第35話 あっという間に変わるんだね
オトハの立っている小高い丘の上から見渡せる景色からは、あの懐かしい最初の出会いの川や、王都に行くときに使った街道が見える。
少しの間だけ留守にしていただけなのに、なんだかとても懐かしく感じていた。
「ここがオトハさんの夢世界。おや、太陽が1つしかありませんね。」
コジュは何かが釈然としないのか考え込むように立ち尽くす。
ノルベルトが空中を浮きながら周囲を確認するように飛び回っている。
「それって飛べたんだね……。すごい技術だね。」
「あ、ノルベルトが飛べるのは夢世界の中でだけ。私達の現実世界では飛ぶことはできません。」
「コジュ、うまく言えないが、ここはいつもと様子が少し違うな。ケケケ、何かありそうだ。」
「そう。ちょっと違う。でもよくわからない。」
「とりあえずさ、この先に村があるから行ってみない?私が以前お世話になった村で、皆いい人たちだよ。」
「そうですね。ここにいても仕方がない。行きましょう。興味があります。」
コジュはそう言うと右手に身長ほどもある杖を出現させて歩き始める。
オトハはまるで自分の能力みたいだと思った。
この世界に来た人間はみんなこういうことができるのだろうか。
「突然出現したその杖は何?特殊能力か何か?」
「そうです。夢世界でだけ使える特殊能力。グラディーヴァという私の変幻自在の武器です。これで今まで身を守ったり、悪夢を倒したりして夢世界を破壊してきた。」
「私のこれと似ているね。」
そう言うとオトハは右手に意識を集中させてエルヴェを出現させると、それを見たコジュはいたく驚く。
「そういうことができる人は初めて見ました。オトハさんも夢の請負人の才能があるかもしれない。」
平坦な道のりを進んで凡そ1時間が経つと、ようやく村の入り口が見えてくる。
オトハは帰ってきたのだ、という気持ちでいっぱいになる。
まるでここがもう一つの故郷かのように。
村の様子は相変わらずで、いくつか街灯が新しく立っている以外は何も変わっていないように見える。
村に入って歩いているとデレクのお店のドアが開いていたのでジーンにも会えるかもしれないと思って挨拶に入った。
「こんにちは、デレクさん。」
「おお!オトハさんじゃないか。すごい久しぶりだなぁ!」
周囲を見渡してジーンを探すが見当たらない、出かけているのだろう。
店の奥の工房では青年が何かを一生懸命加工している。
まばらな無精髭が生えているが、凛々しい美青年だ。
前回の訪問では会わなかったが、ジーンの兄だろうか、とても良く似ている気がする。
「せっかく来たんだ、お茶を出そうか。」
「いえ良いんです、扉が空いてたからちょっと寄っただけ。タマナに会いに行きます。」
「お、そうかい。ではまた来てくれよな。暫くはここにいるんだろう?」
「そうするつもりです!じゃあまた!」
デレクとのやり取りを見ていて、コジュは何やら感心しているようだった。
「オトハさんは本当にこの村に馴染んでいるんですね。」
「うん。この世界の時間で一ヶ月ぐらい一緒に過ごした人たちだから、とても仲良くなったよ。」
「一ヶ月も。それはすごいです。」
いつもの道を通ってタマナの家に着く。
屋根の花は以前とは別のものになっていたけれど、色とりどりで綺麗だった。
入り口をノックすると少し間を置いてタマナが扉を開ける。
変わらない白い髪、陶器のような肌、小さな美しい顔。
それがとても驚いたような表情で迎えてくれた。
「マジかよ……、オトハ!うわあ久しぶりだなぁ!そちらの人は、この感じからするとあんたの世界の人か。」
「はじめまして、コジュです。よろしく。」
「タマナ!また会えて良かった!!」
「まあ、とりあえずあがれや。摘みたての紅茶を淹れてやるよ。」
久々のタマナの家は様々ないい香りがした。
それがオトハにはたまらなく懐かしかった。
「あの日突然目の前からいなくなってびっくりしたぜ。村中大騒ぎになってな、一晩中探したよ。ジーンなんて泣いてたんだぜ。とは言え自分の世界に帰れていたのなら良かった。ってかまた来て大丈夫だったのか?自由に帰れる方法が判ったのか?」
「いや、ごめん本当。帰る方法は実は判ってないんだけれど、どうしても来たくて、彼女に協力してもらってここに戻って来れたんだ。」
オトハはあえてこの世界が滅ぶことについて黙っていた。
いずれタマナには相談することになるだろうが今ではないと判断したのだろう。
コジュもその意図を察知して何も言わないでいてくれた。
それにコジュはこの甘い再開の雰囲気を壊したくないとも思っていた。
彼女は夢世界を破壊するのが使命だが、夢世界そのものには敬意を払っている。
野暮なことはせずこの世界と夢の主を傷つけずに、自分は彼らの甘い夢を邪魔することなく裏で目的を完遂することに拘っていた。
「しかしあんた変わらないな。俺も人のことを言えた義理じゃあねえが。美容に気を使ってるんだな。」
「いや、そんなに変わるほど経ってないし、まあ美容にはそのまあまあお金かけてますけれど!」
「俺と同じような特性でも持ってるのかね、あんたも。」
「そんなことないよ、私は歳を取ればそれだけお肌が衰えていくもの。」
「ケケ、なんか微妙に噛み合ってないな、コジュ。」
「そうだね。」
「しかし本当に懐かしいよ、オトハ。ここもゆっくりだけれど色々変わった。あんたのおかげで王都や他の街との行き来も盛んになったし、この村に訪れる人も少なからず増えた。街灯も立ったし、道も整備されたし。そうそう電話っていうのもできたぞ。」
「そんな色んなことが。あっという間に変わるんだね。」
「まあ、言われてみればあっという間の8年だったな。」
「え??」
オトハは耳を疑った。
(8年?私が居なくなってから、この世界は8年が経っていた?)
お互いの世界の時間の進み方には速度の差があるとは思っていたけれど、まさか現実の1ヶ月足らずのうちにこの世界ではこれ程の時間が過ぎていたとは。
タマナが驚かそうと騙しているだけなのかとも考えたが、こんな場面でそんな冗談を言うだろうか。
いや、確かにタマナの言いそう冗談だが、それでも今はそうではないという雰囲気がその真面目な表情から伝わってくる。
すると入り口がノックもなしに突然開く。
「オトハ!!」
「ジーン!?」
振り向くとそこには泣きそうな顔で立っている先程の美青年の姿があった。
「オトハ!オトハ!オトハ!!」
彼はオトハに駆け寄りきつく抱きしめると涙を流しながら彼女の名前を呼ぶのだった。
――第0章 完。
F.Y.D. 〜崩壊する世界でなんでも屋を始めました〜 柚木呂高 @yuzukiroko
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