刀術師ミルVSライトニングドラゴン

八重垣ケイシ

刀術師ミルへの挑戦


 いったいどうしろっていうんだ。王家はあの女剣士を城に連れて来いとか言うが、あの女は王家の威光を、そよ風にも感じていない。

 だいたい混沌龍カオスドラゴンを一人で追い返したっていうバケモノだぞ? 脅しなんてきくものか。

 

 あのミルライズラは身分とかなんとも思っちゃいない。金銀宝石を出しても、ガラクタでも見るような目でしか見ない。王家の姫しか身につけられないドレスにアクセサリーを持ってきても見向きもしない。

 何処でどんな生活してきたかは知らんが、王家の贅すら邪魔なもの扱いだ。信じられん。

 力で脅すこともできず、欲しがるような宝も用意できず、これでどうやって城に呼べと言うのか。その怪物相手に、怒らせないように気をつけて、身一つで対面して交渉する。それだけで私は毎回、寿命の縮む思いだ。胃が痛い。最近、胃腸の調子がおかしい。

 なんで私がこんな目に……


 あのドラゴン返しの異名を持つあのミルライズラがいなければ、この街は、この国はどうなるか解らん。

 そんなことも解らず城に連れてこいなどと、


「本当にどうすれば良いのやら……」


 ため息が漏れる。真新しい宿の一室で頭を抱える。百層大冥宮に近いこの街で暮らすというだけで、神経が蝕まれる気がする。

 何故、私がこんな目に、あぁ、故郷に帰りたい。


 カンカンと鐘が鳴る。その音に椅子を蹴って立ち上がる。またか? もう、勘弁してくれ。

 鐘の音は街の住人に避難せよと伝えるもの。それなのにこの街の住人ときたら、この音が鳴ると建物の屋根に出て見物の構えだ。どうかしている。


「塔に行くぞ!」


 もう嫌だ、こんな街、早く出たい。

 部下と共に塔に登る。遠眼鏡を目に当てるでも無くその異形が見える。見たくも無いのに目に入る。


 金色のドラゴン。


 百二十年前に勇者に倒された魔王の城、百層大冥宮。その地下迷宮へと続く大穴。ここから恐ろしい魔獣に悪魔が現れる。歴戦の探索者に腕に覚えのある剣士、魔術師が逃げ出すような怪物が。

 今回は細身の金色のドラゴン。雄々しく立ち、聞き覚えのある口上を叫ぶ。

 

「魔王様の愛刀を盗みし不遜な盗人よ! その罪、万死に値する! 大人しく魅刀赤姫を返上せよ! さもなくば!」


 金色のドラゴンが片手を天にかざす。一条の雷が地に落ち轟音を鳴らす。


「我が怒りの稲妻で人間の街を焼き払ってくれようぞ!」


 ああ、膝が震える。歯の根が合わず口からカチカチと歯が鳴る音がする。

 雷を自在に操り、言葉を話す。エルダードラゴンだ。あんなものどうにかできるか。人間で対抗できるなど、百二十年前の勇者ぐらいしかいない。


「もう、終わりだ……」


 絶望の声が口から漏れる。だが、これで役目から解放されるかも、と、街ごと滅ぼされることに暗い期待も、少し湧いてしまう。

 遠く、大穴の側に立つ金色のドラゴンが叫ぶ。


「我が名はブラーシュ! 魔王様の忠実な配下にして白雷を司るライトニングドラゴン! これまでの雑魚と同じと思うなよ! 出てこい盗人!」


◇◇◇


「さー、始まりました!『刀術師ミルへの挑戦』体格制限で百層大冥宮武闘ランキングに参加できなかったドラゴンが今回の挑戦者です!」

「ブラーシュ! カッコイイよ!」

「実況は私、コボルトのガミハラがお送りします。今回は解説にゲストをお呼びしております。八十層『乱龍の荒牙山』にお住まいのヒドラさんです」

「ども、ヒドラのタケゾウです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。タケゾウさんは八十層で階層ボスのブラーシュさんの配下なんですよね?」

「はい。でも八十層『乱龍の荒牙山』はボスとか配下とか煩く言わないんですよ。もちろんブラーシュのことはボスとして尊敬してます。だけど、上司部下っていうよりは、ファミリーみたいなアットホームな階層なんです」

「なるほど、それでボスのブラーシュさんを気軽にお呼びするんですね。それでヒドラのタケゾウさんは今回の勝負、どちらが有利と思われます?」

「ブラーシュには悪いけれど、ミルたんが一枚上手でしょうね。なんせミルたんは魔王様に続きセキ様に認められた、魅刀赤姫の二代目の主です。その上、僕たちの先輩、混沌龍カオスドラゴンのモーロック先輩とサシでやりあえる刀術師ですから」

「それでは刀術師ミルが圧勝だと?」

「ですがブラーシュはドラゴンの中でも素早さに優れるライトニングドラゴンです。巨体を誇るドラゴンの中でも、すばしっこい相手に対抗できるのがブラーシュです。また、この日の為に特訓してきましたからね!」

「それではブラーシュさんなら、刀術師ミルに善戦できるかもしれないと?」

「ミルたんがブラーシュを他のドラゴンと同じ、と侮ったなら、その隙がブラーシュの勝機です」

「これはおもしろくなってきました! 新シリーズが始まってから未だ無敗の女王、刀術師ミルに初めて土がつくかもしれません! お、街の方から茶色のポニーテールの女剣士が現れた! 言わずとしれた美貌の女剣士、刀術師ミルが堂々と王者の貫禄を見せての登場です!」

「おおー! ミルたん! ミルたん! ミ!ル!たん!」


◇◇◇


 屋根の上の街の住人が歓声を上げる。金色のドラゴンに向かって足を進める一人の女剣士がいる。

 刀術師ミルライズラ。

 たった一人で黒龍の顔を切り裂き、伝説のアンデッド、恐怖騎士テラーナイトを撃退し、エルダーヴァンパイアすら打ち倒す。

 人の娘の形をした怪物。教会が勇者の再来と言う、この街の触れ得ざる者。炎の切断者、ドラゴン返し、魔王の宝を盗みし者。

 何を考えているのか解らない笑みを浮かべ、金色のドラゴンへと進む。赤い鞘から細身の剣を抜き頭上高く構える。辺りに煌めく鏡鋼の銀輝。あれが魔王の愛刀。

 ただの人間の娘にドラゴンが倒せる訳が無い。あの魔王の愛刀こそが、人を超人へと変える魔法の品に違い無い。さっさと魔王の配下に返してしまえばいいものを。いや、あの女があの魔剣で怪物を追い返せるから、この街は守られているのか?

 街の平和が、あの女にかかっている。百層大冥宮の常軌を逸した魔獣を封じられるのは、あの女だけ。この街どころか人界の平和は、あの女ひとりに委ねられている。

 だというのに、その女はドラゴンを相手に楽しそうな声で、


「我が名は刀術師ミルライズラ! 魅刀赤姫の主なり! 我に挑むは何者ぞ!」

「我が名はブラーシュ! 魔王様より『乱龍の荒牙山』を預かる階層守護者! 白雷を司るライトニングドラゴン! 我が怒雷にて焼き尽くす!」

「ならばその雷槌にて、我が刀舞を彩るがいい!」

「ほざいたな! 小娘!」


「「いざ! 尋常に!!」」


 ドラゴン相手に正面から名乗りを上げての一騎討ちだ。英雄気取りの戦闘狂バトルジャンキーだ。

 改めて思う。あんな奴にまともに話が通じるか。イカれてる。


◇◇◇


 こちら、百層大冥宮の中の放送席。


「互いに雄々しく名乗りを上げて、先攻するのは刀術師ミル! 魅刀赤姫を右手に掲げライトニングドラゴン、ブラーシュに真っ直ぐ駆ける!」

「ミルたんが刀の間合いにブラーシュを捕らえるか、ブラーシュがミルたんを寄せ付けないように得意の間合いで闘えるかが重要ですね」

「迎え撃つブラーシュはドラゴンの巨体で稲妻のようなローキック! これは鋭い! 跳んでかわす刀術師ミルに続けて閃光のようなジャブを放つ!」

「今日の為にブラーシュは、ジャブにローキックの打ち込みを繰り返して来ましたからね。ブラーシュのフラッシュジャブにショートフックの速さは、八十層一です!」

「しかし、当たらない! 刀術師ミル、全ての拳、蹴、爪、尻尾を見切って回避する! 流石、抜群の見切りを得意とする刀術師! セキ様の愛弟子!」

「うおおおお! ミルたんカッコイイ! しかも今日のミルたんは一味違う!」

「タケゾウさん、今日の刀術師ミルが何処が違うと?」

「よく見て下さい! ミルたんの勇姿を!」

「暴風の如く吹き荒れるドラゴンの爪! それを舞い踊るように回避する刀術師ミル! なんとブラーシュの腕に飛び乗り二の腕に斬りつけたー! ブラーシュの腕から出血! しかしブラーシュはまだまだやれるとファイティングポーズを崩さない! タケゾウさん、刀術師ミルの勇姿とは?」

「いつもはズボンのミルたんが、今日はミニスカートですよ! 跳び跳ねる度にヒラヒラしてブラーシュが目を奪われてます! ミルたん可愛い!」

「確かに今日の刀術師は膝丈のミニスカートだ! 健康的な太股が眩しいぞー!」

「あー! ミルたん! そんなにジャンプしたら見えちゃう! ミルたん! ミルたん!」

「タケゾウさん、いいんですか? ボスのブラーシュを応援しなくて?」

「だいじょぶです。ブラーシュは器の大きい男です。それに八十層のドラゴンは皆、刀術師ミルのファンクラブ会員です。ブラーシュも『皆でミルのあねさんを応援するっすよ。ついでに俺のこともちょっと応援してくれたら嬉しいっす』と、言ってました」

「なるほど、ブラーシュ、実に男前なドラゴンです。これが八十層を統べるボスの貫禄か。見れば今日のタケゾウさんは五本の首の内、一本は解説用のマイクの側に。二本は刀術師ミルのうちわをくわえ、残る二本にブラーシュのうちわをくわえています」

「首が多いとこういうとき便利ですよね。僕は二人にはこの勝負、悔いが残らないよう全力でぶつかって欲しいです!」

「タケゾウさんの声援が届いたか、刀術師ミルがブラーシュに接近して斬りつける! しかしブラーシュ、ガードを固める! ドラゴンの巨体に傷はまだ浅い!」

「いえ、これはミルたんを引き寄せてからの反撃技です!」


◇◇◇


 塔の上から見るものが、信じられない。ドラゴンの爪を避け、振り回す尻尾を飛び越え、挙げ句にはドラゴンの腕に飛び乗り走る。あれが人間の小娘? バカな、そんなことができる人間がいるものか。

 あれは本当に勇者なのか? それとも人に化けた魔神なのか? 剣を振るえば金色のドラゴンに傷がつき赤い血が溢れる。あのドラゴンも血は赤いのか。

 私は、あんな怪物相手に何を交渉しようとしていたのだ? 知らぬということは幸せなことなのか? 膝から力が抜ける。だが、この戦いの結末を見届けて、王に知らせなければならない。

 屋根の上の街の住人は声を上げて女剣士を応援する。なにをバカ騒ぎを、こいつら解っているのか? ミルライズラが負ければ、この街は、人界は終わりだというのに。


◇◇◇


「とりゃ!」

「ほいっ、と」


 パネェ、いやもー、ミルのあねさん、マジぱねぇっす。俺の爪も尻尾も掠りもしないっすわ。ま、もとのガタイが違うんで、ひとつでも掠れば俺の勝ちなんすけどね。その一発が当たる気がしないっすわ。

 俺、ドラゴンの中でも速さには自信があるライトニングドラゴンなんすけどね。それがこーもヒラリヒラリと回避されるとは。

 しかも今日のミルのあねさん、マジヤバイっす。なんとミニスカートっすよ、ミニのスカート。膝から下は脚甲付きのブーツなんすけど、そのブーツの上の太股の肌色がたまらんっす。


「せやあっ!」


 ローキックからの後ろ回し尻尾のコンビネーション。俺の尻尾を跳んで側方宙返りでかわすミルのあねさん。ほおお、そんなスカートで側宙なんてしたら、スカートが、スカートの中が、あ、ミルのあねさんスカートの下にスパッツを穿いてたっす。そうっすよね、百層大冥宮に放送されるのに、パンチラはしないっすよね。

 でも黒いスパッツに包まれた、キュッとしたヒップラインが目に焼きついたっす。ミルのあねさんのサービスショットを間近で見れるのは、挑戦者の特権っすね。


「もー! ブラーシュ! 目がエロい!」

「すんませんっす! でも、ミルのあねさんが魅力的過ぎるっす!」

「なんで今日に限ってズボンが全部、洗濯中なのよ!」

「あ、俺が社長のアデプタス様と会長のフェスティマ様に言ってみたっす。たまにはミルのあねさんの、いつもと違う魅力の映える衣装はどうっすか?って」

「ブラーシュのばかー! さてはまたあの骸骨さんの差し金かー!」


 流石アデプタス様、円盤の売り上げの為には手段を選ばないっすね。ありがとうございます! フェスティマ様もオッケー出したんすかね? あのミニスカートの闘衣裳を用意したのは、九十九層のエルダーヴァンパイアっすね、たぶん。

 ふおお、ちょっと赤くなって恥ずかしそうにぷんすこするミルのあねさん。ヤバイっす、超絶可愛いっすよ。


「もー! 隙ありっ!」

「おおおおお?!」


 ミルのあねさんが俺のジャブをかわして、俺の腕をかけ上がって来るっすよ。だけどここは引き付けてからのー!


「雷鱗鎧!!」

「おおっとお!」


 全身に雷を纏う、鱗から放電する反撃技。迂闊に近づいた者には回避至難の一撃!

 の、ハズなんすけどねー。流石ミルのあねさん。初見の技すら知っていたかのように飛び退いて、追い掛ける雷撃も魅力赤姫で斬って散らすっすよ。全てを見透す刀術師って、凄いっすわー。今の一撃すら当たらないっす。自信あったんすけどねー。

 あ、飛びすさって下りるミルのあねさんのスカートがフワリと翻って、黒いスパッツが、ふおお、正面から黒いスパッツの、目に焼きついたっすよ。これをミルのあねさんのファンに知られたら、俺、殺されるかもしれないっすね。


「あねさん! 最高っす!」

「ブラーシュのスケベー! どこ見てんのー!」


◇◇◇


「ブラーシュの全身から稲妻がほとばしる! これには刀術師ミルも、たまらず後ろ飛びに離れたー! 接近を許さず得意の間合いに戻したぞブラーシュ!」

「ヒュー! 流石ミルたん! ブラーシュは今のでダメージを与えられ無いと厳しいですね」

「ですがこれはドラゴンの間合いでは? 刀術師ミルは迂闊にブラーシュに近づけ無いのでは?」

「常に雷を纏ったままとはいかないので。今の不意打ちを読まれてしまうと、ブラーシュはミルたんを引き込む為に受けたダメージだけ残ってしまうんです」

「なるほど! 肉を斬らせて骨を断つ、しかしその策は刀術師ミルに読まれてしまっていた! なんとハイレベルな攻防でしょうか!」

「そして仕切り直しても制限時間の問題があります」

「そうですね、地上は弱まったとはいえ、まだ女神の光の加護がありますからね。持久戦はブラーシュに不利です」

「だからここからブラーシュは決めにいきますよ!」

「刀術師ミルと間合いを取り直したブラーシュ、両手を大きく広げて白の二本の角が目映く輝くー! 出るか大技ー!」


◇◇◇


 金色のドラゴンの周囲に百を越える雷が降り注ぐ。あれはひとつひとつがメイジの魔術ライトニングボルトを越えている? そんなものが無数に落ちる?


「あぁ……、終わりだ……」


 まるでこの世の終わりのような光景。雷の轟音が連続で木霊する。塔が震えて揺れる。手摺に掴まり身を支える。

 これが相手では軍隊も一撃で壊滅だ。兵も騎士も何人いても関係無い。あの金色のドラゴンを止める力は、王国にも教会にも無い。

 そしていかな者であろうとも、雷に撃たれて無事であるハズが無い。

 人間がエルダードラゴンになど、敵う訳が、


「これをかわすか!? ならばこいつでトドメだ!」


 ……今、金色のドラゴンはなんと言った? これをかわすか、だと? それでは降り注ぐ雷を全て避けたようではないか? まさか、まさかそんなデタラメなことが、


「雷怒咆!!」


 金色のドラゴンの口から白の光が溢れる。ライトニングドラゴンの雷のブレスか? やめろ、やめてくれ、街に向けて撃たないでくれ。

 神よ、女神よ、できることは祈ることだけ。人間に他に何ができるというのだ? 白の光のブレスに、街ごと焼き尽くされるのか? すまないミレーヌ、結婚の約束をしていたのに、どうやら私は帰れそうにない。

 絶望に囚われる中で、遠くから、凜とした女の声が聞こえた。


「――我が一閃に、斬れぬもの無し――」


◇◇◇


「出たー!! 刀術師ミルの奥義、ブレス斬りー! これがかつてセキ様が得手とした伝説の技だー! 必殺の白雷光のブレスを繰り出したブラーシュ! だが、そのブレスが刀術師ミルの一閃により、正面から真っ二つに斬り裂かれたー!」

「うおおー! ミルたん! ステキー!」

「更にブレスを斬り裂いた刀閃が! ブラーシュの胸に傷を穿つ! これはブラーシュ大ダメージだー!!」

「ドラゴンはブレスを放つときに動きが止まりますからね! ここを狙われると弱いです! ブラーシュはブレス斬りを使うミルたんを警戒して、雷の檻でブレス斬りを封じる作戦でしたが、止めきれませんでしたね!」

「恐るべきは降り注ぐ雷を、全てステップで回避しきった刀術師ミルですね!」

「その上、ブラーシュの雷怒砲よりも速い刀閃! ミルたんの技は前より一段と進化しています!」

「ガクリと膝を地に着き、血に染まる胸を押さえるブラーシュ! これで決まってしまうのかー!?」

「いやー、これで立っても、必殺の雷怒砲を破られたブラーシュに、ミルたんに有効な攻撃は難しいです。スタミナ切れで格闘戦も鈍くなってしまいますからね」


◇◇◇


 何がおきた? 何故、私も街も無事なのだ? どうして金色のドラゴンが胸から血を流している?

 金色のドラゴンは左手で赤く染まる胸を押さえ、右手を地面につけている。まるで倒れないようにと踏ん張っているような姿。

 金色のドラゴンが睨みつける先には、ポニーテールの女剣士。刀術師ミルライズラが悠然と立っている。

 あの雷の雨の中で生きていたのか? いや、それどころか全くの無傷だと? 金色のドラゴンが口から白い光を吐いたときに、いったい何が起きたのだ?

 刀術師ミルライズラは立っている。対峙しているドラゴンの方が、倒れそうになっている。

 あの女は、勇者の再来なのか?

 金色のドラゴンが首を上げ空を睨む。


「ぐうっ! 忌まわしき女神の光の加護よ! これが無ければ全力で戦えるというのに!」


 金色のドラゴンが羽を広げ宙に浮かぶ。


「これで勝ったと思うなよ小娘! その刀、いずれ必ず取り返す!」

「私と踊りたくば、いつでも来るがいい」

「かつての魔王様の忠臣の力、この程度と思うなよ! 光の女神の加護が無ければ小娘如き!」


 金色のドラゴンは胸の傷を押さえ、大穴へと逃げるように飛ぶ。エルダードラゴンが弱っている。何故、追いかけない? 何故、トドメ刺さずに見逃す? 


「小娘よ! ミルライズラよ! このブラーシュの鱗に傷をつけた借り、次に返させてもらう!」

「ふふ」


 刀術師ミルライズラは、魔王の愛刀をひとつ振る。刃についたドラゴンの血を飛ばし、頭上でクルリと剣を回す。鏡鋼の刃が日の光を反射して煌めく。


「それは楽しみだ。刀舞はひとりでは踊れ無いから、とても楽しみだ」


 魔刀を赤い鞘に納め、金色のドラゴンを見送る女剣士。金色のドラゴンは大穴に姿を消す。屋根の上に登った街の住人が歓声を上げる。


「……たすかった……」


 ズルズルとへたりこむ。塔の手すりにしがみついたまま膝を着く。私の部下はとっくに腰を抜かしている。

 街は守られた。あの女は、どうやったのか解らんが雷の雨の中でも無傷だった。光のブレスもあの女がかき消したのか? そして金色のドラゴンの胸を切り裂き、追い返した。

 しかし、エルダードラゴンを手負いにして、殺さずに逃がした。そしてあの怪物が復讐に来るのを、楽しみだと言いやがった。その為にトドメを刺さずにいたのか? もしかしてわざと殺さないように戦った、とでもいうのか? 狂人め、戦闘狂バトルジャンキーめ。


「王に、報告しなければ……」


 百層大冥宮のあるこの街、ルワザールからあの女剣士、ミルライズラを離してはならない。あの女でしか、大穴から現れる怪物に対処はできない。

 どんな報酬もあの女を釣ることはできない。もう王家も教会も関係無い。なんとかあの女には、百層大冥宮の怪物から人界を守ってもらわなくては。

 欲しがるものを用意できないのだから、あとは頭を下げて真摯にお願いするしか無い。

 エルダードラゴンを倒せる戦力が無いのであれば、あの女をどうこうすることもできん。まさしくあれは、触れ得ざる者。

 だが、この先はどうなる? 年々、光の女神の加護は弱まり、百層大冥宮に封じられた闇の者が地上に現れる。百二十年前、勇者が魔王を倒す前は、地上を闇の者が彷徨いていたという。

 その時代へと戻ってしまうのだろうか? 

 ならば、あの女は、人を哀れんだ女神の遣わした、勇者なのか?

 それを調べて聞き出すのも、私の仕事なのか? そうだ、街を守ってくれたことに礼を言わなければ、そのときに話を。

 ……あの、エルダードラゴンスレイヤーと話を? 私が? 誰か他にいないのか?

 うう、胃が、胃が痛い……。


◇◇◇


 百層大冥宮、八十層『乱龍の荒牙山』


「いやー、負けたっす。完敗っす。ミルのあねさん強いっすわー」

「ブラーシュ、カッコ良かったよ。ボスボスしてた」

「これでも俺は階層守護者張ってるっすよ。決めるとこでは決めるっすよ」

「あねさん相手にけっこういい勝負になってたんじゃない?」

「ぜんぜんっすよ。もー。ミルのあねさん、初手から俺を様子見してたっすよ。で、だんだんピッチ上げてくんすよ。これについて来れる?って顔して。マジあねさん小悪魔っすわー」

「うわお、あねさんパネェ」

「うーん、あれなら大技出さずに格闘戦を続けた方が、まだなんとかなったかもしんないっすねー」

「でもそれだと派手にならないよね。戦闘の玄人にはうけるんだろうけど」

「放送されること考えると、ビキャーンと派手なことした方がいいっすよね。あねさんってば、俺の見せ場を作ってくれた上で、全部真っ正面から叩き斬ってくれたっすよ。もー、器が違うって感じっすねー」

「ブラーシュ、傷は痛む? 胸のとこけっこう深くやられてなかった?」

「だいじょぶっすよ。帰り際にセキ様がコッソリ“再生リジェネ”をかけてくれたっす。そうだ、そのセキ様が俺を褒めてくれたっすよ!【ドラゴンの地力に頼らず磨いた技の冴え、なかなかのものだの】って!」

「すげぇ! セキ様がそう言うって、ブラーシュって実はスゴいんじゃね?」

「モーロック先輩に新技の実験台にされてるだけじゃ無いんすよ。俺もちょっぴり自信がついたっす。次にミルのあねさんとやるときの為に、もっと鍛えるっす」

「よっし、俺も鍛えて刀術師ミルへの挑戦に出演目指そう! オファー来い!」

「皆、訓練相手よろしくっす」

「ブラーシュ!」

「なんすか? タケゾウ?」

「僕の首は? ちゃんとミルたんに届けた?」

「バッチリっす。ボスを倒したらお宝のドロップはあって当然っす。タケゾウの首の肉はクール宝箱に詰めて、ちゃんと置いてきたっすよ」


◇◇◇


 孤児院の庭では、肉の焼けるいい匂いがする。子供達が集まる中、バーベキューがはじまった。二人のメイドが手際よく調理している。

 青い髪のメイドは火にかけた鍋の様子を見つつ、串に刺した肉と野菜を手際よく焼き上げる。できたものから子供に渡していく。

 もう一人のメイドが茶色の髪をポニーテールにした女剣士に、ほかほかと湯気を上げる串焼き肉を手渡す。


「ミルちゃん、焼けたよー」

「ありがとうマティア。うん、おいしー!」

「久しぶりなんじゃない?」

「そうだねー、地上だとこのお肉は無いからね。うん、タケゾウのお肉は世界一!」


 幸せいっぱいという顔でバーベキューを食べる刀術師ミル。青い髪のメイドがシチューの入った器をもってくる。


「こちらはじっくりと煮込んだタケゾウシチューです」

「これこれ、お肉が柔らかくなってて口の中で溶けてくみたいで、濃厚で、うん、おいしー! ん? どしたの?」

「いえ、私も久しぶりにミル様にお料理を作りましたので、少し懐かしくなりまして」

「そっか、私のご飯ずっと作ってもらってたもんね」

「まさか地上で、ミル様以外に私の料理をお出しすることになろうとは」

「皆、よろこんでるよ。ねー、皆、ちゃんと食べてるー?」

「ミルねーちゃん、これ、これ、スッゴく美味しい!」

「でしょー、いっぱいあるからどんどんいこう!」

「ミルねーちゃん、これ、何のお肉?」

「これはねー、あの金色のドラゴンを倒すとドロップする、特別なお肉なんだよー」

「え? じゃ、これ食べるにはあの金色のドラゴンを倒さないとダメなの?」

「百層大冥宮を八十層まで潜れたら、手に入るかな?」

「無理だよ! ミルねーちゃんしかできないよ!」

「そんなことないよ。鍛えたらそのうちできるようになるから」

「えー? ほんとにー?」

「ほんとほんと。ほら、シチューも美味しいよ」

「こちらに薄切りにしてスモークしたものもございます」

「わー、美味しい」


「ところで、私のズボン全部洗濯しちゃったの、マティアだよね?」

「えっとね、フェスティマ女王もミルちゃんにたまには女の子らしい格好をって」

「だからってミニスカートとか! 戦うのにスカートは無いよね!」

「有るわよ? ときにこれも女の武器よ?」

「あの骸骨さんに何を頼まれたー!」

「私も可愛いミルちゃん見たいし、でもスパッツも用意したのは私なのよ?」

「パンチラさせるつもりだったのかー! アデプタスー!」

「ミルちゃんのお尻って、カッコいいよね」


 今日はブラーシュと打ち合えて、久しぶりのタケゾウのお肉も美味しくて。

 うん、今日もいい一日でした。まる。

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刀術師ミルVSライトニングドラゴン 八重垣ケイシ @NOMAR

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