第52話 ラストラン

※"Double Wise"にオーダーいただいたお客様、81年物、入荷いたしました ;)



「あぁせきさん、今度の日曜、空いてる? うん。じゃあ適当に声かけてくれる? 日曜日までにまた電話するから。うん、じゃぁよろしく」

「なに? 宴会でもやるの?」


 場所は変わらず、いつものバイクショップで店主の電話に突っ込んでいるのは知だ。


「いや、走るんだよ。お前も暇なら来い」

「店長。私がいつも暇だと思ってるんじゃない? 私だって……」

「だって?」

「いい。行って上げる」


 知の不機嫌な様子も伝わらず店主の手は再び受話器へ伸びる。


陽太ようた君、日曜日に決まったから。うん。じゃぁそういうことで」


 また知がく。


「なんの集まりでどこ行くの?」

「ただの日帰りツーリングだよ。それも流すだけ」

「ふーん」


 なんか怪しいと感じた知だが面倒なので言葉を切った。 


 そして日曜日の朝だ。店主と関が残りのメンバーを店で待つ。


「関さん、おはようございます。今日はカタナじゃないんですね」

「うん、飛ばさないからね」


 知は久しぶりに関のボクサーを目にした。


「おはようございますー」

「久ちゃん、本田君、おはよう」

「おはようございます」

「おはようございます」

「大島君、多田君、百地ももち君もよく来てくれたね」


 臨時休業を知らせる貼り紙の前に続々と参加者が現れる。挨拶で出迎えているのは店主だが行動から推測すると今日のホスト役は関のようだ。


「よ、来てやったよ」

「うん。来てくれると思ってたよ。ありがとう」


 例のわるっぽい単車の平井も姿を見せた。他にも常連が集まってくる。常連だけではない。知があまり顔を見ないような客も結構な数だ。


 一通り挨拶も終わり各自の愛車の話題などで過ぎる時間も忘れそうになった頃、ツーストパラツインの乾いた音が大きくなった。


 ライダーがサイドスタンドを出し車体を傾ける。小気味よいアイドリング音が消える。


「陽太君、待ってたよ」

「おはようございます」

「陽太おはよー」「おはよー」「おはよーっす!」


 皆が一斉に歓迎する。


「うわー、水冷のツーストなのに知さんのNSRよりちょっと旧い感じですね」


 陽太と呼ばれた客のバイクに食い付いたのは久だ。


「久ちゃん水冷とか分かるの?!」

「店長、馬鹿にしないで下さい!」

「あ、RZっす!」


 店主と久の漫才を陽太がさえぎった。


 皆の微笑みがそそがれる一台は朝日を受け輝いている。一点の曇りもなく磨かれていると言っていい。それはスリットが入った特徴的フェンダーや丸みを帯びた外装のみならずホイールやフォークなどの足回り、露出が少ないフレーム、エンジンなどの機関部にまで及んでいる。キャリパーに付着するブレーキダストさえ皆無で四十年に届きそうな時を飛び越えてきたようだ。目を惹く大きなラジエーターシュラウドや葉巻を思わせるチャンバーもノーマル然として美しさを際立てている。


350サンパンなんだ」


 ナンバーとダブルディスクを確認した知が呟いた。


「じゃ、行こうか」


 関が声をかけた。店主がオーダーを出す。


「関さんが先頭で俺が後ろ。陽太君が中央で他のみんなは陽太君を囲んでー」


 出発した一行は都市高速へ入り西を目指す。天候も良く各車とも極めて好調だ。


 途中、広い路側帯が整備された直線では先頭の関が珍しい速度で引っ張った。知に放った「飛ばさないからね」が微妙となり、NSRやRZの紫煙も風に消える。


 一時間といくらかを費やし姫路西ひめじにしでバイパスを降りる。その後は一路、川沿いに南下し250号線へ針路を取る。地元私鉄の支線終着駅を右手に、潮干狩りで有名なビーチを左手に法定速度付近で進む。


 ちょっとした山間部かと思える風景に潜り込むと左手に瀬戸内海が開ける。絶景と心地好い潮風を受け海岸沿いのワインディングをのぼる。陽太を囲む隊列は崩さない。なんだか陽太とRZはVIP扱いで周りはSPのようだ。


 それでもそこそこ、いいスピードで駆け抜ける仲間達。見所であるはずの道の駅や漁港もスルーし、ひたすらワインディングと景色を堪能している。


 知らない内にアップダウンとなり海面が冬の陽光を反射する。幸運にも前走車はなく安全な範囲で関が爽快な車速をキープする。RZの銀輪がバンクする度にきらめく。


 知が店長に問う。今日も店長のヘルメットにはインカムが取り付けられている。


「店長、どこかで停まらなくていいの? 景色いいし、食事も摂ってないよ」

「いいのいいの。今日は走るの」

「え、マジで走るだけ?」

「そう走るだけ」


 疑問を持った知だが他の面子メンツは当然の如く走り続けている。従うしかない。


 程なくして七曲りを味わい尽くしたパイロット達は相生あいおいで北へ折れバイパスへ戻った。


 帰りも休憩を挟まずクルージングが行われる。関のハイスピード維持も変わらない。そんな調子で極短時間で店へ辿り着いた。


「皆さん、お疲れ様」

「乙ッスー」

「乙です」


 関の言葉に声が挙がる。そんな中、一人、黙っている青年がいた。全員が彼を中心に輪となり口を開くのを待っている。店主が促した。


「陽太君、言うことがあるんじゃないかな」


 暫くうつむいていた陽太が喉を振り絞った。


「お、俺、今日でRZ、バイク、降りますっ!」

「おめでとう!」

「おめでとー!」

「おめでとうっす!!」

「えっ?!」


 いきなり祝福された陽太が面食らったような感情を顔に出す。関が応えた。


「聞いてたんだよ、奥さんから。こどもが出来たんだって」

「あ、はい。彼奴あいつ、喋りやがって……ということはみんな知ってたんですか?」

「うん」「うん」「知ってたよー!」

「だから走り納めだと思って思いっ切り走りに振ったんだよー、今日は」

「陽太君に危険が及ばない程度にね」


 また顔を伏せた陽太が叫ぶ。


「それで、こどものために、万が一にも死ぬわけにはいかないので俺、バイク、降ります!」


 その勇気に異議を唱える者はいない。笑顔が彼を取り巻く。


「店長、このRZ、お願いします」

「分かってるよ。大切にする人に渡す。約束するよ」

「ありがとうございます!」

「あ、平田君どう? 好みでしょ」


 店主が悪戯っぽく笑った。平田がとぼける。


「俺がどう単車いじるか知ってるだろ。陽太さんの単車には乗れねぇ」


 それを皮切りに火が着いた幸せの声が止まらない。


「バイクに乗ってなくたって友達だからなー」

「たまにはここにも来いよー」

「こどもも連れてこいっ!」

「ツーリングのお土産は持っていくから」


 少しの沈黙の後、涙声が響いた。


「ありがとうございます……あざーっすっ!」


 拍手の中、青年はもう被らないかも知れないフルフェイスを抱え店を、仲間を、RZをあとにする。別れを惜しむ白いタンクが眩しい。


「人生ってこういう選択もあるんだ」


 次第に小さくなる背中に知は真の大人を見た気がした。





(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。こどもが出来たことをきっかけに、こどものためにバイクに乗るのをめるストーリーですが、それをステレオタイプに落とし込んだり、美化したり、推奨するものではありません。乗るか乗らないかは自分で決めましょう。



バイク屋の店長は店にいる時は「店主」、店から離れると「店長」表記になります。会話文では基本的に「店長」です。

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