第5話

「裁判長、あと少しだけ話をさせてもらっても良いでしょうか?」

衝撃の告白を受けて、まだ整理が付いていない裁判長に向かって被告人が質問をした。

「この際なので、あなたが思っていること、考えていることは全て語ってください。あなたがこの法廷で語ることは、全て今後の安全・安心な社会を作る上で必要な要素である気がしますので。」

裁判長は被告人の更なる発言を許可した。


「殺人を選択した理由として、もう一つ大事な事を忘れていました。それは税金の無駄使いだと思っているからです。


なぜ、凶悪な犯罪を犯し、人を理不尽に傷つけた連中が3食の食事を提供され、布団を提供され、雨風をしのぐ建物を支給されているのでしょうか?そんなお金があるならば、ホームレスの方々の職業支援なり、保育園や介護施設の補助金なり、解決すべき社会課題に税金を使うべきでしょう。


税金を納めている国民は、凶悪犯を食わすために税金を払っているわけでは無いでしょう。社会の治安維持のために隔離することが必要というなら、塀の外に出ても不安を与えるだけの凶悪犯なのですから、死刑にして社会から完全に隔離させた方が国民は安心・安全に生活できると思いませんか?


だから殺人という選択肢を取りました。」


「他に言い残した事はありませんか?」

裁判長は被告人に最後の質問をした。


「強いていうならば、インターネット上で一部の人間が私のことを「正義の執行人」などと美化し、ヒーローのように崇めている連中や、被害者・加害者家族の情報をネットに上げて、自分は社会の為に正しい事をしたといった顔をしている連中に言いたい事があります。」

「それは何でしょうか?」

「どんな罪に問えるのか分かりませんが、ぜひ、そいつら全員を逮捕して欲しい。私の事をヒーローだと讃えるような連中は、ネット上の掲示板のいたるところで『この殺人犯を次はお願いします』などと書き込んでいました。これは、殺人の依頼として判断してもらう事は出来ないのでしょうか?


また、被害者・加害者家族のプライバシーを晒す行為は、表現の自由なんて事ではなく、個人ん情報の不当開示であり、プライバシー侵害に当たるはずです。


有罪になるのか、無罪になるのか。

そもそも起訴されるのか、不起訴になるのか。


私は法律の専門家では無い為、分かりませんが、匿名性というインターネット上の特性を利用して普通の生活を送っている罪のない人たちを不安に陥れ、傷つけているという事実は誰の目にも明確でしょう。


表現の自由を謳っていうのは、小説だったり映画だったり、もしくは何かの事象に対する意見だったりに対してであり、個人情報を晒すことや人を貶めるようなことであったり、冗談半分でも殺人を依頼するような書き込みは表現の自由とは言わないのでは無いでしょうか?


仮に、今の憲法がそういう解釈であるならば、法改正をして、今の社会の実態に即したあるべき法律の姿にすべきではないでしょうか?


88人という大量の犯罪者を殺害した私がお願いできる立場にいないことは分かっていますが、それでも検討して頂ける事をあの世から願っています。」


言いたいことを言い尽くした被告人は、満足そうだった。

被告人が伝えたかった事は、結局、最後のメッセージであり、何者でもない自分が主張したとしても、社会には何の影響も与える事はない。だから、何者かになる必要があり、彼は自分の中で正当化できる対象として凶悪犯を選び、大人数を殺害することで、日本犯罪史上、最悪の殺人者という存在になることで、自分のメッセージを世間に伝えることを選んだのではないか?


傍聴席で聞いていた私は、そんな思いを抱いた。


「では、被告人に判決を言い渡します。被告人を『死刑』に処す。理由は、・・・」


こうして、日本だけではなく世界の注目を集めた裁判は終結した。



死刑囚が最後に願った想いは、とりあえず今の日本では叶っていない。

今のところ、インターネット上には相変わらず、誹謗中傷の嵐は止むことはなく、今日も何処かで中傷に苦しんでいる誰かが自殺をしている。

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理不尽 乃木希生 @munetsu

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