第49話 寡黙インパルス
今年ももう終わりだ。当然、山は走れない。好きこのんでブラックアイスバーンに突っ込む
ハイサイドでぶっ飛んだNSRが修復され暫くが経過した。
今日は知、久と共通するインカムが店長のヘルメットにも装着されている。先を行く知が問う。
「どう? 店長。調子いい?」
「今のところはな。やっぱり『西』か?」
「そのつもりだけど」
やや控えめに滑るように躍った二台が
「牧場までは流すぞ」
知のイヤスピーカーから低い声が響いた時だった。
「店長、後ろ」
「見えてる。取り敢えず行かせろ」
二人のミラーを射貫いたLEDが側方を通過する。
「丁度いい」
上下に印象的なブルーを配したライムグリーンは知のターゲットとなった。
スロットルが開かれる。インダクションの呼吸が聞こえる。チャンバーが吐く乾いた息が森に吸い込まれる。背中を捉えた。
「キレる」
車体を操る機敏な動作に無駄がない。コースも熟知しているようだ。
「行くか」
観察を終えた知がNSRを蹴飛ばそうとした瞬間、またミラーが
「
「あぁ」
後方の車両には見覚えがあった。軽二輪ナンバーの
「このペースにブラインドから追い付くって相変わらずだね、ふっ」
四台が連なりコーナーを削る。先頭を譲らないカワサキがあまりに鋭く弧を描くのでブルーインパルスさながらの走行となる。どこかの有名レーサーがカワサキの市販車はすぐにペグを擦ると言ったのは嘘だったのか。
頭も手足も忙しくなった知が仕掛ける機会を
インカムが鳴った。
「知、奴を前に出せ」
「何、言ってんの店長。あのカウル、ただのツアラーだよ」
「馬鹿野郎! ZX-4だ。尖りに尖ったレプリカだ。脚も見ろ。吊しじゃないぞ」
確かにファットなタイヤを支える倒立フォークも補強が施されたアルミスイングアームも古き良き時代の物ではない。店長が駆るGSX-Rも
カタナが音速で風を割る。知が続く、はずだった。だがカタナに続いたのはGSX-Rだった。
「え」
あの店長が組み上がったばかりの機体で熱くなるとは。信じられないと困惑する知の目前で三台がバトルを繰り広げる。
ZX-4のパイロットは膝ばかりか肘すらターマックに押し付けようかという姿勢で羊の皮を路面に接近させる。灼眼は普段通り脳内に装備されたバンクセンサーを用いステディなスタイルを貫く。店長のGSX-Rも良い動きを見せ最高のサウンドを奏でる。
「速い。あんな店長、見たことない」
知はこの光景を見逃すまいと目を凝らした。そして気付いた。灼眼がいつもと違う。余力がない。恐らく絶対的にパワーが足りないのだろう。今のところ卓越したブレーキングテクニックで差を保っているが立ち上がりで僅かながら離されるのが分かる。
灼眼がフルフェイスを傾けた。シールドが鈍く蒼い日光を反射する。その合図を受けブルーコメットがカタナを
エースの疾走が始まった。自ら調律した大口径キャブを大胆に操りクロスミッションを唸らせる。ZX-4のライダーも負けじと超軽量高出力な駿馬をねじ伏せる。
ギャラリーも唸る。
「ここは鈴鹿か!」
「三十年のタイプスリップだぜ」
図らずも目撃者となったオーディエンスの網膜は新たな伝説で焼かれた。
もう灼眼と知に前の二台を抑える気はない。ひたすら追走するのみだ。
ポジションは変わらずタイトなつづら折りを切り刻む名も無き名車と同世代のライバル。ゴールが近付く。
「ふっ」
インカムを通じて店長の笑いが漏れた。
最終コーナーに向かってGSX-Rが加速する。ライムグリーンの後尾にパールミディアムブルーのフェンダーが重なる。二台はリンクで繋がれたようにシルエットを形成すると平行四辺形の影を落とし脱出口を目指す。直後、息を合わせたかのように同時にアクセルを絞りきると並走状態でストレートに入った。
優劣は付かなかった。二本のナイフは時を同じくしてコントロールラインを突き刺した。
スローダウンする。アイコンタクトが取られる。両者とも瞳は微笑んでいる。小さく手を挙げた二人はそのまま428までクールダウンクルーズを行いZX-4は北へ消えた。
「店長。膝、擦ってたでしょ」
応答はなかったがGSX-Rに跨る後ろ姿は雄弁に語っていた。
(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。
バイク屋の店長は店にいる時は「店主」、店から離れると「店長」表記になります。会話文では基本的に「店長」です。
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