのか。まんまとのせられるところだった。


 斎藤さんが動揺してオドオドしだした。出流はあろうことか斎藤さんのトレードマーク、メガネを奪い取って顔を寄せる。キザすぎる。でも、イケメンの出流なら許される行為だから困ったものだ。


 ドキ!


 斎藤さんってメガネが無くなると、ちょっとイメージが幼くなって美少女感がアップする。知らなかった。出流は全てお見通しってか。


「頼む!売れ残りの俺を買ってくれないか」


 出流は爽やかな笑みを称えて大きく頭を下げた。おう、さすがイケメン。男子の俺でもちょっとグッとなった。やっぱ違うわ。


 突然の出来事に、メガネを失った斎藤さんが体をくねらせて恥ずかしがる姿がメチャかわいい。


「ズ、ズルいです」


 か細い声が帰ってくる。出流に見つめられる斎藤さんの顔が真っ赤だ。


「悪りーなー。みんな。俺、斎藤佳奈と悪友(ワルトモ)始めっるから。手ー、出すなよ」


 出流はクラス中を見まわして宣言する。神童と呼ばれるイケメン男子はやることがキザだ。そして、立ち直りも切替も早い。


 周りをけん制する険しい顔を引っ込めて、出流は柔らかな笑みを浮かべ斎藤さんに向き直る。


「佳奈ちゃん。ごめん。まだ、答えを聞いていなかったな」


 くっ。斎藤さんから佳奈ちゃんに変わっている。精神的な距離を一気に詰めやがった。これだからイケメンは、もう。


「・・・。彼女じゃなくて悪友(ワルトモ)ですよ」


 小さな声で答えた斎藤さんは、差し出した出流の手の先を、ちょこんと取った。






 春は出会いの季節、俺の心臓がトクンと鳴った。




------------




 その日の放課後、俺は屋上で出流の顔を手加減なしでぶっ飛ばした。ヘタレ平民男子の俺が、初めて人の顔をぶん殴った記念日だ。俺の右手にはハートの欠片のついたブレスレットが揺れている。


 ビビりまくりだけど、悪友(ワルトモ)ってやめられんわ。


 優と俺の関係はクラスでは公認になったが、その実何も進展していない。教室を一歩出れば、視線と言う名の矢が四方八方から飛んでくるのは相変わらずだ。


 出流がダブルデートでもしようと誘ってくるが、お互いに、相手はまだ彼女じゃない。


 それぞれの悪友(ワルトモ)ライフは、これから始まるんだ。


 クラスの中はいつの間にかラブラブモードの春の嵐が吹き荒れている。本格的な受験に突入するには少しだけ時間がある。今しかできないことに、皆、必死なのだ。


 高校生の恋愛実態調査によると、現在進行形で恋人がいるのは全体の約二割。残りの八割は独りボッチのままだ。


 大多数は恋人なんていない。平民男子のまま卒業を迎えるのだ。焦ることも恥じることもない。けど、それを求めるのが人ってものだ。


 仮に上手くいったとしても、初恋の人と結婚できる確率はたったの1パーセント。一学年に一組いれば良い方だ。俺と優はその一組になれるのだろうか。今は誰も知らない。


 俺と優、出流と佳奈ちゃん。四人並んで屋上に立つ。沈みゆく夕日を背にすると長い影がクッキリとコンクリートの床に伸びる。


 俺達、四人は自分の影を踏みしめて出口へと歩み出した。そう、多分これがスタートラインだ。


 俺の腕で、ブレスレットの割れたハートが揺れている。優の腕にも同じものの片割れが揺れている。俺はそっと腕を伸ばして優の手を握った。初めて自分から求めた恋人手繋ぎ。一歩前進したと、二つのハートの片割れが触れ合いながら告げていた。






 おしまい。

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神聖女子が俺にだけポンコツ!悪友認定って何なんだ? 坂井ひいろ @hiirosakai

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