第34話 ノルベルト
2人は喫茶店をあとにして新宿の街を並んで歩く。
「ねえ、一緒に伊勢丹に寄ろうか。チョコ買ってあげるよ。」
それを聞いて小寿は顔を輝かせる。
「チョコレート好き。甘いし見た目も可愛い。」
「小寿ちゃんは可愛いのが好きなの?」
「可愛いの好きです。でも学校では秘密にしています。恥ずかしいので。」
伊勢丹の地下に入ると小寿は少し興奮しているようだった。
ここに来たのは初めてのようで、様々な店の色々なデザートを眺めながら嬉しそうにしている。
そういう素直で垢抜けていないところも彼女の魅力なのだろう。
彼女はオランジェットを選んでそれを包んで貰っている。
私は適当にいくつかのショコラがセットになっているものを選んだ。
「ありがとうございます。おしゃれなお店が沢山入っているんですね。それにあの、値段も高くて。」
「あー、いいよ、相談に乗ってくれたお礼。あ、そうだ、夢の請負人の報酬というかお金はいくらで受けてくれるの?」
「お金?考えてもいなかった。私はお金儲けの為にやっているわけではなくて、ただ純粋に夢世界に囚われて消えてしまう人を助けたかっただけです。」
私は買ってきたジェラートを小寿に渡す。
小寿は驚いた顔でそれを受け取ると美味しそうに食べる。
「美味しい!これは何の味ですか?」
「ピスタチオだよ。ねえ、そう言えばあなたはさっき私達は、って言い方をしたよね。ってことは、同じようなことをしている仲間がいるの?」
「はい、います。夢世界に行けるのは私だけだけれど、一緒にこの問題に当たっている仲間が、少ないですがいます。」
「みんな小寿ちゃんと同じくらいの年齢なの?」
「いえ、違います。私だけ学生でちょっとくやしい。他の人は大人です。夢世界を発生させた人を検知してくれるオペレーターさんとか、道具を点検してくれるエンジニアさんとか色々。あ、そう言えば彼らからお小遣いは貰っています。」
「なるほど、そういうチームがあると言うことなのね。というかお小遣いね。夢世界に入るのは危険なお仕事じゃないの?いいのそれで。」
「いいです。私にしかできないのは確か。それだけでいい。あ、住む場所も都合してもらってます。それで音葉さんの夢世界に行くときですが、今度の土曜日、私の家でいいですか。住所はあとでメールで送っておきます。」
「うん、わかった。よろしくね。準備しておく。」
* * *
暫く一緒にウィンドウショッピングを楽しんだあと小寿と別れて自宅に帰った。
夕食を終え、入浴も済ませると部屋に戻ってPCを立ち上げる。
彼女からのメールが既に届いていて住所が添付されている。
「目黒かぁ、いいところに住んでるなぁ。」
メールの一覧をスクロールしていくと、通販サイトや化粧品ブランドなどのメールマガジンに紛れて、真緒から件のショーで使う予定という曲のデモ音源が届いていた。
メッセージにはこうある。
「これはショーで使う用の曲のデモバージョン。彼のテーマである牧歌的なインダストリアルとかいうアンビバレンツな要求に合わせて作ってみたよ。イントロのアイディアは変更しないと思うので、それに合わせて曲を選べると思う。よろしくね。」
「お、いい感じの曲だ。リズムが硬質な音選びになってるのに対して、上モノが伸びやかで落ち着いていて綺麗。得意のグリッチも利いてるね。いいなぁ真緒は曲が作れて。」
これから生きるだの死ぬだのであの異世界に行くと言うのに、こうやってショーの為の曲を真剣に選んでいると、なんだかその落差で笑ってしまう。
でも小寿の言う通り、こちらでの生活も私の大事な人生なのだ。
だから例え夢世界の為に命を張るだとかの大きな問題に当たるのだとしても、これを疎かにする理由にはならない。
今まで選んだ曲をそれぞれのデザイン画を眺めながら再生していく。
いい感じだ。
参加するデザイナーは6組、一つのショーの持ち時間は15分。
転換に15分から20分程度設けている。
私の担当するのは信輝以外のショーの選曲と転換時間の間を埋める為の音楽。
凡そ3時間分の選曲をしなくてはならない。
それぞれのショーの曲は大体決まってきたけれど、ショーとショーを繋ぐ曲選びの方が難航しそうな気配があった。
「いやあ~、3時間って長いなぁ!確認するのも一苦労だよ~。でも楽しいから頑張るぞ。」
その日も懐かしい音楽や、あまり聴いてなかった音楽を再確認してはこれでもない、あれでもないと聴き比べて過ごした。
* * *
あっという間に土曜日になった。
一応急いで作った凡そ3時間のタタキのプレイリストを信輝に送っておいた。
というのも今回の異世界行きでもしかしたらショーの締切に間に合わないかもしれないからだ。
彼にももしかしたら諸事情でショーに参加できない可能性があると伝えてある。
いや、あの世界の時間の流れとこちらの時間の流れの差異については私も気にはなっているが、前回みたいに異世界で1ヶ月近く過ごしても現実世界で数分しか経っていなかった、なんてことがまたあるとは限らない。
だから一応そのように伝えることにした。
親にも友人の家に泊まるように伝えてきたから心配はないだろう。
中目黒なんて昔古着を買いに来たくらいで久々に降りた。
地図アプリを開きながら教えられた住所に向かうと、一軒のコンクリートを打ちっ放しにしたマンションが見えて来た。
家賃が高そうだ。
チャイムを押すとオーバーサイズの生地の硬そうな淡いパステルカラーのチュニックに、柄と無地の素材の切り替えが面白いバルーンスカートという私服姿の小寿が迎えてくれた。
「かわいい!」
開口一番そう言ってしまった。
「え!?あ、ありがとう。仲間のお下がりの洋服です。どうぞお上がりください。」
部屋の中は小綺麗でダイニングキッチンと12畳くらい広々とした一室の作りになっていた。
小さな本棚に小説がいくつも並び、シンプルなデスクにはMacが一台置いてある。
ベッドは綺麗に整えられており、ぬいぐるみやカラフルなクッションがいくつか置いてある。
木製のシンプルなテーブルにウォルナットのセブンチェアが2脚置いてあった。
その他にはハンガーラックと背の高い間接照明が2つ、姿見とウォターサーバーが1つ置かれている。
全体的にはシックな雰囲気になっていて、可愛いものが好きな女の子の部屋という感じはしない。
部屋の隅の水槽にはベタが3匹ほど泳いでいる。
「まだ引っ越して間もないので、物も少なくて。あとこの家は壁が可愛くないのでそこが不満。」
「おしゃれでいいと思うけれどな。」
この子と一緒に夢の請負人をやっている仲間っていうのはお金持ちなのだろうか。
私が部屋の中をキョロキョロと見回していると、小寿は全面ディスプレイになっている円柱型のガジェットを取り出して起動すしてそれに話しかける。
「ノルベルト、起きて。夢世界に行くよ。」
すると円柱にドット絵の顔のようなものが浮き出して答えた。
「ああ、小寿、おはよう。また任務かい。ケケケ、大変だねえ。」
「え、凄い何これ!喋るの!?」
表示されている顔がスライドして私の前に来る。
「なんだいお客も一緒かい。と言うことはこの人の夢世界に行くのかな?それはそれは、ケケ。」
「これはノルベルト、夢世界への移動とそこでの行動を補助してくれる機械で、F.Y.D.のシステムを基に作られてるらしい。気持ち悪い喋り方をするけれど便利なやつ。」
小寿の仲間というのは技術力もあるようだ。
私はそんな彼らが夢世界を壊す以外に私を救う方法がないと言っていると思うと、本当にあの世界と自分の両方が助かる道などあるのだろうかと不安になってくる。
いや、駄目だ、行く前から気弱になっては。
何としてでも見つけるんだ。
「さてお二人さん、スグに飛ぶかい?それともまだ準備があるのかな?」
「ちょっと待って。ねえ音葉さん、約束覚えているよね。危なくなったら壊す。いい?」
「うん、判ってる。」
「じゃあ靴を履いて。飛ばされた先で裸足は危ない。」
そう言うと小寿は編み上げブーツを履く。
私も履いてきたスリッポンスニーカーを履く。
どうせ向こうで着替えることになるからと私の服装は質素で適当だった。
「うん、準備できたよ!」
「よし、じゃあ行きましょう。ノルベルト!」
「了解、夢世界固有ナンバー確認、照合。誤差修正、許容範囲内に調整完了、全システム正常、F.Y.D.介入システム起動。介入成功。夢世界へ飛びます。」
その瞬間、屋根と壁、部屋の調度品が水しぶきとなって飛び散る。
すると目の前にはあの景色。
水しぶきが虹のアーチを描いて風景を飾る。
またこの世界に帰ってきたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます