第2話
次の日、出社したケンジは机に向かい朝から腕組みをしていた。
パソコンのキーボードの前には昨日の紙袋。仕事は少しもはかどらない。
頭の中はイメージトレーニングのシナリオでいっぱいだ。
紙袋を持ち、中に手を突っ込みながら
(結婚してください!)
と心の中で叫んでみる。
ただし、袋から取り出したのは誰かの出張のみやげでもらった大福。
リボンつきの箱は周りに見られるといろいろアレなのだ。
「ガチャッ」
そのとき開発室のドアが空いて3名の背広組が入ってきた。
部長と、もうひとりは誰だろう、あとは・・・
しゃ、社長!!?
「稲葉くん、急ぎで頼みたいんだが」
部長がさっそく本題に入る。
ケンジは仕事中のオーラを出しながら何食わぬ顔で大福をしまった。
「昨日のニュースは見たかね?
サウジアラビアで自動運転が解禁になるという話だ。
来週の展示会で石油王にしっかり売り込まないといけない」
おお、仕事で「石油王」って単語が出てくるとは。
開発の現場では聞いたことがない。
「さっそく昨日から第一AI開発室のメンバーがサウジ向けの道路交通法関連の学習を徹夜でやってくれてね。
今しがた完成したんだ」
知らない背広の人物は事業戦略部の部長さんだった。
展示会の準備中に飛び込んできたニュースで大慌てだそうで。この人も徹夜明けらしい。
第一AI開発室というのはパーソナルエージェントにクルマ関連の知識を提供する部隊だ。
ようするにコマチが道交法に詳しくて安全運転にきびしいのはそちらの部署の仕事の成果である。
一方ケンジが所属するのは第二AI開発室、ファントムの担当だ。
クルマのハード性能を最大限に引き出し、高速走行、安定性、低燃費・・・とにかくよく走る車に育て上げるのが仕事である。
ファントムの性格が荒っぽいのはケンジのせいかもしれない。
このような分業体制になっている以上、石油王のためのAI対応はケンジの部署には関係のない話である。
なぜおじさん3人に囲まれなければならないのかというと、新しいバージョンのコマチ側とファントム側のAIを組み合わせてクルマの走行に問題がないか確認しなければならない、というわけだ。
ようするに走行テストである。
「急な話で悪いね。
第一AI開発室はみんな徹夜なもんだから。
頼んだよ」
社長直々の両手握手である。ノーと言える平社員などいるワケがない。
第一からもらった最新データをコマチにインストールして、ケンジはクルマに乗り込んだ。
まずは会社のテストコース。その次は一般道を使っていろいろな条件の道を走りデータを記録する。
「コマチ、仕事だ」
<<了解しました。テストコースへ移動します>>
[[よっしゃ! アクセルべた踏みでいくぞ!!]]
<<ファントム、速度はこちらで指示する>>
[[わぁーーったよ]]
パソコンでテストの記録をとりながらケンジは窓の外を眺めた。
テストコースのはるか上空に旅客機が太陽に反射してかがやくのが見える。
「こりゃちょっと間に合わないかな・・・」
--------
「テスト終わりました」
部長室のドアを開けると、スマホをいじったままの体勢で部長が首だけをこちらに向けた。
「おお、おつかれさま。
急で悪かったね。ちゃんと休憩とってよ」
この人も徹夜だったかどうかは聞いていないが、彼にテストの記録データを送って自分の任務は完了だ。
「ふぅーーーーー」
自分の机に戻ったケンジは紙袋を見て大きくため息をついた。
時刻は 13:30を過ぎている。予定の30分オーバーだ。
空港に14:30に着いたとしてもそのときは既に飛行機の搭乗時刻になっているだろう。
とっくにセキュリティを通過し、会えるはずもない。
「コマチ、弁当でも買いにいくか」
腕時計のスマホで戦線離脱を告げる。
<<ケンジさん、大至急会社正面玄関まで来てください>>
[[走れ! ノーブレーキで来いよ!]]
予定通り空港へ向かおうってのか? いや、無理だ。
自動運転の車は中央の管制センターで管理され、すべての車が最適な速度で目的地へ着くようスケジューリングされている。
1台だけアクセルふかして追い抜いていくことなどできないのだ。
そんなことくらいコマチにはわかっているはずだ。
「あきらめの悪いAIか。第一開発の誰に似たんだ?」
冗談を言いながらも、いちおう紙袋を手に取ったケンジもあきらめがいい方ではなかった。
ケンジが小走りに会社の正面玄関を出ると、彼のクルマの姿はなかった。
「なんだよ、急いで呼んだわりにいないじゃないか」
駐車場の方を見つめるケンジの逆側から走り寄る影。
「どんっ!!」
ケンジはクルマに追突されて転がった。
「痛っ・・・、お前・・どうしたんだ?」
テスト結果にはひとつも問題はなかったハズだ。
何か見落としがあったか?
クルマは開いたままのドアをケンジの方に向けるように近づいた。
<<急いで乗ってください!>>
[[いつまでひっくり返ってんだ! このうすノロ!]]
ケンジが口をあけたまま上半身まで乗り込んだところでクルマは急発進。
半閉まりのドアから足の先が見えたまま一気に加速した。
「お前らさあ、
急ごうとしてくれてるのはわかるけど、無理なのはわかってるだろ」
AIがダメ元でがんばるなんて聞いたことがない。
[[おーーし! 100km/h 突破じゃぁ〜〜!!]]
<<ファントム、違法な運転は許されない>>
[[そんじゃあ ま・に・あ・わ・ね・え・だ・ろ !!]]
AI同士のいい争いを聞きながらケンジは窓の外をうつろに眺めていた。
<<交通管制センター、こちら車両番号 2X448E715。搭乗者は稲葉ケンジ。免許証番号は・・>>
コマチがどこかへ連絡をとっている。
<<現在ケガ人を搬送中、速度制限解除を申請します>>
(((車両番号確認しました。ケガ人のデータを送信してください)))
<<ケガ人の映像を送ります>>>
会社の前でひっくり返っているケンジの姿が交通管制センターに送信された。
(((確認できました。緊急車両としての走行を許可・・・)))
[[っしゃあーーーー!!!]]
ファントムは待ってましたとばかりに急加速した。
ケンジをのせたクルマは一般道を80km/hで走行可能になったのだ。
さらに前方のすべての車が左右に道を開け、追い越しが可能となった。
管制システムが緊急車両を優先して通すよう指示しているためである。
「間に合うのか・・・?」
<<空港への到着予想時刻は14:05です>>
ほぼ予定時刻に近い。
あとはミキがセキュリティチェックを通過するタイミング次第だ。
--------
空港に着くとケンジは紙袋をつかんで全力で走った。
セキュリティチェックの前に到着すると、そこにははすでに行列はなく人もまばらであった。
近づくと、セキュリティの入り口近くでスマホをいじっている女性の姿が見えた。
「あ・・・」
見慣れた顔がこちらを見上げた。
「ま、間に合った・・・・」
ひざに手をついて肩で息をしているケンジはもはや倒れる寸前である。
「どーしたの? 走ってきたわけ?」
あきれながらもいつも通りの笑顔のミキに、ケンジは形のくずれた紙袋を突き出した。
「こ、、、、これ」
今朝まで渡し方をあれほど練習したのは何だったのか。いざ本番となると何も言葉が出てこないのを息切れでごまかして、なんとか例のモノを受け取らせることに成功した。
「え? 何?」
ニコニコしながら中身をチェックするミキは目を丸くして中身を取り出した。
「大福〜!?
あはは、ありがと! 機内で食べるわ」
「・・・・・・・・・」
「あ、もう行かなきゃ。
じゃあね!」
頭の中が真っ白で、目の前が真っ黒になったケンジの顔は真っ青であった。
言葉が出てこないのはもはや呼吸が止まっているからである。
セキュリティチェックを通過したミキは振り返るといたずらな笑みを浮かべた。
「日本に戻ったらこれのこと詳しく話聞かせてね!!」
手には紙袋から取り出したホログラムのメッセージカードが輝いていた。
『よろしくお願いします。
ミキへ』
--- END -----
AIのままにわがままにボクはキミだけに渡したいものがある 鈴木KAZ @kazsuz
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