第48話 パーティーダウン

 午後三時を回り今期、最後の講義を終えた知が店に顔を見せる。


「お、来たか。バイク、玄関の横に置いてくれる?」

「え、どこ?」

「右。うーん、もうちょっと右」

「ここでいいの?」

「オーケー」


 出迎えた店主はサンタ帽だ。


「店長、そんな趣味あった?」

「昨日、久ちゃんが置いていったんだよ。これもね」


 腕には縫いぐるみっぽい生地を使ったトナカイの角が抱えられている。


「じゃぁちょっと」

「え、えぇ!」


 店主は両面テープの剥離紙を取り除くと角をNSRのカウルに貼り付けた。


「ディスプレイ完成」

「そのセンスはどうなのよ?」

「ふふふ、まだあるよ。奥でこれに着替えてきて」


 一言、放って持ち出したのはサンタクロースのコスチュームだ。ワンピースになっている。


「う、嘘でしょっ! こんな恥ずかしいもの着られるかっ!」

「せっかくディスカウントストアで買ってきたのに」

「ディスカウントかよっ!」


 いつから、こんなノリになったんだ、この男は。今まで一度もお祭りっぽいことに興味を示さなかったじゃないか。知の心の声だ。


「この俺がサンタ帽でサービスするんだ。さっさとお前も、これ着てこいっ!」

「うっ」


 妙に真剣で鬼気迫る表情に折れかかる知。


「ま、まぁ、肩も出てないし……」

「だろ。変なものは選ばないよ」


 押し切られたのか、その気になったのか。知は服を受け取りスタッフオンリーサインの向こうへ消えた。


 店主は上機嫌でコーヒーを淹れる。と、その時、鐘が揺れた。


「こんにちは」

「大島君、いらっしゃい。カタナじゃないんだ」

「今日はこれを皆さんに持ってきたので」


 緑釉りょくゆうの小刀の大島だ。普段は客のカフェオーナーは挨拶もそこそこに数個の段ボールを運び次々とケータリングボックスを広げた。


「凄いね」


 店主が驚いたのも無理はない。特大のホールケーキにローストされたターキー。数々のオードブルと自らのカフェで焼き上げたパン。丁寧に紙に包まれたシュトーレンの横には席を盛り上げるためのクラッカーまで添えられている。


「スタッフが頑張ってくれたんで、お裾分けです。どうぞ」

「いや、とてもお裾分けっていうレベルじゃ……」

「いいんですよ。僕が持ってきたいから持ってきただけですから」


 もらったものじゃないんだからお裾分けはないだろう。が、粋な計らいとして受け取っておくか。店主が礼を述べているともう一人のサンタクロースが飛び出した。


「こ、これでいいかな……」

「知、ジーンズは脱がなくていいっ!」

「え、えっ、スカートになってるから……」

「いいから穿いてこい!」


 日頃ジェントルな大島青年がここぞとばかりに意地悪に笑う。


「ふっ、はっはっは。いいじゃないですか、そういうプレイも」

「プ、プレイ!」


 顔を真っ赤にした知が派手にドアを鳴らし下がる。


「じゃ、僕はこれで」

「え、大島君は帰るの?」

「はい、かき入れ時ですからね」

「あぁ、そらそうだ。わざわざありがとうね」


 大島が去ると入れ替わるように久と本田少年が扉を叩く。


「学校、終わりましたー」

「久ちゃん、本田君、いらっしゃい」

「うわぁ、凄いですねー、パーティーですか?」

「いや、予定していたわけじゃないんだけどね。久ちゃん達こそ予定ないの?」

「健全な高校生ですから、ここで楽しんで夜は家で家族とケーキです!」


 さっきは飛び出してきたサンタが気配を消しつつカウンターに近付く。


「あ、知さんサンタ! 可愛いですよー」

「あ、あぁどうも」


 なんだか年下の高校生にもからかわれているような気弱なサンタクロースの出来上がりだ。


 久達を皮切りに常連が集まってくる。いつかNinja SLで久を導いた多田、東京タワーの百地ももち大太刀おおたちの関、わるっぽい単車の不器用な王子。気の置けない仲間が続々と訪れ賑やかさが増す。ある程度の人数が揃ったところで皆で大島からの贈り物をカウンターやテーブルに配置する。持ち寄った飲食物やパーティーグッズも配られ、それぞれが適当な場に着く。次いでノンアルコール飲料がそそがれると一斉に声が上がった。


「かんぱーい!」

「皆さん、クリスマスにこんな所にいていいんですかー!」

「いいのいいの」

「そう、ここが俺達の居場所なのっ!」


 久の突っ込みも正面から打ち返される。


 宴もたけなわとなった頃、店の前に立つ影があった。気付いた知が表へ出る。


「どうしたんですか?」

「……用がなくちゃ……」


 言葉に詰まる男の後ろから関が言った。


「理由がなくちゃ来ちゃ駄目かな? 僕が呼んだんだよ 」


 関の目は微笑んでいる。


「ほら顔を上げて」


 関が声をかけると山ではライバルのワンピースサンタが背中を押した。


「入りましょう」


 男が足を進めるのを確認した知は被っていたサンタ帽を小刀のスクリーンに託す。


「誰? 関さんの友達?」

「うん、そんなところかな」


 彼を知らない者達もその会話一つで招き入れる。応じる彼は言葉数は少ないものの居心地は良さそうだ。


 ホスト役で忙しかった店主が手を空け背中から知の肩に触れる。


「良かったな、プレゼントだな」

「うん」


 久が自慢の最新スマホを掲げた。


「はい皆さーん、笑ってー!」


 シャッター音が鳴り響き全員で画像を覗き込む。知は小さなモニターの中で初めて男の笑顔を見た。


「この一瞬を忘れたくない」


 呟きを胸に仕舞う知。


 すっかり暗くなった店の外ではNSRトナカイとカタナサンタが雪を待っていた。





(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとは失礼に当たらない距離感を保ちましょう。ノンアルコール飲料も、通常は成人のために製造、販売されています。未成年には出さないようにしましょう。


皆さん、Merry Christmas!

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