第30話 屋上でドキ!

 こうして俺は、ドンくさデブの三島優(みしま ゆう)が、信じられないくらいの努力で、今の容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、天下無双の学園アイドル、佐伯優(さえき ゆう)になったことを話して聞かせた。


「すげえな。もはや伝説級だな」


「出流、皆から期待されるって楽しいか?」


「そうだな。良いこともあるが、辛いことが多い。ぶっちゃけ、けっこう孤独だったりもする」


「そうか。出流なら優の気持ちに心の底から共感できそうだな。俺はヘタレ平民男子だから注目なんてされたこともないし、まして期待されたこともない。だから努力して理解しようと思う」


「ヘタレらしからぬ発言だな」


「ちゃかすな。これでも、いっぱいいっぱいなんだ」


「だな」


「優の抱える孤独は出流以上だ」


「だろうな。それで悪友(ワルトモ)か」


「そうらしい」


「一哉、それ。ある意味、恋人以上だぞ」


「優ってさ、皆が思っているのとは真逆でポンコツなんだ」


「のろけか」


「そう聴こえたか」


「笑えるな。神聖女子(アンタッチャブル)がポンコツかー」


 出流は俺の前で両手を組んで頭の上にあげて大きく背伸びしてみせる。


「ああ、笑える。敬語も使わないし、下手すりゃ幼児語も飛び出す」


「信じられんな」


「俺も未だに信じられん。時々別人かと思う」


「信頼されてんな。一哉は」


「そうだな」


「敵わんわ」


「なあ、出流。聞いていいか」


「もちろん」


「ヘタレ平民男子のぶっちゃけイケメンでもない俺が優を癒してあげられる男子になれると思うか?正直に言ってくれ」


「一哉はジャガイモ頭だものな」


「くっ、それを持ち出すか」


「冗談だ。聞き流してくれ。人を好きになるとか信頼するとかは理屈じゃないと思うぞ」


「そうなのか。俺がいつまでも優の悪友(ワルトモ)なんかでいたら、あいつを不幸にしないか。もっと相応しい男子はいくらでも現れるぞ」


「だな」


「だよなー。自信ないわ」


「良いんじゃないか、それで」


「それで良いのか?」


「先のことは誰も分からん。そうなるかも知れないし、そうならないかも知れない。悪友(ワルトモ)の先があるのか、ないのかは、佐伯さんと一哉しだいだ。無理に未来を決める必要なんてないんじゃないか」


「なるようになるってことか」


「だな」


「ありがとう。出流。気持ちが軽くなった」


「にしても、男子と女子の悪友(ワルトモ)っていいな」


「出流もそう思うか。俺もそう思う」


「んじゃ、俺は邪魔が入らんよう、せいぜい見守るだけだな」


「はー。バレたら殺されるよな」


「一回、死んでみろ」


 ドキ!


「そうか。死んでみればいいのか」


「覚悟ができたようだな」


「おう。できた。さすが頼られ男子の出流くんだな。助かるわ」


「あー。俺も悪友(ワルトモ)の彼女が欲っしー」


「出流にはやらん」


「俺もポンコツはいらん」


「言ったな。こいつ。殺すぞ」


「もう死んだわ。神聖女子(アンタッチャブル)の幻想と共に」


「ぴんぴんしてんじゃんかよ」


「生き返った」


「早くないか」


「俺、イケメンだし、一哉には悪いがモテるんで」


「一発殴り返していいか」


「だめ。不細工は殴っても不細工のままだが、イケメンは顔がゆがむ」


「不憫(ふびん)だな」


「不憫(ふびん)なもんだ」


「笑える」


「笑うか」


「笑おう」


 俺たちは青空に向かって思いっきり大笑いした。俺は春の海辺て優の名を叫んだことを思い出す。ヘタレ平民男子のすることじゃない。でも、気持ちよかった。


「一哉、お前、変わったな」


「優のおかげだ」


「案外、佐伯さんに救われてんのは一哉の方じゃないか」


「だな」


「幸せな奴め」


「だな」


「ならとことん行くっきゃない。ここで佐伯さんの名を叫んで死ね」


「ここでか」


「ああ、見守っててやる」


「怖いこと言うな」


「幸せじゃない奴は人を幸せにはできん」


 俺は屋上の真ん中で空を見上げる。優がしたように両手で口の周りにメガホンを作る。


「ユーーーーー、ウーーーーー!」


 出せる力を全部振り絞って叫んだ。


「死んだな。一哉。戻るか」


「まだ、弁当残ってるし」


「忘れてた、俺もまだ弁当食ってねーや。一哉と弁当を食べるのは久しぶりだな」


 俺たちは並んで弁当を食べた。


 一陣の風が俺達の頬をなでていく。火照った体に心地よい。校庭のフェンスを見つめる。外の世界は限りなく広がっている。


 俺達は学園と言う狭い世界に閉じ込められていると思っていたが、逆に守られてんじゃないかと感じる。


 中学の時の同級生には、既に高校を中退して働き始めているものも数名はいるらしい。別に高校をやめたいわけじゃないが、選択肢は無限にあると言う事だ。


 高校二年生の春。学校にも慣れ、本格的な大学受験勉強にはまだ早い中途半端なこの一年。大切だと思える時間になるかどうかはこれからだ。始まったばかりなのだから。


 春のやわらかな太陽の日差しに、俺の心臓がトクンと鳴った。

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