第44話 それぞれのナイトスケープ

※一部「第26話 孤高のスナイパー」「第40話 レイン」を押さえた展開となっています。



 太陽が水平線に隠れようかという頃、天覧台の階段を上る三つの声があった。


「カーブ、怖いですよぅ。帰りは暗くなるのでもっとスピード落としてください」

「なに言ってんの。法定速度だよ、法定速度。あんなんで走ったことないわ」

「知さん。本田君、慣れてないんですから、初心者なんですから!」

「久さん、そんなに初心者を強調されると流石に恥ずかしいです……」


 そう、ガレージのレギュラー、知と久に最近、免許を取得した本田少年のパーティーだ。


 同時刻、「西」をやや慎重に流す白い箱と東からの高速を巡航する黒い機体があった。いつか知とったAE82カローラGTと二度、ピットを利用したブラックバードだ。


「さぁ、試しますよー」


 久がフェンスに向かって駆けて行きライディングジャケットからなにかを取り出した。


「おぉー、すっごいです! 最新式、万歳!」


 自信満々の表情で輝く画面を残る二人の目前にかざす久。


「分かった分かった、嬉しいのがよく分かった」

「知さん、なんか冷たくないですか」


 愛想無くかわした知の顔面に久が右手を突き出す。握られているのは昨日、販売が開始されたスマートフォンだ。


「これのカメラ、もうブッチギリの性能なんですよ」

「だからって夜景を試し撮りするためだけに私達まで誘う?」

「それはもう一蓮托生ですから」

「久さん、言葉の使い方が。それにブッチギリって……」


 一歩、引いて気配を消していた本田少年が小さな声で突っ込んだ。


「そろそろ灯が点き始めますよね」

「二十分もすればいい具合なんじゃない」


 百万ドルの夜景を待つ会話だ。


 そうこうしている内にパープルに染まった空が更に深く藍色へと落ちていく。


「撮りますよー」


 スマホのモニター光がはしゃぐ久の笑みを照らす。


「おっ、おおおー。本当にすっごいです! 見てください!!」

「久さん、美しいです!」

「少年! 同級生に気遣いやお世辞は不要だ」


 割り込むきっかけを作ろうとした少年をさえぎった知に「写真」が押し付けられる。そこには携帯電話で撮影したとは思えない輝く街があった。


「これ、帰ったら店のPCで見ようよ。あの大きさなら、きっともっと綺麗だよ。それに真の性能も晒される」


 そのパフォーマンスに素直にならざるを得ない知。


「はい、そうしましょう。じゃあ、みんなで記念に一枚。こっち来てくださーい」


 久によって高く掲げられたスマホに街をバックにした三人が収まった。


「一眼レフなんて要らないですねー!!」

「はいはい。帰るよ」

「お願いですからゆっくり……」

くどい。分かってるよ。こっちだって初心者、事故らせたら洒落にならないんだから」


 本田少年の懇願に渋い顔をした知が少年と上機嫌な久を連れてバイクのもとへ戻る。ライディングギアを身にまとい愛機達に鼓動を返した一行はパーキングを去った。


 と同時に箱が入ってくる。コンクリートの壁に沿って停車しイグニッションを切った男がトランクを開ける。開けた腕で長いブラックケースを二つと重量がある鞄を掴む。知とのあのバトルを演じた西をデリケートにドライブしたのはこのバッグの中身のためだ。


 先ほどまで久達で賑やかだったビューポイントに荷物を運ぶ男。着くと機材のセッティングを始める。十一月の後半ともなると観光地であるこの場所も配慮すべき他の客はいない。


 先ず三脚を二本、立てる。一本はカーボン、もう一本はスチールだ。次いで設置した三脚にカメラボディを載せレンズを装着する。


「150と85」


 大まかな位置に据えた三脚で遠景にフォーカスを合わせると微妙に位置を動かしベストなアングルを探る。アングルが決まるとペンライトで水準器を照らし正確に水平を出す。重いカメラバッグが閉じられ一本の三脚にウェイトとして吊される。


「メリルはf/7.1で30秒。クアトロは4秒でSFDモード(注1)」


 ここまで足を運んで失敗は許されないので鉄道員のように呼称し確認する。


「ふぅ」


 深呼吸した男がレリーズを握り撫でるように押した。


 長時間露光とその処理で数分を要したカメラの背面モニターを覗く男。結果を見定める。


「レンズは中間とワイド側が欲しかったな。105、50かな」

「クアトロも要らなかったかも知れないな」


 男の脳裏にやや反省に近いものがぎる。


 その後、男は約一時間半をかけ湾岸エリアと港街をカードに記録した。


 機材を片付け撤収する。設置もそうだったが男の動作には無駄がない。手際よく短時間で持ち込んだ時の状態にギアを収納すると自販機でコーヒーを買う。レリーズから離さなかった手に熱が移ると男はクルマへ向かった。


 レモンイエローのLEDが駐車場を後にする。と、間を置かず黒鳥が舞い降りた。


 パイロットは防具を外すと知達や男が下ってきたばかりの階段を星の方へ通り抜ける。勿論、愛機の後部に備えられた軽合金ケースにはフォビオンがある。だが彼女も無駄を嫌う。余計な重荷を伴わないよう先に現場を確かめる。


 展望台のはかない照明による影が防護柵の前で止まる。のちにファインダーを覗くであろう瞳で人の営みが放つ無数のきらめきを見詰める。程なくして彼女は呟いた。


「最近スマホで充分っていうのも聞くけどやっぱりね」

「f/7.1、30秒。50ミリ、105ミリでクアトロは要らないわね」


 囁きは山の闇に吸い込まれ以降の彼らの行動を知る者はいない。





注1: メリル、クアトロは三層構造の撮像素子、イメージセンサー、Foveon(フォビオン)の世代名です。それぞれ特徴があり得意、不得意な被写体があります。SFDモードとはSuper Fine Detail Modeの略で、調高精細、高階調な画像を記録する機能です。



(いつもの注意) 法定速度以下で走行することを普通じゃないように表現している部分がありますが演出です。公道は法規遵守で利用しましょう。


ネタ切れ気味もあって思いっ切り趣味に走ってみました。たまには力を抜かせてください ;) 次回からは二輪の話に戻ります。

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