第31話 リア充増殖でドキ!
ピーン、ポーン。パーン、ポーン。
午後の授業が始まる五分前の予鈴(よれい)が校庭に響きわたる。春の陽光に誘われて時間を忘れてグラウンドで遊んでいた生徒数名が一斉に校舎に向かって走り出す。
俺は校内に入る鉄扉を押す出流の後を追う。踊り場に出ると階段を駆け上る生徒たちの足音とざわめきが聞こえてくる。
屋上で優の名前を大声て叫んでしまった緊張が、ぎゅっと心臓を絞めつける。やばい。ヘタレ意識が頭をもたげ始めた。恐るおそる教室に入る。
既に生徒の多くが席に着き、授業の始まりを待っている。優が引き起こした騒動も収まり、教室は平静を取り戻していた。
「一哉、残念。お前の叫びは届いていないようだ」
「・・・」
正直、ホッとする。教室の入り口を抜ける時も、誰も俺達に注目しなかった。緊張して損した。
まあ、よくよく考えれば仮に聞こえたとしても、クラスメイトでもなければ、顔の見えないバカが叫んでいると言うふうにしか思われない。ヘタレ平民男子の俺の声を覚えている奴なんている筈がない。
ピーン、ポーン。
五時間目の授業の開始を告げる本鈴(ほんれい)が鳴り出した。
パーン、ポーン。
俺の席の側にいた出流は本鈴が鳴り終わるまでに自分の席に着いた。時間ピッタリに数学の先生が教室に入ってくる。
やばい。はじまりの挨拶をしている間に弁当箱をしまい、教科書とノートを机に乗せる。こんなことですら緊張するのは俺がヘタレ平民男子である所以(ゆえん)だ。
何事もなかったかのように午後の授業が始まる。先生に指されて数学の難問の答えを黒板に書き出す優の姿は神々しい。回答はもちろん完璧、書かれた文字も美しい。先生の口から、ほうと小さくため息が漏れるほどだ。
いつもの光景に安堵する。
んっ?
静まり返っているが何かが違う。微妙に空気が華やいでいる。本来なら板書する優に集まっているはずの視線が、心ここにあらずと言った感じであちこちをさまよっている。
なんだ?
授業が終わって休み時間。出流がニヤニヤしながら俺の元にやってくる。
「面白いことになっているぞ。教室を良く見てみろ」
出流がコソコソと指さした先には、肉食系平民女子とイケメン男子のペアが五組ほどできていた。互いに顔を赤らめモジモジしている。
よく見るとその女子と男子は優の周りに集まっていた、あやかり女子とイケメン取り巻き男子の面々だ。
「何だあれ」
俺は怪訝そうに出流の顔を伺う。
「初々しいだろ」
出流はニヤニヤ顔を崩さず答えた。
「キモイ」
何だか季節外れのバレンタインみたいた。
「人のことを言えた義理か」
出流は笑う。
「だな」
俺も笑う。
「彼女たちはこの瞬間を待っていたのさ」
出流は表情が真剣な眼差しに変わる。
「抜け目ないな」
俺は声をひそめる。
「ああ、でも、ある意味、男子の何人かは救われた」
出流も声をひそめる。
「切替が早くないか」
優の尻を追っかけていたイケメン男子諸君、それで良いのか。
「恋の季節だからな。あせっている奴が多い。それに、連中の目当ては佐伯(さえき)さんとは限らない。
最初から佐伯さんの側に集まっている女子を求めていただけかもしれない。奴らだって神聖女子(アンタッチャブル)との恋がうまくいくなんて思っちゃいない。
佐伯さんはクラス全員の憧れだから神聖女子(アンタッチャブル)なんだもんな。
来年になったら受験勉強が本格的に始まるからな。良い頃合いでチャンスが来たと言っても過言じゃない」
出流の分析は鋭いが、にわかに信じがたい。
「誰でも良いのか」
「そうは言わんが、誰だって心の底じゃ寂しがっているもんだ。俺だってそうだ。うわべだけの付き合いしかしてない奴が多いからな」
眩しいぐらい爽やかで嫌味のない頼られ男子の出流も、寂しいのか?俺は少しばかり驚く。
「そうだな」
高校生の恋愛実態調査によると、現在進行形で恋人がいるのは全体の約二割。基本、真面目が多い私立渋川学園高校において、その比率は更に下がる。
仮に上手くいったとしても、初恋の人と結婚できる確率はたったの1パーセント。分かっていても、甘酸っぱい青春の思い出は誰だって欲しいものだ。
優に憧れていたイケメン取り巻き男子の心の溝を、肉食系平民女子が埋める構図かと思っていた。が、優の周りに集まって群れていたのは、群れの中の誰かを求めていたのかも知れない。
リア充カップルが増えるとクラス中に甘ったるいムードが漂い始める。クラスの大多数を占めるヘタレ平民男子たちはムードに弱い。
流れに逆らう事なんてできない。優と言う女神を失った彼らの一部は玉砕覚悟でヘタレを捨てた。話しかけられている女子も満更(まんざら)でもなさそうだ。
こうして、私立渋川学園高校二年一組に、公認リア充カップルが大量に増殖する結果となった。なんだよ!切っ掛けが欲しかっただけかよ。
優を取り巻いていた肉食系あやかり女子の姿は徐々に減り、イケメン取り巻き男子と過ごす時間が増えて行く。結果オーライってことだ。
んっ。俺は、優の視線に気づく。あやかり女子と言う監視の霧が晴れている。真っすぐこちらを向く優の姿は、俺にとって何一つ変わっていない。
神聖女子(アンタッチャブル)の美貌に、ふやけた笑顔が加わってむしろパワーアップしているし。
出流が優に向かって立っている俺の背中を蹴飛ばした。こいつ、背も高いし脚も長い。
「一哉!行ってこい」
蹴られて一歩を踏み出した、俺の心臓がトクンと鳴った。
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