後編

 俺の脳波を受けて形作られてしまった月由来の有機生命体は、俺たちの視線に気づいて顔を上げかけたが、すぐに機甲服の表面をなぞる動作に戻った。裂けた口から垂れる長い舌で、装甲の隙間ににじむ血痕までなめとろうとする。


 カプセルの中でじっとしている時にはレンカにそっくりだと思ったが、今はまったくそうは見えない。化け物だ。一瞬でも思い人そのもののような気がした自分をぶんなぐってしまいそうだ。


 俺は折れた椅子の脚を持ってサキュバスじみた化け物に突き出した。

「どけよ、ほら」


 化け物は椅子の脚に視線が釘付けになった。振ればそれを追う。その脚は爆発した死体が腰かけていた椅子のもので、赤黒い血がまだ付いていた。

 部屋の隅にほうり投げると、機甲服の上からパッと跳ねて、落ちた脚をぎこちなく拾うとアイスバーのように嘗め回した。


「なるほど。腹が減っていたんだな」

 ナルミが感心して頷いている。俺は背筋に寒気が走った。

「俺たちを食う気じゃないだろうな」

「なんにしても、宇宙服はしっかり着こんでいた方がよさそうだ」


 ピッとロン隊長からの通信が入った。

『少尉! なんだあれは。あれが最重要機密か?』

「どうしました?」

 同時にロン隊長のカメラ映像が送られてきていた。


 地下にいたロン隊長は7名の機甲服隊員と、強風の吹き荒れる中、地階を三、四階ぶち抜いた縦長のホールのテラスにいた。


 テラスの反対側の壁はワイルドサイドが撃ち込んだ弾丸で損壊していた。いくつかが貫通して穴が開き、気圧差で空気が鋭利な塵を巻いて外部に抜けていく。天井の骨組みも折れ曲がって何本も落ちている。


 その骨組みと共にこの部屋に積んであったであろうカプセルも粉々になって散らばっていた。サキュバスの素となった細胞が入っていたものと同じものだ。同じように丸いアメーバのような人工細胞が保管されていたのではないだろうか。たまに風の中に細胞片のような赤黒いかけらが混じる。だが、周りでうねっていたのは人工細胞でもサキュバスでもなかった。


 人工細胞をまとめて粘土板の上でこねくり回して発酵させた感じの肉色の塊が動いていた。大きさは哨戒型機甲服の十倍以上はある。両端をすぼめた楕円形の体の一端には、形も大きさも人の上半身に似た突起物がちょこんとできていた。突起物のその先端──人でたとえるなら頭に当たる部分──には、金属の球状の構造物が透き通った皮膚を通して確認できた。


 顔面は下を向いていてはっきり映っていないが、口腔部分がもぐもぐと咀嚼しているのが分かった。


 もぐもぐ、ぐちゃぐちゃ。


 突起物の肩から伸びる触手には自分の体のものではない肉の塊を握っている。ナルミの指示でカメラが化け物の足元を拡大した。千切れた人の手足、頭、男女の胴体トルソー──散らばっていたのは死体だった。


『これが蓄積された有機物の正体だっていうのか……』

 さすがのナルミも絶句した。


 人似の突起物が折っていた体をむくりと起こすと、ちょうどロン隊長のいるテラスと同じ高さになった。

 ラウダとゲーザが右腕のレーザーを構えた。

『待て』ロン隊長が制する。


 目のような二つの水晶体が隊長たちをじっと捉えている。後頭部には構造物から生えた三本の細長いアンテナが皮膚をやぶって突き出ていた。

 この変な突起物を生やした謎の生命体が、太い下半身をぶよんと波立たせてテラスにぶつかってきた。隊員たちがどよめき、ロン隊長のカメラもぶれる──


 ゲーザが発砲した。

 突起物の肩に当たる。

 細く穴が開いたと思った刹那、穴周囲の肉が膨張した。傷を埋めたあと、吐出した細管の束がゲーザ機の頭部を押しつぶす。


 ラウダも生命体の頭を撃った。

 皮膚がジュウと焼けてめくれ上がったが、金属部分がレーザーをはじいた。

 再び増殖した細胞が膜を張り、髪かひげか判別できない繊毛がぶわぶわとあふれ出る。

 再びテラスに体当たりしてきた。


『いったん出ろ。新たなルートを探すんだ』

 ロン隊長たちは後ろ向きで素早く部屋を出た。ゲーザ機も自分で動いている。

『途中の南軍の武器庫! あそこの実弾兵器持ってくるんだ!』

 ドン! ドン!

 ラウダの喚きが掻き消えるほど部屋の壁が打ち震える。


 画面を凝視しながらナルミがつぶやいた。

「やはりレーザーで撃ってはだめだ。どんな変化を与えるかわからない……」

「ナルミ、あれも誰かの物か?」

「わからない。あの部屋は月有機物の保管庫だ。センサーが弾かれて、ここからでは詳しく調べることができない。近くに行かなければ」

「よかった。俺も移動する。こっちに来る奴らを蹴散らしてくるから、その間にゆっくり調べてろ」

「一人でか?」

「ケニーとリコもいる。増援もそのうちくるんだろう? さっさと仕事しないとラウダに怠け者呼ばわりされちまうよ。今度こそ起動するんだよな」


 俺は自分の機甲服のシートに腰を据えた。内部はなめられていなかった。血液にしか興味がないらしい。


『03小隊……小隊、応答して、だ、い……』

 急に音が切れ切れになる不安定な通信が割り込んだ。隊員でもダエモンでもない。


 ナルミが急いで哨戒型のコンソールをいじりながら返答した。

『こちら、03小隊ナルミ・クレイ少尉。隊長代理だ、聞こえるか? 今、コードを合わせる』


『こち……06小隊、メイリー・グエン準少尉です。そちらの基地からおよそ100キロ離れた地点まで来ています。本部から03小隊と連絡が取れないのでそちらの基地に急行せよとの命令を受け、そちらに向かっています』


「助かる、グエン準少尉。現在ワイルドサイドと交戦中。ここにダエモンが来ている。本部への連絡を頼む」


『了解。現在13区01発電基地を中心に複数の妨害活動を確認。他に三部隊がワイルドサイドと交戦しています。クレイ少尉の哨戒型もYM社の最新機ですね。この機種のパワーでないとコンタクトが難しい状態のようです』


「ならば準少尉はその場に留まり、連絡のつかない他の部隊と本部を仲介してくれ。ここで巻き添えをくって本部と連絡できなくなったら困る。あと本部へ北部の中央コンピュータを精査しろと伝えろ。ワイルドサイドに潜入されている可能性ありだ。それと衛星軌道上の未確認衛星の調査も大至急だ。上から狙われたんだぞ。宙空軍は何してたんだ!」


『りょ、了解。コピーして本部へ送信。私はこの場に留まり、06小隊三機が応援に向かいます』


 てきぱきと交わされるやりとりを聞きながら、俺は耳裏の補助電脳に意識を集中した。機甲服のAIと補助電脳をリンクさせ、そこから起動スイッチを入れる。

 今まで沈黙していた機甲服のAIが、機甲服の現性能をグラフ化してバイザーに表示する。ありがたいことにナルミのプログラムで運動性能が2割もアップしていた。バッテリーもフル充電だ。


 ナルミが哨戒型を降りて、俺の機甲服につないでいた端子を回収しながら小さい何かを投げてきた。

 反射的に受け取る。ゴールドのリング──ナルミがはめていた指輪の半分だった。


「何かあった時のためにデータを半分持っていてくれ。無事で済んだらそのままレンカの指にはめてやればいい。代々受け継いできたものなんだから、お古でも文句はないだろう」

「わかった」


 小さい指輪だ。俺の指にはどれにもはまらない。

 そういえば、まだレンカの指のサイズを知らなかった。こういうのってプロポーズするときに用意するものじゃなかったか? レンカがナルミに何か言ったのかもしれない──自分のおおざっぱな性格を反省しながら指輪を簡易宇宙服の胸ポケットに放り込んだ。


 キャノピーが降りて完全に機甲服に包まれる。ナルミの声は簡易宇宙服の個人間通信から機甲服のAIリンク通信に切り替わった。


『あいつらは北部連合のような人材活用はしない。無理はするな。それをレンカにはめてやれるのはお前だけだ』

「互いにな。結婚式には兄貴も呼ぶんだからよ」


 脚部と背面のスラスターをふかし、滑るように部屋を出た。


 最初に入った入口付近に、手首を拘束され互いにつながれた簡易宇宙服の南軍兵が固まっている。

 ハッチを出ると、標準型のケニー機とリコ機、左腕のもげたチャンミ軍曹の機体が待っていた。


『大丈夫ですか、軍曹』

『本物の腕が取れたわけじゃない。役に立たなくなった部分を取っただけだ』

『ケニー、リコ、ついてきてくれ』

『そのつもりで待ってました』


 三人で編隊を組んで動こうとした時、ハッチの下から「うわぁ、なんだぁ!」と真空空間を貫いて地面を震わせる捕虜の絶叫が聞こえた。


 開けっ放しのハッチからヌッとあのサキュバスが顔を出した。


『ナルミナルミ! こいつついて来たぞ!』

『ああ。お前の後を追いかけて行ったよ。お前が餌をあげたようなもんだし。親だと思っているんじゃないのか』


 サキュバスは黒い肢体をハッチから出すと、飛膜の張った翼を大きく広げて気持ち良さそうにバサバサと羽ばたかせた。体は人間サイズだが、翼は片翼で機甲服を丸ごと包めるほど広く、迫力があった。


 ケニーとリコは振り向いたまま固まったが、チャンミ軍曹は嬉しそうに口笛を吹いた。

『これはいい。今度パートナーにこのコスプレをしてもらおう』


 のんきな軍曹にさっきのサキュバスの様子を言いたかったが、ぐずぐずしてはいられなかった。ワイルドサイドが迫っている。

『こいつは後回しだ。ケニー、リコ行くぞ』

 俺はそう言って飛び出した。我に返った二機がついてくる。

 サキュバスも後から追ってきた。その後ろからチャンミ軍曹。

『軍曹は下がってください。機体が万全じゃない』

『ケチケチするな。へるもんじゃなし』


 スラスターにブーストをかけて地面近くをなぞるように飛ぶ。

 サキュバスは翼を広げても飛ぶことはできなかったが、前傾姿勢で鋭い爪の付いた広い足裏で大地を蹴り上げてついてくる。歩幅も恐ろしく広いので、スピードは俺たちに全く引けをとらない。


 額の中央に丸い水晶体が出てきた。そこが走りながら赤や青など次々に色が変わる。

 AIが変化にパターンがあると告げ、調査対象に設定した。


 向かってきたワイルドサイドの汎用型22機が二手に分かれた。8機がこちらへ方向転換し、残りは崩れた基地の土台へ真っすぐ進む。


 その8機がレーザーを撃ってきた。

 すれすれでかわしながら撃ち返す。

 俺たちの機甲服は掠るくらいならレーザーを弾き返せるが、当たり所が悪ければ落とされる。しかしここで躊躇して長く足止めされるわけにはいかない。ナルミが上げた運動性能を最大限利用しよう。


 ケニーとリコに援護を要請し、俺は反撃しながら電磁レイピアを抜き、最大速度で切り込み、回り込み、突き刺し、戦闘不能にする。


 サキュバスも狙われた。

 翼で体を覆うと、そこでレーザーを弾き返した。

 俺の真似なのか、そのままワイルドサイドに突っ込んでいく。


 見たこともない怪物にさすがに相手もひるんだが、すぐに攻撃を続ける。今度は脚を撃たれた。


 のけぞる彼女の影から軍曹が飛び出しレイピアをふるう──いや、マチェットだ。さっきの銃撃戦で武器の電磁系統がおかしくなったらしい。電磁レイピアより短いが、より鋭い。装甲の隙間を狙い、自機をひねって相手の腕をえぐる。


 血球が散った。ワイルドサイドの兵士のものだ。

 それがサキュバスが目の色を変えた。

 切られたWS兵にとびかかり、手の爪で機甲服の装甲を剥いていく。WS兵の悲鳴があがった。


 彼女は学習した。硬い殻をむけば、軟らかくおいしい可食部が出てくることを。

 彼女の牙は、機密を保つために破れにくくなっている宇宙服よりも丈夫だった。

 サキュバスの水晶体が激しく点滅する。

 AIがパターン情報の蓄積から通訳可能と言った──結果は「オイシイ」


 血煙をあげながらむさぼるサキュバスに、敵は戦慄した。

 俺はその隙を逃さず、三機を次々と沈黙させる。二機は離れていった。


『いい相棒ができたと……考えるべきなのかな』

 戦闘経験豊富なチャンミ軍曹も、サキュバスの食事風景にはさすがにショックを隠せなかった。

『油断はできませんが、俺たちのことは仲間だと思っているようです。先を急ぎます』

 俺は基地に向かった残りを追う。


 AIに各隊員の様子を聞くと、ナルミも地下へ移動している途中で、ロン隊長たちは暴れる怪物に実弾攻撃をしかけるようだ。


 通信回線からはナルミとラウダの言い争いが大きく聞こえてきた。

『もう刺激を与えないでください。これ以上暴れられたら隣りのサーバ室まで破壊される!』

『お前がワイルドサイドを侵入させるなって言ったんだぞ。こいつをなんとかしないと外に行けねえだろうが!』


 急がねば──スピードを上げると、目の前に突如砂煙が現れた。

 光学系以外のセンサーも混乱してモニターが乱れる。慌てて制動をかける。前が全く見えない。


『ナルミ聞こえるか? ワイルドサイドの最後尾ケツがチャフと砂をまき散らした。サイゾウが突っ込めん』

 軍曹の通信にピッというAIの警報が被った──後方から大型の機体が飛来、接近。


 ズン!と地響きがして巨大な機甲服が降り立った。

 ダエモン機だ。

 哨戒型を二、三機団子にしたほどの大きさで、服というよりは重機だ。表面に張り付いていたユニットが組みかえられて、剛力そうな太い腕と複数の繊細そうな細い腕となった。


『可愛いやつがいるじゃねーか。このバケモンが』

 ダエモンは太い腕でWS兵に食いついていたサキュバスを殴り飛ばした。


 ケニーとリコが撃つ。

 ダエモン機は太い腕を盾にして全て弾き返した。電磁加速砲の砲身と同じコーティングだ。

 巨体の後ろからWS兵が撃ってきた。今度はこちらが下がる番だった。


『外の4機、注意!』

 ナルミの警告と共に基地のレーザーが放たれた。低出力での連射。

 ダエモン機を中心に広範囲に多量のレーザー弾が振り注ぎ、地をなめるように移動していく。チャフの砂煙を吹き飛ばし、ワイルドサイドの砲撃で崩壊した台地の側面をより細かく分断する。


『まだ撃てたのか』

 ダエモン機がWS兵の残骸──サキュバスの食べかけを含む──を次々とつかんで塔へ投げる。

 レーザーは沈黙、塔ごと完全に破壊した。


 砲撃とレーザーでもろくなった台地からラウダたちが発射した実弾も飛び出し、積み重なっていた瓦礫を崩す。

 そこに開いた穴から、ミサイル弾に追われた巨大な肉塊が這い出てきた。


『よし、肉は出た! 次はコンピュータサーバだ!』

 肉塊と離合して走ってきたWS兵が、基地の穴に何かを撃ち込んだ。

 怪しいものは入れてはならない。誰かが撃ち落とすだろう──そう思っていたが、それはそのまま中に吸い込まれ、激しい光とプラズマが瞬いた。機甲服の感覚器をマヒさせるAIスタングレネードだ。


『隊長! ラウダ!』

 助けに走ろうとした俺やケニーに怪物が巨体もろとも突っ込んできた。


 光が暗くなり、効果が弱くなってからWS兵たちが穴に飛び込もうとすると、今度は中から多量のレーザーが雨あられと降り注いだ。

 前列の仲間を盾に下がっていくWS兵には、俺と同じ機動特化型のラウダ機と隊長機が飛び出して追い打ちをかける。


『おらおら! 盗人の考えることはお見通しよ!』

『マヒ防止に感覚器センサーを切っても、起動するタイミングが計れてすぐ補正データを送れる俺が間に合ったからですよね?』

 得意げなラウダにナルミが釘をさした。


 怪物は執拗に俺たちを追ってきた。

 巨体で筋肉のみの足なのに俺たちの動きについてくる。

 人間部分で上から俺たちを睨みながら肉を波立たせて体をぶつけてくる。

 サキュバスと違って、自分はワイルドサイド側だと思っているんだろうか。


 俺は逃げながらレーザーを撃った。「レーザーで撃ってはだめだ」というナルミの言葉がよぎったが、他にけん制手段を思いつかなかった。

 ケニーやリコも撃った。大きすぎて外すほうが難しい。


 だが怪物は止まるどころか当たったところから長い触手のようなものが生え、狂ったように俺たちに振り回した。

 リコが避けきれずに弾き飛ばされた。

 味をしめた怪物はどんどん触手を生やし、ますます厄介になった。


 俺たちは距離を置かざる負えなくなった。

 腕を畳んだダエモン機が怪物の前を飛んでいく。

 すると、怪物はそれを追って走り出した。まるでダエモンが先導しているかのようだ。俺たちは怪物を追随した。


『03小隊、これはなんだ?』


 突如、本部のレクトル大佐からの通信が入った。本部のAIとカメラ映像がリンクしている。通信網が回復したようだ。ナルミが応対した。


『これは月の有機体を取り込んだ人工細胞が増殖、変形したものです。ワイルドサイドに保管カプセルを破壊されて、出てきた人工細胞が合体した。そして南軍兵の死体を食って大きくなった……ようです』


『死体を? 本当か?』


『証拠映像です。南軍は遺体をリジェボックスに入れる習慣がなかったでしょう? 保管庫の上の部屋に置いて、ダエモンに破壊されて落ちた……シュウが集めてきたのだろうか? 月の有機体から生まれた生物は、人間を食すようだ』


『それがエイトケンにくるというのか。止めろ! もしくはエイトケンに防衛網を張るまで足止めしろ!』


 言われなくても止めてやる──俺は速度を上げた。


 ダエモンは背面の複数のノズルスカートから青白い炎を出して、俺の斜め上空、怪物の頭と同じ高さを悠々と飛んでいる。仕組みはわからないが、先導するこいつを何とかしないと怪物は止まらない気がする。

 飛行用ユニットを持つダエモン機の速度についていっているのは、機動特化型の俺と、ダエモンに殴り飛ばされて傷つき透明な体液を滴らせながらも走ってくるサキュバスだけだった。


 俺はダエモンに何度もレーザーを撃ったが、避けられたりはじかれたりだ。目いっぱいふかしているスラスターにエネルギーを取られて、レーザーの出力が上がらないことも原因の一つだ。

 背中のバックパックから刀を出した。レーザーのエネルギーを全てスラスターに回す。


「AI、現状のスピードで目標までジャンプできるか?」

 ──不可能。エネルギー不足&スラスターの能力の限界──AIはわかりやすい簡潔な言葉で答えた。


 横のサキュバスをちらりと見た。所々けがはしているがたくましい動きは衰えず、余裕も感じる。額の発光器を激しく点滅させて鋭い歯をむき出しにしている表情から怒りの感情も伝わってきた。


 地面と水平に大きく広げた翼で宇宙線等を受け止め、そこから活動エネルギーを得ているそうだ。簡単な観測によりますが──と、AIが前置きして教える。俺の視線や思考の特徴から次の問いを予測したらしい。全くもってよく気の利くAIだ。


「ならば伝えろ。俺のやりたいことを、こいつに」

 俺の機甲服の肩のライトが点滅した。1,2秒してサキュバスは光の言葉に気づいた。

「一緒ニ、ウマイモノ、トル」サキュバスの返事をAIが訳した。


 サキュバスが走りながら俺の目の前に移動する。そしてジャンプ! 

 タイミングを合わせて俺も飛ぶ。


 空中のサキュバスを蹴り上げて再びジャンプ。刀を思いっきり振る。


 手入れを続けていてよかった。現代の鎧にも負けないように鍛え続け最新の金属コーティング技術を施した切っ先は、ダエモン機の背後に届いて切り裂いた。


 ぐらりとやつの機体が傾く。


 もう一度飛んで俺を踏み台にしたサキュバスが、ダエモン機に爪をひっかけた。もう一方の手でがっちりと取りつき、飛行ユニットを引きはがす。


 ダエモン機は真っ逆さまに墜落した。落ちてもサキュバスは乱暴に装甲や部品を剥きまくり続けた。きっと肉を求めているのだ。


「待て! 殺すな! いろいろしゃべってもらわないといけないんだ!」

 サキュバスをダエモン機から離そうと引っ張ったができなかった。

 操縦席が露わになる。そこには、誰もいなかった。どこへ行った? 


「ダエモンがいないぞ。ナルミ、隊長!」


 返事を確かめる暇はなかった。

 怪物の触手が俺とサキュバスの足をつかんで地面にたたきつけた。


 エアバックがコクピットを満たしたが、ひしゃげた機器の軋めきが骨に残響する。目の前のキャノピーがバウンドしながら吹っ飛び、砂塵レゴリスが視界を舞った。


 機体は押さえつけられて動かなくなったが、操縦者の空間は守られている。大地に爪をたてるようにして夢中で這い出した。


 今、サキュバスの方が空中に持ち上げられて手足を引きちぎられようとしている。


 機甲服の手から刀をもぎ取り、サキュバスに絡みつく触手を切った。一緒に狩りをした仲なのだ。動かないサキュバスを背にして怪物に刀を構えた。


 濁った水晶体が俺をにらみつけた。

 俺もにらみ返す。

 サキュバスの生物の本能からくる情とは違う、それに絡んだ思考の意思を感じる。


 ──我ガ都ヘ戻ルノダ。道ヲ開ケヨ。

 ──お前の都は存在しない。大人しく黄泉の国へ帰れ。


 怪物はボロボロの俺の機甲服を持ち上げ、振りかぶった。

 さっさと通りたいなら、でかい体でそのまま進めばいいものを。見かけだけでなくプライドも人臭く形成できたようだ。


 ──邪魔ナ塵ハ掃キ除ケル

 ──除けられるもんなら除けてみろ。地球生まれで月の石で磨かれた俺の刃は痛えぞ。


 怪物が機甲服を振り下ろす瞬間に、俺は前に走り出した。あいつの腹をかっさばくために。

 一瞬タイミングを失って、怪物がもう一度俺の機甲服を振り上げる──


 怪物の後方から実弾が飛来した。爆発。

 多数のミサイルが怪物に当たり、怪物の持っていた俺の機甲服にも当たった。

 俺の愛機が粉々になった。


 その隙に横から隊長機が俺をひっかけて走り抜ける。

 続いてサキュバスも、ラウダ機が伸びる触手をかいくぐってかっさらう。

 仲間たちがようやく追いついてきたのだ。


 隊長の声がヘルメット内に響き渡った。

『サイゾウ、こいつの頭を切り落とせ! ダエモンがシュウの脳みそを撃ち込んだのだ。あの弾幕の中で! 保管庫とカプセルを壊してそこに脳みそをぶちこんだ。この脳みそは生きている。こいつの脳波で人工細胞を変化させた。計算づくの弾幕だったのだ。そいつをダエモンが操ってここまで連れてきた!』


『そのダエモンは乗っていなかったぞ。あいつはどこだ!』

 俺のAIは機甲服と共になくなったので、詳しい記録を確かめることができない。


 サキュバスを置いたラウダが担いできた機関砲をぶっぱなしながら言った。

『ダエモンは隙をみて降りていた。俺たちを離して、一番欲していたサーバを盗りに基地の穴へ行ったんだ。その時はナルミしかいなかった。ナルミがあいつから聞き出したんだ。頭を切り落としたら教えろとナルミが言っている』


『なんだって? ナルミは無事か!』


『無事だ。あいつらは撤退した。チャンミ軍曹が下がっていなかったら危なかった。あいつの機甲服がマヒしたんで今は通信できないが、怪物を無力化するとっておきの作戦の準備をしておくそうだ』


 怪物は仲間が持ってきた実弾兵器の攻撃を四方から食らい、混乱していた。触手をめちゃくちゃに振り回している。


『おら、こっちだ! 俺を捕まえてみろ!』

 ラウダが機敏な動きで前方をジグザグに走行する。怪物の触手攻撃がラウダに集中した。


 俺を腕に乗せた隊長機が怪物に死角から素早く近づく。


『よし、行け!』

 タイミングを合わせて俺を投げる。

 怪物の脇に刀を刺してしがみついた。


 周りの隊員が人型部分に攻撃を集中させる。怪物は触手を盾にする。

 その時、俺は怪物をよじ登り背中を走った。これはもう阿吽の呼吸だ。


 怪物の顔が背後の俺に気づき、拳を振り上げる。

 その腕に反対側からよじ登ってきたサキュバスが牙をたてる。

 痛みに怪物はのけ反り、反射的にサキュバスへ視線を移し──


 その隙に間合いを詰め、抜いた白刃を怪物の首めがけて滑らす。


 地球光で閃く湾曲の軌跡が首から上を跳ね上げ、返す刀でそれをまた両断した。

 幾星霜を経て月の戦場に現れた刀は、見事に古来からの役目を果たした。


 頭部を失った胴体が足元で爆ぜ、細かい粒々となる。勢いで俺も投げだされた。

 月面特有のふわふわした重力に包まれながら姿勢を整えつつ、散り散りの細胞の間をゆっくり落下する。


「ナルミ! やったぞ!」

 俺は無線に叫んだ。


 急に頭に熱い圧迫を感じた。補助電脳にも刺すような違和感が出る。

『なんだこれは』

 隊員たちのざわめきが聞こえた。


 ほぼ真空のはずの周囲に暖かい風がそよりと吹いた気がした。照光時間に合わせて変化する月都市内の四季の風──そう、春風を思わせる。

 風と共に小さい宇宙服を着た三人の子供が「わあい」と歓声を上げながら跳ねまわり、月の重力を楽しみながら通り過ぎていく──どきっとして振り向くと、いない。子供たちは消えていた。


 今の光景には見覚えが、ある。


 幼いころ、ナルミの家族と「晴れの海月面公園」で宇宙服を着て初めて月の大地を走り回ったことがあった。何かが脳の記憶野に干渉したのか。ならば強制された感慨だ──そう自覚しても、俺の胸に外の春風が沁みとおったような懐かしい温もりが広がるのを止められなかった。


『AIにノイズを感じる……』

『脳に直接攻撃されているのか……』

 隊員の緊張した声で我に返った。

 俺は足元に走りこんできたロン隊長の機甲服の背に降りた。


 分裂した怪物の細胞も次次と着地しながら急激に変化いった。

 増殖し、統合し、また別れつつ──


 あるものは根をはって発芽し、

 あるものは四つ足の生物となり、一部は二足歩行を始め、

 柔らかい砂地にもぐりこんだものはヒレで泳ぎ始めた。


『こちら06小隊。03小隊いったい何があった?』


 応援に駆けつけた小隊の通信が入った。

 別の方向からはエイトケンから派遣された増援部隊が来ていた。

 簡易宇宙服のみになったので、ヘルメットのOSで処理できる少ない情報しか入らない。

 次に入ってきた音声は驚愕する悲鳴だった。


『うわっ、なんだこれは!』


 06小隊三機が近くの大きな生き物に発砲した。

 撃たれた生き物は傷を増殖した細胞や筋線維で埋めて、仲間とすぐ06小隊に襲いかかった。


 俺はあの生き物を知っている。バイザー越しに目をこすったが、そうとしか見えない。蹄の四つ足に上半身が人間〈ケンタウロス〉だ。


 根を支えに高くなる植物は、土からエネルギーを吸い上げ、どんどん幹を太くし、生い茂り、視界を塞いでいく。

 ロン隊長は伸びる枝葉に捕まらないように巧みに間を通りながら広がる森を抜けた。


 エイトケン増援部隊が森の境界で小型の二足動物にたかられていた。

 人に似ているが醜い顔で寒色の皮膚──知っている幻想動物に当てはめれば〈ゴブリン〉というところか。こいつらにもレーザー兵器が効かない。


 今まで岩と砂しかなかった月面上に、緑葉が密集し想像上のものだった不可思議な生物がうごめく大森林が構築されていった。


『レーザーはだめだ。実弾か斬撃じゃないと。物理的ダメージを与えるんだ!』

 ロン隊長が全部隊向けにアドバイスを飛ばす。

『我々03小隊は後退する。バッテリーがもたない。負傷者もいる。南軍から奪った兵装を渡すから使ってくれ』

 ロン隊長は俺を乗せて下がりながら、近くの部隊に持っていたグレネードランチャーを投げ渡した。


「待ってください、隊長。ナルミがまだです!」


 俺の声にロン隊長は俺のヘルメットへ望遠カメラで見た発電基地の映像を送ってきた。

 足元の台地に大穴を穿たれ真ん中の塔がぽっきり折れた基地も、表面を這いまわる蔦や葉に侵食されつつあった。


 基地の深緑の影から片腕の機甲服が飛び出してきた。


「チャンミ軍曹! ナルミは?」

『すまん。俺一人だ』

 軍曹の苦しげな返事があった。


『全部隊、03小隊の後退をサポートせよ』

 本部のレクトル大佐が号令を下した。

『これ以上おかしな生物群をエイトケン盆地に近づけるな! 今からこいつらに効きそうな武器を送る』

 ピッとロン隊長のAIが鳴って、エイトケンから数個のコンテナが打ち上げられたと報告した。


 ケニーがぐったりとしたサキュバスを担ぎ、しんがりのラウダが機関砲を構えて周囲に目を光らせながらさがる。


「ロン隊長、ナルミの生存信号なんかは受信できないのですか。ナルミ、ナルミ、応答しろ!」


 隊長のAIが『ナルミの可能性がある生体反応が多数あり、個人の確認が不可能』と言ってきた。強弱不安定な通信も捉えた。かすかに人の声らしいものが聞こえる。


『新しい世界の……創造をもって……二人の結婚を寿ぐ。貴様らしく……雄々しく繁栄……しろ』


「それは遺言のつもりか! 素直に『助けてくれ』と言え!」


 懸命に呼びかけたが反応がない。

 俺の心に冷たいものが射した。通信対象を本部に切り替えた。


「本部、レクトル大佐。レンカを、レンカ・クレイ准教授を呼んでください。ナルミの家族。コペルニクスの生化学研究所にいます。軍部とも共同利用研究を行っている機関です。彼女に渡したいものがある」


 エイトケン郊外の南軍軍事施設に北部連合作戦本部は置かれている。俺たち03小隊が帰還した時、レンカはすでに研究所の他のメンバーと共に本部に着いていた。


 格納庫でロン隊長の機甲服から降りた俺に、パンプスをカツカツ鳴らして白衣のレンカが走り寄ってきた。

 ナルミに似た端正な顔立ちに細い眼鏡をかけ、長髪を後頭部のお団子にまとめた仕事スタイルだった。

 休憩室に向かう隊長に「お久しぶりです」とニコリと挨拶したが、俺の前に立つと隠せない不安がにじみ出て複雑な笑顔になっていった。


「おかしな生き物が発生したと研究所に連絡が来て、さっき召集されたの。ここに来てから、ナルミのことを聞いたわ」

「すまん。俺もついていながら」

「あなたのせいじゃないわ。ナルミは、兄は、きっと昔から保存されていたこの有機体をむやみに傷つけたくなかったんだと思う。あの怪物に主要兵器が効かないなら野蛮な戦闘をするしかないって。大きな投石器カタパルトでも作って岩か戦車を射出して潰すしかないって、作戦指令室で話していたもの」


 俺たちの脇を、意識を失ったサキュバスがカプセルに入れられて運ばれていった。


「なんだかあの生き物……私そっくり……」


 焦った俺は胸ポケットから指輪を取り出して、レンカの手のひらに乗せた。

「これをナルミから預かってきた」


 レンカの顔に少し血色が戻った。

「おばあちゃんの指輪の半分ね。ナルミが全部自分のものにするつもりなんだと思っていたわ。でも、今あなたにこれをはめてもらうわけにはいかない。分析に回さないと。仕事をするわ」

「気をしっかり持って。新しい機甲服を用意したら、すぐに救助に行くよ」


 また後でと互いの手を握って別れようとすると、チャンミ軍曹が近づいてきた。


「妹さん。なぐさめにならないかもしれないが、お兄さんと別れる前の記録がまだ俺の機甲服に残っている。もう少し落ち着いてから見た方がいいかな」


 個々の機甲服の行動記録は作戦終了後に戦略分析AIに回収される。記録の視聴許可を取るには何段階かの事務処理が必要だった。


「いいえ、見せてください。兄を助けるヒントがあるかもしれない」

 レンカはすぐにタブレットに指をはしらせ、待っていたチャンミ軍曹のAIにアクセスした。俺も肩越しにタブレットを覗き込んだ。


 軍曹のAIが記録を映像として映した──


 03小隊の地下組は、侵入しようとしたWS兵を掃討した後、南軍の保持していた実弾兵装をもって怪物の後を追いかけた。スピードの出ないナルミ以外は。


 チャンミ軍曹がナルミと基地の異常に気付いたのは、片腕になった機甲服のバランスとバッテリー残量を考えて基地に戻ることを隊長代理のナルミに伝達しようとした時だった。


 ナルミの哨戒型が制圧された可能性があるとAIが告げた。

 途中で中断された中途半端な信号を近くにいた軍曹のAIが受け取っていた。リモートコントロールで救難信号を出そうとした形跡だというのだ。


 軍曹は危機管理マニュアルに従い、すぐにはナルミのAIにはつながず、かつダエモンに察知されるリスクも鑑みて、まず独自に最後の信号を解析した。


 哨戒型が送ろうとした信号を画像化すると、簡易宇宙服に直接スラスターをつけて俊敏に動き、機甲服から出ていたナルミを拘束する二人組を捉えていた。その一人がこっそり機甲服を降りていたダエモンだった。


 このまま突入すればナルミの命が危ないと判断した軍曹は、擱座したWS汎用型から基地の穴に打ち込まれたものと同じAIスタングレネードの未使用弾を取り出し、同じように穴に撃った。


 慌てた二人組が出てきた。

 軍曹は追いかけようとしたが、二人はレーザー銃を撃ちながら素早く離脱していった。


 グレネードの閃光が治まってから軍曹が基地内をうかがうと、簡易宇宙服のナルミが崩れた礫片の陰にうずくまっていた。左肩を撃たれ、バイザーに亀裂が入り暴行を受けた痕があったが、意識ははっきりしていた。


 ナルミはへらへら笑いながら手当を受けた。

「隣りのサーバ室から冷気が漏れていたから、穴を塞ごうと降りたのがまずかった。ダエモンのやつ、よっぽどここのコンピュータが欲しかったらしい。でも命令の仕方が独特でね。ちょっと焦ったけど、こちらもいいことが聞けた。俺もすぐに神になれそう」


 俺が怪物の頭を切り取り、有機体をシュウの軛から解き放つと、ナルミは量子コンピュータとつないで再起動させた哨戒型から自分の脳波を基地のアンテナを経由して周囲へ送った。

 俺がサキュバスを作ったように、ナルミは指輪の中の物語を想像し「このように在れ」と月の有機体に形を与えたのだ。


 しかし、その力をにわか創造主はまだコントロールできなかった。

 ナルミの脳波は基地に残っていた有機体にも抜群の変化をもたらし、自身も新しい生物群に飲み込まれていった。


 軍曹とナルミは、角のある獣の顔で鍛え上げられた肉体を持つ半獣人集団に襲われた。


「まるで〈ミノタウロス〉だわ。信じられない」

 映像を確認するレンカが驚いた。


『お前は……戦いがいのありそうなもの作りやがって……』

 機甲服と同じ大きさの獣人にぐるりと囲まれた軍曹の引きつった感想も録音されていた。

『いやぁ、軍曹に気に入ってもらってよかったぁ』

 ナルミの声もさすがに上ずっている。


 軍曹は片腕のマチェットで切り刻みながら辛くも脱出したが、ナルミは哨戒型の重量でミノタウロスに体当たりをかましながら、どんどん部屋を埋めていく植物にも阻まれ、姿を消した。


 レンカが涙ぐんで固まり、俺が苦渋の唸り声をあげた時、タブレットに新しいレポートが届いた。

 映像を止めてレポートを読んだレンカが、安堵の息をついて顔をあげた。


「本部のオペレーターが怪電波をキャッチしたそうよ。

『北部連合の暗号解読にかけると【勇者よ。我が妹を賭けて、もう一つの指輪と披露宴の食材を取りにこの魔王に挑むがよい(「魔王」と書いて「われ」と読め)】とファンタジーっぽくなるんだが、これ間違っているか? 身に覚えのある者は要連絡』

 合ってるって伝えてもいいかしら!」


 なんだって?──今度は俺が口を開けたまま固まった。


 静かの海月面公園のことを思い出した。

「本当に何もないところだな……」

 だだっ広い砂の海原の真ん中で俺がポツリとつぶやくと、横にいたナルミは楽しそうに言った。

「何もないからいいんだよ。何を作るかは僕らにかかっている。ここでは僕らが〈最初の存在〉だ。僕は死んだ巨人から世界が作られる話が大好きだよ」


 あいつは、手で粘土細工をこねるようなノリで獰猛な月の生物を作っているのかもしれない。


 たとえそうだとしても無事だったのだからよかったじゃないか。きっとなんとかなったのだ、自分で作った生物なのだから。弱点を見つけたか、俺のサキュバスのように飼いならしたか、元の有機体に戻したとか、神様だと崇め奉られたとか──俺は、なんとか比較的安全そうな良い方へ考えようとした。


 北部連合が急遽打ち上げた観測衛星の映像には、長い首に長いしっぽを持つ巨大な生き物が基地の折れた塔に陣取っていた。

 キレた。カンニンブクロっていう頭の血管が。


「こっちからも怪電波を送れ! これ以上救助の難易度を上げるなと送れ! 助けられたいんだよな、あいつは! かまってほしくて言ってるんだよな? な? 社会に役立つ食えるもん作ってるんだよな? ただ遊園地を作っているんじゃないんよな!」

「落ち着いてサイちゃん。私も兄のことはよく分からないわ」


 パニックになりかけた俺の肩をチャンミ軍曹がにやけながらポンポンと叩いた。

「俺も付き合うよ、勇者殿。野蛮な戦も上等だ。武器は何を持っていく? 美しい宝石の付いた聖剣か? おどろおどろしい装飾の魔銃かぁ?」

「と、とりあえず俺はうちの妖刀で。魔王になる運命を断ち切って、人間に戻してやらないと」


 あいつが人間に戻りたがるかどうかは俺にも確信が持てないが、俺の刀はその不変の切れ味をまだまだ発揮せねばならないようだ。

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ムーンウォリアーズ〜ある小隊の月面戦記~ 汎田有冴 @yuusaishoku523

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