第50話 ライダーズバー"Double Wise"へようこそ

「いらっしゃいませ。今夜はお一人ですか? いつものお連れ様は? あぁなるほど」


 ここはライダーズバーDouble Wiseダブルワイズ。え、バイクで来たんじゃアルコールは飲めないだろうって? 勿論。飲んだら乗るな、乗るなら飲むな、だからね。それにクルマと違って同乗者も飲めば危ない。だからアルコールは出さない。その代わり、でもないんだが飛び切り美味しい料理はあるよ。それにちょっとしたお話もね。今日はあるお客様が五十回目のご来店。切りがいい日は過去にオーダーされたものなら無料で振る舞うのが当店のモットー。いや、ただのお喋り好きなバーテンダーの自己中心的サービスかな。さぁ、ご注文は?


「マスター、SRX、シングル」

「どうぞ」

「綺麗だ……グリーンサファイアに音叉の輝き」

「やはりヤマハに音叉マークは欠かせません。それになによりこのスタイル。丁寧にカッティングされた宝石のようでしょう。本日の後期型はモノサスとなり洗練度も増しております。セルモーターも装備されたので前期型よりスムーズな口当たりとなっております。アーバンシングルの鼓動をどうぞ」


 いつか語ったバイクショップのオーナーと大学生のタンデムは思い出してもらえたかな。お客様、目を閉じて単気筒のビートを。それ程、お気に召したなら次もシングルかな。


「マスター、NZ、シングル」

「どうぞ」

「軽い」

「そうでしょう。ただ軽いだけではなく強さも持ち合わせています。ベースの醸造元はレーサーレプリカ全盛の社会に一石、投じようと意気込んだのですが、不器用さゆえ、当時は理解されませんでした。三十数年を経た樽が開けられた時、その香りに溜め息を漏らした者も多いとか。今宵の一杯はこの港街にも溶け込むフレーバーをまとっております」


 フレーバーの材料を運んでくるのは変わらずお転婆娘だ。お客様もご存知なので苦笑いを。


「マスター、SDR、シングル」


 なんと、またシングル。しかもツースト。中々の分かるお方。


「どうぞ」

「ピュアだ。混じり気のない味だ」

「はい。一切の贅肉を削ぎ落とし本質のみを味わえる一品となっております。これをお出ししようと思ったのは我が家の軒先に原酒があったからです。しかしながら、その一本は保管状態が悪く持ち味のかすかなスモーキーさを失っていました。今、ここにあるのは私の夢です。もう一度、味わいたい、味わっていただきたい、という想いが形を成したものだと」


 お客様は体が温まったようだ。この寒波で私も時間を持て余し気味。さぁ、次のオーダーを。


「小刀ターボ、忘れるところだったよ」

「流石です、覚えていらっしゃる」

「あれ、マスターのオリジナル?」

「うーん、どうでしょう。イグナイター修理職人さんから譲渡を持ちかけられたのは本当なのですが。まぁ、お作りいたします」

「250ccにターボを付けよう、なんて思い付かないよね」

「普通はそうでしょうね、どうぞ」

「意外と飲みやすいね」

「はい。ですが僅かにグラスを揺らしただけで台無しになってしまう代物しろもので。お気を付けください」

「うーん、複雑な味だね。はまると抜け出せないかも知れない」

「この辺りにしておきましょう。強いので一気に回ります。ハートを打ち砕かれる前に」


 あのとき喋った馬力、過給圧が本物の測定結果であったことは秘密にしておこう。酒場には謎も必要だ。あぁ、酒は出さないんだった。私としたことが。


「マスター、カローラGT。って四輪だよね、あれ」

「はい。何を隠そう私の足です。乗り慣れているのでお作りするのも簡単でした。どうぞ」

「キレるね、辛口」

「皆様、そうおっしゃいます。このボトルからは想像できない味ですよね。新酒は豆腐屋で有名になったボトルの横にありました。主原料も同じです」

「マスター、ブレーキを焦がして下りを駆けるシーンはグラスの中だけじゃないでしょ」

「ははは、ご冗談を。公道は法規遵守で」


 カクテルの作成はカウンターの内側で行うものだ。それが建前だと噂される人物も知ってはいるが。


「ジクサー」

「どうぞ」

「新しい。でも安心できる」

「スズキならではの切り口ですね。スペックを求めず豪華な装備も求めず、ひたすら扱いやすく楽しい。若者の負担にもならない。飲むことをめる日が来ても二十年後、三十年後にも思い出す味。いつも一緒に過ごした頃を忘れさせない味に仕立ててみました」


 このお客様もそうだが最近は違いを理解する者が増えた。レプリカ一色、性能至上主義だった時代が嘘のようだ。


「ニダボ」

「CBR250RRですね。お待ち下さい」

「なんでニダボをここで出そうと思ったの?」

「新しいものを感じたかったんですよ。ジクサーとはまた違う意味でですが。二気筒に倒立フォークで電子デバイス満載。250でSS、スーパースポーツと名告なのること自体、新しいじゃないですか。どうぞ」

「これも思ったより辛口だね。だけど飲める人は多そう」

「そこがホンダですね。最後に一番、良いものを出し外さない。バランスもいい」


 ホンダの姿勢を後出しジャンケンだと評する者もいるが私はそうは思わない。飲むものを唸らせる、旨い、と言わせる努力は見上げたものだ。


「YZF」

「ご所望はR6でしたね」

「うん」

「どうぞ」

「キリッ! だね。鋭く引き締まっているけど舌を刺さない」

「敢えてクロスプレーンを採用せず等間隔爆発で一気に吹き上がる官能的な一杯です。喉を駆け抜けるサウンドをお楽しみ下さい」


 お客様の言葉数が減ってきた。酔いが回ったわけではないだろう。アルコールは出していないのだから。喋りすぎただろうか。


「スコルピオ」

「どうぞ」

「角の丸い塊が喉を流れるよう」

「もう語られていますね。あの時代だったからインパクトがあったのだろうと思っていましたが、こうして今、開栓してもフレッシュかつ刺激的です」


 スコルピオに関しては「再生」の動きがあったとか無かったとか。ここは触れずにおこう。お客様の好みを完全に把握しているわけではないのだから。


「KDX」

「どうぞ」

「旨いねぇ。新酒で味わえないのが残念だねぇ」

「これもプライベートなストックです。でも私達は時代時代に合ったものを楽しめばいいんです。昔は良かった、は、オヤジですよ」

「マスターが話すからだよ。このカウンター越しに何杯、古き良きグラスが行き交ったと思ってるんだよ」


 む、お越しになったのが遅かったからか、もうこんな時間だ。


「次がラストオーダーとなります」

「え、もう?」

「はい、心残りなものがございましたら、この機会に」

「じゃぁ最後はGS1200」

「どうぞ」

「これ、他のお客さんのリクエストで入れたんでしょ」

「よくご存知で」

「マスターが出すなら、もっと引っ張ってからだと思ったもん」

いささか手の内を明かしすぎましたか。私が夜中にオークションなどでネタを拾っているのも見られていましたか?」

「見てない見てない。明かさない方がいいこともあるよ」

「これは失礼しました」

「ワイルドターキーの八年みたいだね」

「例えが良いですね。濃く太く。ストレートでこそ生きる味。そして頑張れば手に入る味」

「そう。この店にあるのはぜーんぶ、頑張れば見られる夢。優しいねマスター。じゃぁ行くよ。ごちそうさま」


 さて、外は雪か。お客様が家にお着きになるまで積もらなければいいのだが。うん? なにか視線を感じる。あぁ。


 天から覗いているお客様、あなたですよ、あなた。如何いかがでした? お喋りが足りない? あの店のこともコースのことも登場人物のことも? あ、赤い小刀も白いNSRも並ばなかったか。まぁこのバーの存在そのものがかみ様の気紛れなので。百話、続けばまたお逢いできるかも。


「知さん、お会計お願いします」

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