恋が叶わないという残酷な話し

中村彩香

第1話

 誰かを好きになると心が痛い。

 それが身近な人だともっと痛い。

 更にそれが同姓だと・・・。

 気づいて欲しいけど気づいて欲しくない。

 気づいて欲しくないけど気づいて欲しい。

 そんな矛盾が心の中にある。

 そして・・・

 その好きな人に前から好きな人がいたとしたら・・・

 あなたならどうするのだろう?




 僕は誰も居なくなった教室で、一人で居た。外では陸上部や野球部が、部活に励んでいる。そんな光景をぼんやりと眺めている。教室で会話していた友人達は、とうの昔に帰宅した。僕はというと、帰る気にならず、ここでぼんやりといる。そんな時、急に後ろから誰かに抱き着かれた。驚いた僕は、椅子から落ちそうになったけど、抱き着いてきたその人に、そのまま支えられた。


 「悪い!大丈夫だったか!?和弘」

 「ゆ、裕也兄さん!だ、大丈夫・・・」


 僕に抱き着いてきたのは、いとこの裕也兄さんだった。


 「いやぁ、驚かそうと思って抱き着いたんだが、勢いが良かったな」


 笑いながら僕の頭をなでる裕也兄さんを、苦笑いしながら見つめる。

 僕の通う高校の卒業生である裕也兄さんは、卒業してからも先生に会いに来たりするような、変わった人だ。いずれは教師になりたいらしく、大学で教育系の勉強をしている。そんな兄さんは、中学校でいじめに合い、引きこもりになっていた僕を心配してくれたり、高校はどうするかという両親に対して、通信制高校に通わせるのはどうかというアドバイスをしてくれたのも、兄さんだった。


 「それより和弘!お前また、携帯の電源切ってるだろ!全然繋がらなくて、迎えに来たんだよ」

 「あぁ、ごめん。授業中だったから、電源切ってた」

 「だから何度も言ってるだろ?授業が終わったら、とりあえず電源は入れろって。

迎えに行くタイミングが分からないだろ」


 通信制の高校に通い始めた頃から、裕也兄さんは何時も迎えに来てくれている。だから、授業が終わったら、連絡する事になっているんだ。


 「うん、ごめん・・・」

 「ここ最近多いぞ?もしかして、俺の事嫌いなのか?」

 「そんなんじゃないよ。ただ、本当に忘れてただけだから」


 忘れてただけ・・・。違う、本当はわざとやってるんだ。

 何人かいるいとこの中で、裕也兄さんとは本当に仲が良かった。大好きだった。昔はよく、一緒に遊んだりしてた。でも、中学に上がったあたりから、僕は自分の気持ちに気が付いてしまった。

 僕は裕也兄さんを『兄』として、見れなくなったんだ。話しをしておいても、遊んでいても、何をしていても。僕は裕也兄さんを、恋愛対象として見るようになってしまった。僕は兄さんが好きなんだ。

 だけどこれって、叶う筈もない気持ちだから、忘れたかった。無かったことにしたかった。裕也兄さんと離れれば、この気持ちを忘れられるかと思って、自分から離れるように努力した。出かけようと言われても、遊ぼうと言われても、迎えに行くよと言われても、みんなみんな断った。でも僕のそんな小さな努力を、裕也兄さんは水の泡にしてくれた。今日だって、本当は迎えを断ったんだ。なのに・・・。


 「兄さん・・・確か今日は、迎えに来なくていいって言わなかったっけ?」

 「そんな冷たい事いうなよぉ。和弘の送り迎えは、俺が好きでやってるんだぞ?大事な弟が心配なんだよぉ」


 こうやって顔を覗き込みながら頭を撫でられても、前みたいに嬉しくない。素直に喜べた昔が懐かしいし、恨めしい。


 「それに俺は知ってるんだぞ?この間発売されたゲームを買う為に、小遣いとは別支給の交通費を使い込んじまってる事を」

 「・・・気が付いてたんだ。母さんには言わないでよ?」

 「はいはい。ほら、そういう事だから、行くぞ?」


 裕也兄さんは笑いながら、教室を出ていく。また失敗した。もう僕は兄さんと、一緒にいたくないのに。人の気も知らないで・・・。


 「そういえば今日、おばさんとおじさん帰り遅いんだろ?どっかでメシ食おうぜ♪」

 「別にいいよ」

 「何でだよ?あっ!安心しろ、俺のおごりだから。あと本屋にも行こうぜ!この間買ったゲームの攻略本買ってやるよ。それか、メシ食ってからカラオケ行こうか!久しぶりにはっちゃけようぜ!」


 本当に要らない。誘わないでほしい。もう裕也兄さんの事、忘れたいんだから。人の気も知らないで・・・。


 「本当にいいよ。兄さんだって、僕の送り迎えで疲れてるでしょ。それに、攻略本は来月に自分で買うから大丈夫・・・」

 「・・・なぁ、和弘。お前どうしたんだ?前だったら、大喜びで行くって言ってたのに。学校で何かあったのか?まさか、またいじめられてるのか!?」


 うるさい・・・本当にうるさい。僕に構わないでよ。


 「いじめのいの字も無いから大丈夫だよ。気にしないで・・・。帰ろう、兄さん」


 裕也兄さんの横を通り過ぎて、一人で下駄箱まで向かう。兄さんが何か言いたそうだけど、聞く気にならない。

 泣きそうになるのを堪える。また心で僕は呟くんだ。人の気も知らないで・・・と。



 俺には中学生の時に付き合いだした彼女がいる。来年にはお互い大学を卒業し、俺は念願の教師に。彼女はデザイナーの卵として、出発する事になる。もう長い付き合いになるし、そろそろけじめを着けなければと思った俺は、彼女にプロポーズをした。突然の事で彼女は驚いてはいたが、泣いて喜んでくれた。

 そんな嬉しい出来事を、いとこである和弘の両親に報告に来たのは、今日の夕方だった。


 「というわけで、彼女と婚約しました事を報告致します!」

 「いよっ!おめでとう!」

 「おめでとう、裕也君。本当におめでたいわ♪」


 俺の両親も喜んでくれたが、同じくらいに二人も喜んでくれたことが、何よりも嬉しい。


 「それで?いつ結婚するんだい?」

 「あなた?そんな焦らせちゃダメじゃないの。二人にだって、予定があるのよ?」

 「結婚の方は、お互いの仕事が軌道に乗って、落ち着いたらって事にはなってます。でも、早く籍を入れたいのは、正直な話しです」


 そんなこんなで、二人と話しているところに、和弘が帰ってきた。今日は友達と遊びに行っていたらしい。


 「ただいま」

 「お帰り!和弘!」

 「・・・兄さん、来てたんだ」

 「和弘聞いて!裕也君がね、婚約したんですって!」


 俺の婚約を喜んでくれるかと思ったが、思っていた反応ではなかった。一瞬驚いた表情をしたがそのままフッと冷たい笑みを浮かべたように感じた。


 「良かったね、おめでとう兄さん。お相手は中学の同級生の人だよね?」

 「お、おう・・・」

 「そっか。大切にしないとだめだよ。未来の奥さんを」


 それだけ言うと、和弘は2階に行っちまった。おばさんが呼び止めるのも聞かないで、そのまま。


 「もう・・・あの子ったら。ごめんね、裕也君」


 おばさんは俺に謝ってきたけど、俺は和弘が気になって仕方がない。この間からあいつは、様子がおかしい気がする。昔のように、親密度が無いというか、ノリが悪いような気がする。それに、心なしか、俺を避けているような気がしてならない。またいじめられてるのかと聞いたが、そうではないと言う。理由を聞こうにも、何となしにはぐらかされる。


 「おじさん、おばさん。和弘の奴、何かありました?」

 「分からないんだけど、ここ最近あんな感じなのよ。何て言えば良いのかしら・・・?何だか妙に冷めているというか、何かを拒んでいるというか・・・」


 二人も俺と同じようなことを感じていたらしい。確かに最近の和弘は、どこか冷めている。それに、何かを考えないようにしているようにも感じる。これはいわゆる第二次成長期というやつなんだろうか?それにしても、何かおかしくないか?


 「裕也君、もしよかったら、あなたから話しを聞いてみてくれる?わたしたちが聞いても、大丈夫しか言わないのよ」

 「分かりました、ちょっと聞いてきます」


 俺は二階の和弘の部屋へと向かう。部屋の前まで来ると、ノックをする。


 「和弘、俺だ。入るぞ?」


 部屋に入ると和弘は、椅子に座った状態で振り返った。その顔は笑ってはいるけど、やっぱりどこかおかしかった。


 「何?兄さん」

 「お前、最近どうしたんだ?様子がおかしいぞ。何かあったのか?」


 別にと言って顔を背けるが、明らかにおかしい。何か考えてる顔だ。弟分である和弘の様子が分からないほど、浅い付き合いじゃない。


 「嘘つくな。その顔は、何か考えてるだろ。正直に言えって!」

 「兄さんには関係ない事だよ。ていうかさ、もうあまり構わないでよ。僕もうそんな子供じゃないんだから」


関係ないと言われてしまった事がショックだった俺は、和弘の腕をつかんで、つい声を荒げてしまった。


 「そんな言い方しなくていいだろ!!大体お前、この間から何なんだよ!?電話は出ねぇし、遊びに誘っても乗ってこねぇ。終いには無視を決め込むとか。なぁ、俺何かしたのか?正直に言え!」

 「うるさいよ!!人の気も知らないで!!」


 今まで聞いた事もない和弘の大声で、俺は掴んでいた手を放してしまった。和弘は俺を睨んできた。涙目の中に、怒りと悲哀が入り混じっているように感じる。


 「か、和弘・・・?」

 「僕は兄さんと一緒にいたくないんだよ!話しもしたくない!傍にいたくない!僕に構わないでほしい!兄さんが結婚するなら、なおさらだよ!!なおさら・・・ぅ・・・」


 頭を抱えたまま、和弘はしゃがみ込んでしまった。そして今、声を殺して泣いている。今まで見た事が無い和弘に、俺はどうしたら良いか分からない。


 「和弘・・・」

 「裕也兄さん・・・僕を心配してくれて、ありがとう。でも・・・僕を心配してくれるなら、お願い。僕に構わないで。このままそっとしておいて。何もしないで、そっと・・・」


 どうしたら良いか分からなくて、和弘の頭に触れようとしたけれど、それに気が付いた和弘に手を払われてしまった。


 「構わないで・・・お願いだから・・・。もう出て行ってよ」

 「和弘、頼む。その・・・理由だけでも教えてく・・・」

 「兄さん・・・これ以上、僕に惨めな思いをさせないで?僕に・・・現実を見せつけないで・・・お願い・・・」


 これ以上、俺はどうする事も出来なかった。座り込む和弘を置いて、俺は一人部屋を後にしたんだ。




 裕也兄さんが僕の部屋を訪ねてきたあの日。あれから僕は、兄さんに一度も会わなかった。兄さんも何か思う所があったのか、訪ねてくることが無かった。両親は俺達が喧嘩してるのかと思っているらしく、早く仲直りしなさいとうるさい。別に喧嘩しているわけじゃないのにね。ただただ、自分がわがままなだけなのにね。


 「自分で選んだはずなのに、寂しく思うのって何でだろうな・・・」


 自分のスマホの画面を見ながら、何か笑ってしまった。画面の中には、裕也にさんのアドレスが残ってる。これを消せば、きっと楽になるんだろうけど、未練がましく消せない自分がいる。LINEもそのまま。未練がましい自分が嫌になる。いっそスマホを壊せたら楽だろうなって思うけど、出来ないんだけどね。


 「でも、消さないといけないね。未練を断ち切るためには・・・」


 そんな風に葛藤しているところへ、スマホの画面に着信の表示がされた。相手は幾日ぶりかの裕也兄さんだった。


 「兄さん・・・?」


 我慢が出来ず、電話に出てしまった。受話器の向こうには、久しぶりに聞く兄さんの声。


 「和弘、久しぶりだな・・・」

 「兄さん、お久しぶり。元気だった?」

 「まぁな」


 久しぶり過ぎて、ちょっとした世間話も続かない。


 「・・・なぁ、和弘。突然なんだけどな、今度の日曜って・・・暇か?」

 「今度の日曜日?何もないけど・・・」

 「久しぶりに会わないか?その・・・仲直りの印にさ」


 仲直りの印って、誰かから言われたのかな?それとも自分が思ってるのかな?どっちでも構わないけど。


 「仲直りって、別に喧嘩したわけじゃないから。あれは僕のわがままだから」

 「いや、俺さ・・・1人っ子だから、和弘の事を弟と思ってて・・・。だけど、ちょっと干渉し過ぎてたよな。あんな風に言われても、仕方がないよ。本当にごめん・・・」


 やっぱり兄さんは、分かってないんだね。僕の本当の気持ちも、この間の言葉の真意も・・・。何も分かっていなかったんだ。ただ自分が干渉し過ぎたから、僕があんな事を言ったって思ってるんだ。何だろう?何だか逆に吹っ切れそうな気がする。


 「人の気も知らないで・・・そんな事を・・・」


 僕のつぶやきは、兄さんには聞こえなかったみたいだ。聞こえても良いつもりで言ったんだけど。でも、もしかしたらあれかな?聞こえないふりをしてるのかも。


 「いいよ兄さん。今度の日曜、久しぶりに合おうよ!」


 何故か自然と、こんなセリフが出た。兄さんのこの感じで、何かが吹っ切れた気がする。


 「えっ!?いいのか!?」

 「もちろん!会うだけじゃなくてさ、どこか出かけようよ!ダメかな?」


 受話器越しの兄さんの声が、どこか弾んでる気がする。嬉しいのかな?僕は嬉しいけどね。きっと顔は、久しぶりの笑顔かもしれない。僕たちは長電話をしながら、今度の日曜日の計画を練った。 この日は遊園地に行く事にして、ごはんを食べて、ああしてこうしてなんてなんて計画した。


 「じゃあ、日曜楽しみにしてるからな!」

 「うん!じゃあ、日曜日に!」


 電話を切った。久しぶりの兄さんとの会話で、手汗がすごい。顔もなんか綻んでる気がする。楽しかった。兄さんとの、久しぶりの電話。本当に何時ぶりだろう?こんなに落ち着いて話しをしたのは・・・。


 「遊園地・・・初めて兄さんと出かけた遊園地なんだよね。あそこ・・・」


 今まで裕也兄さんと過ごした記憶が蘇り、心をたくさんの思い出で満たしてくれてる。楽しかった色んな記憶・・・。


 「日曜日を楽しく過ごせたら、もう何も思い残すことはないし・・・何もいらないね」


 涙が勝手に上がれてくる。これは何の涙なのだろう?でも、もういいや。僕はもう、何でもいいや。そんな僕の目線の先にあるのは、荷物が詰まった大きなボストンカバン。来月の3月で僕は、高校を卒業する。そうしたら僕は、このボストンバックを持って・・・。




 近くの川で、和弘のスマホが見つかった。和弘がいなくなって、もう1カ月も経っていたんだ。

 俺と和弘は、あの日以降、お互いを避けていた。というより、俺が避けていた。和弘の触れてはいけないものに触れてしまったような気がして。それからしばらく、悶々とした日々を過ごして、このままじゃいけないと思って、和弘に連絡した。声は元気そうだった。俺はあいつの謝って、仲直りに会わないかと誘ったら、応じてくれた。本当に嬉しかった。和弘が行きたいと言った遊園地に行き、メシを食って、お互いにはっちゃけた。これでまた、昔にような関係に戻れると思っていた。でもそれは、俺だけだと分かったのは、先月の事だった。

 和弘の両親から、和弘がいなくなったと連絡が来て、みんなであいつが行きそうなところを探した。友人宅にいるんじゃないかと、駆け回ったがどれも空振りで、何の情報もなかった。警察に連絡して捜索願を出し、張り紙も作ったのだが、和弘の部活の後輩から、和弘が大きなボストンバックを持って、電車に乗るところを見たという。だけど、行き先は分からなかった。それからしばらくして、和弘のスマホが川で見つかったんだ。

 いなくなってから、警察からは何も連絡はないし、おばさん達にも何の連絡も手紙も無い。ただ、俺にはあいつから、LINEが来ていた。卒業式の翌日、夜中に突然LINEが来た。

 

「裕也兄さん。僕は兄さんが大好きだった。本当に大好きだった。すごくすごく大好き。今も大好き。恋人に言う好きだよ?変だよね?男が男を好きになるなんてさ。でも、本当に好きだった。だから兄さんを避けたかった。突き放したかった。離れたかった。でも兄さんは、僕の気持ちに気づかないで、ずっと入り込んできた。あの日も、僕に何かしたのかと聞いた日も、僕の中に入り込んできた。辛くて辛くて・・・だからあんな風に感情的になったんだよ。ごめんね・・・本当にごめんね?僕はもうこれ以上、自分の気持ちを抑えられない。だから、消える事にしたよ。いなくなることにしたよ。この気持ちと生きるか、朽ちるかは、自分にも分らない。だから・・・これでさようなら・・・。今までありがとう、大好きだったよ。兄さん・・・」


 気付いてた・・・。俺は気付いてた。あいつの気持ちに、気が付いてた。気のせいだと思いたかった。自分の勘違いだと、思いたかった。だから俺は、彼女にプロポーズした。彼女と結婚すれば、諦めるかと思ったから。

 和弘は拒絶した。そうすることで、俺への思いを断とうとした。でもそれは、ただあいつを壊れかけにしただけだった。

 諦めてくれるだけで良かったのに、そんな簡単にはいかなかった。俺はあいつを壊してしまったんだ。

 おばさん達は今日を和弘を探している。俺も探している・・・探すふりをしている。この結末の原因は俺だから、何時かは白状しなければいけないんだろうな。

 近頃、俺は幻覚を見る。和弘が笑いながら俺を見る姿を。でもその笑顔には、昔の面影はないんだ。あるのは・・・狂気と悲哀に満ちた、笑顔だけ・・・。




END

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋が叶わないという残酷な話し 中村彩香 @karara9559

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ