第51話 雪兎フォーリンダウン
※「第45話 不思議リサイクル」を下敷きにしています。
新年早々、訪れた第一級の寒波は去らず、とうとう普段は温暖なこの港街にも雪をもたらした。昼間だというのに窓の外は暗く、少ない街路樹や児童公園の遊具にも雪が付き始めている。
「店長、このストーブいいね」
「だろ。ガラスの筒で火が見える石油ストーブって、もう雰囲気から暖かい」
説明は必要ないだろう。お決まりの場所にお決まりのメンバーだ。現行品なのにどこか懐かしい黒いストーブを囲んでいる。囲んでいるといっても二人だが。知が問う。
「お客さん、あるかな?」
「さぁな」
「こう寒いと妖精も来ない?」
「雪の妖精なら現れるかも」
知はラビットが入庫した日の一件をちゃかしたつもりだったが、また大真面目に答えられた。深々と降りしきる雪の中、オレンジの炎が揺れ沈黙が流れる。
目を移すと街行く人影は薄く路面も白くなる。その白い景色の中、大柄なスクーターを押す小さな体があった。水色の髪にフェイクファー。そう、あの日の少女だ。
「走れなくなるとは思っていませんでした。ごめんなさい、私のうさぎちゃん」
息を切らしながら懸命に進むのだが深くなる雪に足取りは重くなる。日頃、頼りにしている頑丈な鉄の車体も冷たく重い。
「一歩一歩、絶対に辿り着くのです、辿り着いてマスターのホットミルク、飲むのです!」
目的地まで数百メートルの地点にその難関はあった。ここは海の街、山の街であるとともに坂の街だ。近距離の移動でも坂は避けられない。
「先ず
僅かな区間だが傾斜はそれなりにある。少女はブーツを履いているが本格的な雪道用ではない。タイヤと靴、両方の接地が怪しくなってくる。
「あーっ! ぁ、ふぅ。よいしょ」
なんとか体勢を立て直した。頂上は近い。
「よーいしょっ! 上りました! 休みます、ふぅ」
ここからが問題だ。想像して欲しい。雪の下り坂で百キロを優に超える車体を倒さず離さず降ろしていかねばならない。これが難しいのは少女も理解しているようだ。
「マスター呼びますか? どうしますか。うーん」
ヘルメットを被ったまま毛糸の手袋で小さく顎を抱えた後、少女はバイクに手を添えた。
「行きます! あ、あーーー、あ、あーーーーー、ふぅ」
奇跡的に愛機も自らも立ったまま着地した少女。
「この通りを行けば着くのです!」
そう。あの明かりの角を曲がれば少女の雪中行軍は終わる。突き出たミラーにも着雪し耳のようになった。その下のハンドルをひたすら押し前進する。
その頃、店では暇を持て余した知がラテアートに挑戦していた。
「店長。これどう?」
「いいんじゃない、パンダ」
「うっ、シっ、シベリアンハスキーだー!」
「勝手にやってろ」
それから数えて五杯目を作り終えた時、表から鈍い音が聞こえた。どさっと何かが倒れるような音だ。二人、揃ってドアを抜ける。
「あ、あぁーーーーん、ごめんね、うさぎちゃん、うさぎちゃん、ごめんね。あぁーーーーん!」
綿飴で覆われたアスファルトにしゃがみ込み泣き続けるウサギちゃん。店主もやや落ち着きを失いつつ対応する。
「ウサギちゃん、大丈夫だから。ウサギちゃんのうさぎちゃん、大丈夫だから」
「マ、マスタァーーーーーー!!!」
「雪の上にそうっと倒れたから大丈夫だよ」
知がウサギちゃんの肩に腕を回す。横たわる「うさぎちゃん」ラビットは店主が優しく引き起こす。
「ここまで倒さないで来たのに、倒さないで来たのにーーー!!!」
「ウサギちゃん、遠慮しないで呼んでくれればクルマ出すのに」
「行けると思ったのぉ、私とこの子だけで大丈夫だと思ったのぉ!」
「取り敢えず中、入って。知、濡れた服、なんとかして上げて。それと暖かいものを」
知がウサギちゃんを店内へ促す。店主はラビットをピットへ入れ点検する。
「ウサギちゃん、コート脱いで。ストーブで乾かすから」
「知さん、知しゃん、ごめんなさい、ごめんなさい」
「私に謝らなくていいよ。ミルク、飲むよね」
「あぃ……」
知は砂糖たっぷりのホットミルクを出す。
「これ、私?」
「そう、ウサギちゃん」
そこには先ほどまでオモチャにしていたカプチーノを垂らした逆ラテアートがあった。
「マスターのホットミルク……マスターのホットミルクが知さんのホットミルクになったの、なったのっ!」
「え、よく分からないけど」
「いいの、いいの!」
店主が戻ってきた。
「ウサギちゃん、やっぱり大丈夫、どうもないよ」
「マスター、マスタァー」
「今度、雪が降ったら電話してくるんだよ」
「あぃ」
知がからかう。
「ウサギちゃんはウサギちゃんなのに雪が得意じゃないんだ」
「私はウサギちゃんだけど雪ウサギちゃんじゃないのぉ」
ウサギちゃんの透き通った頬が赤く染まっている。寒さだけじゃないだろう。
大きくはないカップを時間をかけて味わったウサギちゃんが口を開く。
「もうコート、乾いた?」
「見てみるね。うん、乾いてる」
「知さん、知さんのホットミルクお代わり!」
出されたマグカップを傾け甘い香りを漂わせた彼女が席を立つ。
「メット置いていくのー、よろしくねー。ばいばい」
水色の髪が舞うと音もなく扉を通り抜け雪に消えた。
「ちゃんと血が通った妖精さんじゃない」
知の呟きも積もり
(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとは失礼に当たらない距離感を保ちましょう。
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