おばあさんと豆まき

須戸

福は内

 たった5文字が言えなかった。

 これは、そんな夫婦のおはなしです。


 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。

 2人には子どもはいませんでしたが、いつも仲良く過ごしていたので幸せでした。どのくらい仲が良かったかというと、お正月には毬をついて、こまを回して遊びながら、お互いの顔を見てほほ笑み合うくらいです。


 さて、2月3日、節分の日のことです。

 おじいさんとおばあさんはどちらも、このような行事が大好きです。どのくらい大好きかというと、お正月には毬をついて、こまを回して遊びながら、お互いの顔を見てほほ笑み合うくらいです。

 というわけで、2人は豆まきをすることにしました。


「鬼はー外」

 おじいさんとおばあさんは、そう叫びながら庭に豆をまきました。

 そこで、おばあさんはふと、疑問に思いました。

「おじいさんや、鬼は外、のつづきは何だったかの?」

「つづき? えーと、何だったかの?」


 いくら子どものように豆まきを楽しんでいたとしても、2人はもう、おじいさんとおばあさんなのです。すっかり、忘れっぽくなってしまいました。1年前はきちんと、「福は内」と言っていたのですが。


 それから、何日か経ちました。

 おじいさんは、重い病気にかかってしまいました。お医者さんによると、もう治る見込みはないとのことでした。


 お別れの日の前に、おじいさんはおばあさんに言いました。

「おばあさんや、お前がいてくれたおかげでわしは幸福だった。ありがとう」

 そのとき、おばあさんは思い出しました。「鬼は外」のつづきは幸福の「福」、「福は内」だと。

 ああ、あのとき「福は内」と言えていれば、福の神さまは今も見守ってくださっていて、おじいさんは病気にならなくてすんだのでしょうか?

 でも、今となってはもうおそいのです。


 おばあさんは、大切なものをなくしました。

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おばあさんと豆まき 須戸 @su-do

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