第42話 ライセンスかこつけツアー
「店長。本田君、卒検、受かったらしいです」
「お。で、もう試験場、行ったの?」
「明後日が開校記念日で休みなので行くらしいです」
「明後日? それならみんなで行こうか」
「え、なんでですか?」
「丁度、定休日だし暇だから」
「なんですかそれ」
話し始めたのは久。本田君免許取得ツアーを切り出したのはいつものバイクショップの店主だ。
「じゃぁ、そういうことで。明後日、九時に集合ね。本田君にはライディングジャケット着てメットとグローブを持ってくるように伝えて」
「え、えぇぇ」
「いいからいいから」
常時、要らない会話では店主を押している久が店主に押された。
そして当日。集合時刻である。
「おはようございます。なんか、僕なんかのために……」
恐縮する本田少年を横に店主が軽トラを準備する。
「店長。なに載せてるの?」
なぜか同席する知が問う。
「ふふふ。メインイベント用最終兵器」
言葉通りだと荷台のシートを被った物体は本日のファイナルウェポンらしい。
「久ちゃん、知、出るよ。知はあれ持ってきたよね?」
「あれね、うん」
「本田君、助手席に乗って」
準備が整い出発する。単車二台が前、その後ろをトラックが追う。
試験場といえど役所仕事なので時間は待ってくれない。躊躇なく都市高速に入り西を目指す。
渋滞もなく順調に
「本田君、頑張ってね」
「き、緊張してきました。皆さんまで巻き込んで落ちたらどうしよう……」
「教習所、出て学科試験で落ちたなんて聞いたことないわ」
「知さん、余計なプレッシャーかけないで上げてください」
相変わらず少年に対して素っ気ない態度を取る知に久が返した。再び店長が振る。
「じゃ久ちゃんと知は行こうか」
「どこに行くんですか?」
「すぐ近くだよ。免許の交付は四時前だから時間が空くだろ」
不思議に思う久を連れて十分足らずの道を辿った一行が目的地に着いた。それぞれ適切な場所に駐車する。そこは地元の人々から親しみを込めて
久がはしゃぐ。
「お参りですかー! 勿論、本田君の合格祈願ですよね!」
「そうだよ。ここは名前の通り歌聖柿本人麻呂を祀っているんだ。歌道の神、そこから学問の神ともされるんだ」
本堂へ向かう三人。左に掲げられた木札に従い二礼二拍手一礼を行う。久の祈りが漏れる。
「本田君が合格しますように。お二人は他になにか願いましたか?」
黙って頭を垂れていた二人が口を開く。
「秘密だよ。それに今日の免許なんて取れて当然だから祈ってないし」
「知。ツンドラキャラは飽きた。俺は本田君の交通安全も願ったぞ」
さっさとお守りを買いに行く店長を知が睨む。
「万年赤道直下に言われたくないわ」
「久ちゃん、知、隣も行くぞー」
知の皮肉は熱帯の暑さも打ち破る明るい声でかき消された。
「うわぁ、綺麗ですね」
「それに落ち着くだろ」
広がる美しい石庭。先ほどの神社と異なり人はいない。月照らす寺とはよく言ったものだ。この眺めと静寂に月光が差し込めばさぞ美しいだろう。
「知さん、未だ時間ありますよね。どうするんですかね」
「久。それは心配ない。このあと投影がある」
「投影?」
戻り全員で最後にもう一度、深く頭を下げエンジンに火を入れると一分の移動となった。
店長はまた駐車場に軽トラを入れ残る二人はドームとタワーから構成される建物の玄関にバイクを着ける。
エントランスへ向かう中、知がチケットケースを取り出した。あの夜、灼眼が手渡してくれた三枚だ。
「はい」
久と店長が一枚ずつ受け取る。もぎられた半券を受け取ると先ずプラネタリウムの入場整理券をもらう。普段なら整理券など用意されていないのだが例の
開演には未だ少しあるようだ。三階の展示室を回る。隕石や銀河系のミニチュア、宇宙開発の歴史が置かれた天文ギャラリー。各年代の時計からセシウム原子時計までが並べられた時のギャラリー。独特の照明もあって飽きない。
「そろそろだな」
「本田君、大丈夫ですかねー」
「久、そっちはどうでもいい。プラネタリウムだよ」
氷は解けないが店長が無視して進む。
二階プラネタリウム待合室に立つ三人。開場の案内を待つ。
「それでは開場となります」
一歩、足を踏み入れるとあの世界があった。あの世界。知が某アニメーションの中で見たプラネタリウム、そのままの光景だ。シート、出入り口、室内の各所、トリのカールツァイス・イエナUniversal23/3。隈無く再現されている。いや、これは間違いだ。再現しているのはアニメの方であってオリジナルはこちらだ。
投影機に近付く。1960年稼働、重量二トン。日本最古のプロジェクターが控えめなイルミネーションにより鈍く輝く。この金属の塊に魅了された者は再びこの地を訪れることとなるだろう。そう思わせる
ソーシャルディスタンス確保のため間に一席、空白を作り着座する。照明が落ちる。シートに沿って首を傾ける。解説員の美声が響くと館内は一瞬にして幽玄の世界と化した。
太陽が半球の天をオレンジに染める。ゆっくりと落ちていき地平線に姿を隠す。紺碧の空が漆黒へと変わる。人々の営みが放つ光により失われた黒い空に無数の星が浮かぶ。
投影機がゆっくりと体を傾斜させつつ回転すると満天の星が足を速め時間を刻む。それはまるで本当に草原にでも寝転がっているようでフィラメントが織り成す芸術とは思えない。
「
灼眼の一言が脳裏を掠める。
投影前後に消毒時間を取るため短縮された四十分が終わった。心がドームの壁に吸い込まれていた知と久は余韻に浸っている。
知がふと気付いた。店長の気配がない。気配がないというか息がない。
「店長! 起きなさい! 折角ここまで来て、なんで寝てるのよ!」
「引きます! オッサンです!」
「気持ち良かったのにぃ」
この後、十四階、展望室で心ゆくまで景色を楽しむと駐車場所へ戻る三人。
「よし、本田君を迎えに行くぞ」
「ラジャー」
本田少年とは受かっても受からなくても試験場の前で待つように約束してある。落ちていたら長い憂鬱を過ごしたはずだが、そうでなければ今、歩道に出た辺りだ。
見付けた。目がしっかりとこちらを捉えている。久がシールドを上げた。
「どうだったー?」
「受かりました。免許証です!」
緑の帯も眩しいライセンスカードを掲げる顔はいくらか誇らしげだ。
「よし、乗って乗ってー」
少年は店長に促され助手席のドアを閉める。
「付いてきてー」
店長はバイク二台にそう声をかけると北へ三分、クルマを走らせた。
二輪用品店のパーキングへ入る。奥の広めのスペースに決して綺麗とは言えない軽を停めると降り立ち宣言する店長。
「本日のメインイベント、始まりー。あ、ちょっと待って。挨拶だけしてくるから」
店内へ駆け込み飛び出してくる。
「話は通してあったんだけどね。場所、使わせてもらうから一応」
「で、なに?」
知の突っ込みは軽くスルーされ荷台を覆っていたシートが取り除かれる。
「あぁ」
一音、漏らしたまま本田少年は微動だにしなくなった。
そんな彼を残し店長がラダーを渡す。メタリックブルーの車体が下ってくる。機体が大地に降り立つと店長は手際よくシートとラダーを片付けヘルメットとグローブを取り出した。
「本田君、おめでとう」
キーとお守りが
「泣いてるの? 本田君」
「久、ほっときなさい」
気遣う久と返す氷河に店長が告げる。
「じゃ、帰るぞー。
「マジ?」
「マジ。免許、取り立てで、あの路側帯もない高速は危ないから。あ、それからガレージにちょっとしたパーティーを用意してるよ、知が」
「言わなくていい!」
本田少年がバイクに跨る。ミラーを合わせる。おもむろにキーを捻る。スターターに指を伸ばす。
深呼吸の一拍を隔てシングルの鼓動が空気を震わせた。
「久ちゃんが先頭、本田君が二番目、知が次で俺は後ろ。じゃ気を付けて」
ギヤを鳴らしクラッチを繋いだ少年は背中を押される感覚を初めて味わった。グースというガチョウの羽に押される感覚を。その羽は今にも羽ばたいて少年をどこへでも連れて行けそうだった。
(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとは失礼に当たらない距離感を保ちましょう。ストーリー中、流れで
バイク屋の店長は店にいる時は「店主」、店から離れると「店長」表記になります。会話文では基本的に「店長」です。
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