第46話 男のバイク

※特定の車種を出して、というリクエストを頂いたので二時間ほどで一気に書きました。ご期待に沿うものになっていれば良いのですが。



「では遅くとも明日中にはお振込いたします。ありがとうございました。行くぞ」


 荷台に一台のバイクを積んだ軽トラに店長と知が乗り込む。


「社会人になるからバイク卒業する、とか、悲しいね」

「ま、人それぞれってことだ」


 助手席からの呟きに応えた店長がクルマを発進させる。


「キャッシュで払わないって店長にしては珍しいね」

「以前、現金の受け渡しでちょっとトラブったことがあってな。慎重になってる」

「ふーん。こんな所まで買い取りって、しょっちゅうあるの?」

「いや、クマさんの甥っ子だって。だから」


 常連客の依頼による買い取り出張だ。仕事は簡単に片付いた。甥っ子とその家族はクマさんを信頼し、クマさんは店長を信頼している。話は早い。なぜ知が同行しているかというと天気予報が豪雨だったからだ。


「大雨ならどうせ誰も来ないでしょ。暇だから私も行くわ」


 この一言である。


 二人がインターに達しようかという頃、ポツリポツリと水滴が落ちだした。高速で波に乗ったところでワイパーが必要となる。こんな所、といっても隣街だ。流れが悪くなっても店までは数十分か。


 雨脚が強くなり電光掲示の速度制限が数値を低下させる。軽いトランポの高い位置に重量物を積んでいるのだから無理な運転はしない。数字に従う。天国で悲しいことでもあったのか更に空が号泣する。ワイパーの動きも激しくなる。車内ではくだらない話が続き店長はいつもの通り受け流していた。が、突然、言葉を止めた。


「うん?」


 降りしきる雨粒を抜けミラーに深いイエローのビームが射し込んだ。段々と強く大きくなる。


彼奴あいつ

「え、なに?」


 知の疑問の横を黒一色の大きなカウルが雨を切り裂く疾風の如く駆け抜ける。すぐに前方のテールランプと化したのでハッキリとは視認できなかったが角張った形の大型車だというのは知にも理解できた。ライダーはレーシングスーツ姿でレインギアは用いていない。


「知、ちょっと急ぐぞ」

「え?」


 店長は少しだけアクセルを余分に踏み込んだ。


 ゲートを抜け下道したみちに出ても店長の顔にはいつもより焦りがうかがえる。


 最後の交差点を曲り店の前の直線に入ると閉ざされた玄関の前に、さっきの「黒いヤツ」がいた。


 トラックを停め店長がドアを開く。


「こんな日に女を待たせるなんてやるじゃない」


 台詞せりふあるじは左手にフルフェイスを持ち、ずぶ濡れの皮ツナギをまとった長身の女性だった。


「え、女の人なの」


 知の驚きが簡単にスルーされ二人が挨拶を交わす。


「お前バカかよ。さっきは雨の鈴鹿かと思ったぜ」

「いいから早く開けなさいよ」

「あぁ」


 荒くなった口調と共に店長がロックを外す。


いたぞ、入れ。知、お前も中で休んでろ。俺はクルマ仕舞ってくるから」


「お客さん、今、タオル持ってきますからねー」

「いいよ。それよりシャワー借りるよ、店の」

「え、えぇっ」


 女は戸惑う知を置いてツカツカと店の奥へ進み慣れた手つきでスタッフオンリーのドアを引く。半ば店主の住居ともなっているのでシャワーなど最低限の設備はある。ある、が、平然と客が使用するなど前代未聞だ。


 店主が戻ってきた。


「あいつは?」

「シャワーだそうです。店長様」

「なに? その店長様って?」


 知は無言になる。


 十数分を経て女が姿を見せた。


「借りたよ」


 店主の作業用ツナギを着ている。その体躯もあって異様に似合っており第二の整備士が現れたかのようだ。女は髪をタオルで拭きながら歩み、二人の前で店内をぐるっと見渡すとカウンター前に着座した。


「変わってないねぇ。智明さとみ、コーヒー入れてよ」

「私がやります」

「ふむ、君が知君か」


 なんだこの女は。勝手にシャワーを使い店長の服を当然のように奪い店長を名前で呼ぶ。しかも会ったことがない私の名まで知っている。馴れ馴れしい。知は謎と疑いを抱くと共になんともいえない感情が湧いたのを覚えた。


「GSはピットに回しといたよ」

「ありがと。後でいいからオイル換えといて」

「了解」

「コーヒー入りましたー」


 さえぎるように憮然とした面持おももちでカウンター天板にソーサーとカップを置く知。なにかを察したのか店主の表情も渋くなる。


「お前、相変わらずあんな走り方してるのかよ。もっと自分を大切にしろ」

「言うようになったねぇ、ふふふ」


 店主の気遣いを笑みでかわした女がコーヒーに手を伸ばす。


「渋い、渋いよ知ちゃん、知ちゃん渋い!」


 それはそうだろう、思いっ切り濃くしてやった。でも今度は「ちゃん」付けか。知の心の声だ。


 オイル仕上げの木目にどんっ、と、箱そのままのミルクとスプーンが刺さった砂糖瓶が追加される。


「なんか刺々とげとげしいんだけど」

「そんなことありません、お客様」

「お客様ねぇ」


 女はがさつにミルクと砂糖を投げ入れかき混ぜる。


「じゃ、オイル換えてくるよ」


 見ていられなくなった店主が逃げるようにピットに向かう。取り残された二人の間を微妙な空気が漂う。それを高速の雨と同じように切り裂いたのは「客」だった。


「知ちゃん、智明と付き合ってるの?」

「え」


 いきなり投げられた直球にどうしていいか分からなくなる知。


「だからイイ関係なのかっていてるのよ」

「そんなんじゃないです! ただの客です」

「ただの客がカウンターの内側に入って接客してるの?」

「それは……」

「ふーん」


 やわらかく微笑むような眼差しに耐えられなくなった知は不審者のような行動をとった。


「店長、遅いなー。見てこないとなー。うん、見に行こう。ちょっとピット、覗いてきます」

「いってらっしゃーい」


 一層、柔和になった目に見送られた知が作業場に入る。


「なにこれ」


 知の視線が据えられた車体に釘付けになった。


 フレーム、タンク、ホイール。あたかも空冷と映ることを強調するかのような独特の形状のハーフカウル。その全てが黒色こくしょくに塗装され、タンクのメーカーエンブレムさえ溶け込むように落とされている。それでいてクラッチやシグナルジェネレータのカバー、フォーク、スイングアーム、レバーは銀色に残され美を放つ。知が知っている車種ならGSX-R1100の初期型が最も近いが威圧感が桁違いだ。マットブラックのメガホンマフラー、イエローバルブが挿入され正面を見据えた二眼。着色されたモールディングを伴わずクリアで異様に大きなスクリーン。全てが知でも分かるクラシック指向だが全体のフォルム、構成するパーツを細かく観察すると「旧車」ではない。素直に尋ねることにする。


「店長、これなんていうバイク?」

「GS1200SS」

「旧くないよね?」

「あぁ、2001年だったかな、発売」

「これは最初からこうなの? それともカスタム?」

「最初からだよ。此奴こいつでモディファイされているのはシングルシートカウルくらい。それも純正に近い形状だから、ほぼ吊しと言っていいよ」

「じゃぁメーカーが狙ったんだ」

「そう。知は知らないだろうが七十年代後半から八十年にかけての耐久レーサーがモチーフだな」

「売れてないよね」

「無論。メーカーも分かって出したと思うよ。創りたかったんだろうね。ただ造りたかった」

「なんかいいね。このバイク自体もメーカーの意気込みも」

「分かるのか? お前、前から思っていたが変なところがあるな」

「そうかな、いいと思うけどな、この無骨さ、鉄感、かたまり感」

「今の言葉、開発者に聞かせてやりたいぜ。異常なし、っと」


 店主が立ち上がりツールを所定の位置に掛ける。それを確認した知が店内へ帰る。


「どうだった?」

「はい。終わったようです」

「そう」

「あの、いいバイクですね」

「あなた分かるの?」

「分かりますよ、勿論」


 知の輝く瞳によって一気に打ち解けた雰囲気となる。GSについて会話が弾む。知には縁がなかったクーリーなる人物も飛び出す。


「智明、いい子、雇ったわね」

「雇ってない。ただの客だ」

「さっき誰かさんからも同じ事、聞いたような、ふふふ」


 その後は店主と女のお互いの近況報告などに花を咲かせ、知も時折、朗らかに加わった。


 雨が上がった。


 一頻ひとしきり店主と話し込んだ女が席を立つ。GSはあらかじめ店の正面に出庫されている。


「知、お会計して」


 お客様控えを手元に明るく金額を読み上げる知。


「ちょっと、高いじゃない」

「最高のオイル入れといたぜ。お前の扱い方は承知しているからな。油冷なんだから諦めろ」

「しっかりしてきたねぇ、智明君。知ちゃんも守って。お姉さんは嬉しいぞ」


 支払いを終えた女はドアの鐘を鳴らし愛機のもとへ向かう。店主達も後を追い表での別れとなる。


「スーツ、なんとかしといてね。取りに来るから」


 決まり文句のように告げるとオイルが付着した店の仕事服ワークローブのままGSに跨り颯爽と去る。その絵になる光景に知は飲まれた。


「カッコイイ」

「そうか? 当時のカタログには男のバイク。ってあったんだけどな」

「乗り手と相反する、いや、一体となる、かな、硬派なスタイルが合ってる」

「でもなにがお姉さんだよ。俺より何歳、年下だよ。あの酷い皮ツナギもどうしたらいいんだよ、全く。変わらねえな、あいつ」

「ところで店長、あの人とどういう関係?」


 急に改まった態度となった知が店主に問う。


「どういうって昔のレース仲間。俺がメカのチーフでアイツがサブのパイロット。エースがアイツの彼氏で親友だ」

「え、エースがアイツの彼氏だった? っていうことは店長の彼女でも元カノでもないんだね? ないんだねっ?!」

「ないない」

「そうなんだ。そうなんだー、なーんだ」

「なんか嬉しそうだな」

「そんなことない。そんなことないよ、うん。さ、戻ろー、戻ろー」


 知がノブに手をかけ再び鐘を鳴らした時、心なしか横顔は初冬の暖かな夕日で染まっていた。





(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。



バイク屋の店長は店にいる時は「店主」、店から離れると「店長」表記になります。会話文では基本的に「店長」です。

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