第45話 不思議リサイクル
「あっという間に秋が終わったのに今日は十二月とは思えない陽気だねー」
「あぁ」
「ホントに最近は季節が読めないねー」
「あぁ」
「お日様の妖精でも騒いでるのかな」
「あぁ」
「やっぱり。聞いてないでしょ、全く。おかしなことを口走っても反応無し」
「そんなことないよ。こんな日は妖精が現れるんだ」
「え。どうしたの? ちゃんと聞いてるし」
懲りずに話を振り続けているのは知。いつものように受け流しているのが店主。場所も変わらずお馴染みのバイクショップだ。
「だから妖精が来るんだよ」
「……」
柄にもない言葉を恥ずかし気もなく普通に呟きつつ工具を持つ店主。声のやり場を失った知が雑誌をめくる。
「ほら」
数分後、店主が口を開いた。と同時に耳に新しいツーストスクーターのサウンドが近付き店の前で静かになる。
玄関の鐘が鳴る。ツールを置き立ち上がった店主が出迎える。
「いらっしゃい、ウサギちゃん」
「あぃ」
「ウサギちゃん?」
入ってきた客との挨拶に知が割り込んだ。
「あー気にしないで。そういう名前の人だと思っていればいいから」
「あぃ」
柔らかな白のフェイクファーを巻いた水色の髪がにっこりと笑みを浮かべる。突拍子もない色なのにとても染めたとは思えない髪と幼い容姿に透き通る肌。身長も免許を持つには足りないようにさえ感じられる。
店主が用件を尋ねる。
「で、どうしたの?」
「坂、登らないの。音は頑張ってるのに」
「クラッチ?」
「そうだと思う。加速も同じなの」
「でもクラッチならウサギちゃんが直せるんじゃないの?」
「なんか面倒なの。それにマスターの顔、見たくなったのっ!」
滅多に訪れない客らしい。そして店主をマスターと呼ぶようだ。知は察した。しかし店主は常連のように接客しいるではないか。これだけ長期に渡って店に通い詰め、半ば店員と化している知が知らないとは店主が呼ぶ名の如く不思議だ。
興味が湧いた知は次に持ち込まれた車体を観察する。如何にもクラシックな、というか、アンティークな
「アールエー、ビービーアイティー。ラビット?」
「そう。スバルって言うと語弊があるかな、富士重工だ。知、知らないのか? 鉄スクでは一番、有名だぞ」
「鉄スク?」
「鉄で出来たスクーターだ。昔はみんなこうだったし愛好家も多い」
知は車両と共にオーナーにも関心を抱いたので思い切って話しかけてみる。
「あ、あの、ウサギちゃん……」
「あーぃ、知さん!」
「え、なんで私の名前を……」
「この店に関わることならなんでも知ってるのー」
「なんでも……」
「あぃ」
「このバイク、どうしたの?」
「どうしたの? って、なんで乗ってるか、ってことなの?」
「そう」
「爺ちゃんが要らないって言うから蔵からもらってきたの」
「へぇー、それで動いたんだ」
「ううん、動かなかった。だから直したの」
知は店主に視線を向けた。
「店長がレストアしたの?」
「いいや、ウサギちゃん。何十年も放置されていた不動車をこの
「ひひぃー。エコでしょ。リサイクルリサイクル」
凄い。とにかく凄いと表現するしかないほど不思議な女の子だ。
「確かに面倒だな。スプリングのテンションなんかもあるしな。部品がないからライニングは貼り替えになるよ。同じライニングだからシューもいっとく?」
「いっとくー」
「業者に出すから何日かな」
「とっきゅー」
「分かったよ。特急便、特急仕上げね」
「来る時に使っちゃったから混合油、入れといてねー、なの」
「オーケー」
「貼り替えだからこれもリサイクルなのー」
知が疑問を挟む。
「混合油って?」
「ガソリンにツーサイクルオイルを混ぜた燃料だよ。軽四がツーストだった頃はスタンドでも普通に入れられたんだ。この間、スタンドが発行した混合油の納品書、見たよ。給油のレシートだな、親父の学生時代の」
「それ見たい。今度、持ってきて」
「捨てたよ」
「なんと! ネットで売れたかも知れない貴重品を」
「ゴミだ。で、混合油がツースト用のガソリンだってことは分かった?」
「分かった」
「ラビットはそれで走るんだ」
「じゃぁ私のNSRもそれを入れればオイル要らないの?」
「そうなんだが、そのままではお勧め出来ない。最初から分離給油で設計されたエンジンは分離給油に適したオイル送路があるから」
「ふーん」
「とはいってもNSRも競技用途では混合給油化されることが多いけどな。というか、お前、それも知らんのか?」
「うーーーーん、聞くは
「恥さらし!」
「客やめる。もう整備に出さない!」
「金にならない客がいなくなって助かるぜ」
「まぁまぁお二人ともー」
どこから取り出したのかウサギちゃんの両手には一本ずつロリポップが握られている。
「ほらほらぁ」
口元に押し付けられ仕方なく包装を剥ぐ店主と半店員。飴の棒が指す方向は正反対だ。
天使のように微笑むウサギちゃんの前で再び会話が始まる。大きなロリポップが口を塞ぐ。
「ハンドルりレバーが二本あるろにペダルも付いれるよ。どうらっれるの?」
「左のレバーはクラッチら。グリップチェンジ、ハンドチェンジらよ。グリップを回しれ変速するろさ」
「切り替えるのー」
答えるのは店主だが合いの手が入る。間抜けさに気付き飴玉をしゃぶるのを中断する。
「へぇー。
「これはS301だから三速。これに一部、外装が使われているS302は四速。オートマチック、トルコンもあったよ」
「一番おっきいのはS601なのー。高速も走れるのー」
「S101があっただろ」
「流石マスター!」
喋りながら一通り点検していた店主の手が止まった。無邪気な少女は問う。
「他に悪いとこ、ない?」
「うん、大丈夫……だと思う。ここまで旧いと即答は出来ないよ。なにか飲んでく?」
「ミルク!」
「知、ミルクにお砂糖入れて上げて。たっぷりね」
出されたマグカップを傾け甘い香りを漂わせた彼女が席を立つ。
「メット置いていくのー、よろしくねー。ばいばい」
水色の髪が舞うと音もなく扉を通り抜け消えた。
「店長、あの娘、いつからのお客さん?」
「いつだったかなー。確か今日みたいに冬の暖かい日に突然、入ってきて」
「じゃぁどこに住んでるの?」
「知らない」
「じゃ、あの名前は?」
「最初に来た時に、名前なんていいのー、って言うからそれっきり」
「店長。それじゃウサギちゃんならぬフシギちゃんじゃない」
「だから言っただろ。こんな日は妖精が現れるんだ」
「妖精か」
初冬の午後。魔法のラビットを前にして、悪戯っぽく笑う「マスター」に
(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとは失礼に当たらない距離感を保ちましょう。
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