第41話 ウエストドライブウェイGP

 木枯らし一号が吹いた日、知が珍しくプライムタイムに山へ足を向けた。それも天覧台ではなく「西」だ。標高、千メートル弱とはいえ山は山だ。流れる季節は眼下の街の二歩も三歩も先を行く。天候次第でいつ走り納めとなってもおかしくない。


 だからといって焦りを感じたわけでもない知だが張り詰めた冷気に身を晒したいという衝動に駆られた。


 この季節、この時間帯は通行量が少ない。澄んだ空気による透き通る夜景を狙う対向車にさえ気を付ければ、さほど危険は大きくない。


 先ずはいつものように流す。牧場が近付く。


「行くか」


 知の心が呟いた時だ。後方から差し込んだ三つの光が右側を駆け抜け前方で赤い軌跡となった。ドライなサウンドが木霊しNSRのビームを薄い紫煙が囲む。


 知の神経に電流が走った。シリンダーにガスを流し入れる。単純な構造のエンジンが熱エネルギーを駆動力に変換する。結果的に燃料を食らったタイヤが大地を蹴飛ばした。


 捕捉した。最後尾はKRだ。丸い尾灯と右側に抱える大きめのサイレンサーが歴史を語る。かなりのハイペース集団ではあるが全体がKRに合わせているように思える。タンデムツインの雄はいささか設計が古い上にほぼ純正状態のままで手が加えられていない。これ以上はキツイのだろう。


 暫く観察していた知だが洗練された動きにファイターとしてのプライドを直感し仕掛けた。


 若干ながらパワーで劣るKRをヘアピンで一気にアウト側からまくる。KRのライダーは意識してラインをインに寄せ道を譲る。


「ありがと!」


 エレガントな振る舞い。やはり誇り高き者達のようだ。


 KRが下がったことを確認した残る二台がスロットル開度を上げた。


 決して明るいとは形容できないNSRのヘッドライトで探りを入れる。先頭がRGV、直前はTZRか。TZRは後方排気ではないしガンマのエグゾーストパイプも束ねられていない。VJ23Aと3XVに見える。いずれにしてもツーストVクォーターなのは間違いない。ベース車両のポテンシャルは申し分ないので巧みにチューンされていれば知のNSRにも引けを取らない戦闘力を有するはずだ。


「速い」


 知の口から率直な感想が漏れた。二台のパイロットは知と異なり豪快なハングオンで膝を擦りながら弧を描いていく。バンクは極めて深い。ともすればスパンと吹っ飛んでしまいそうな姿勢でデリケートなアクセルワークを行い出力を最大限、トラクションに変えている。シフトは極めて迅速に処理され狭いはずのパワーバンドも決して外さない。排気音に息継ぎがないことからもクロスミッションが搭載されているのは間違いない。


「隙がない」


 しかし知はプレッシャーをかけ続ける。微塵の狂いもなくテールトゥーノーズでTZRをマークする。圧力に屈したのでもないだろうが先行車達は更に速度を上げ限界付近での攻防となった。余力は見受けられない。


 マシンが暴れ始める。それまでステディなスタイルを維持していた知を含む三台が時折グリップも怪しくなる挙動をとり始めた。余すことなくツーストロークパワーを与えられたタイヤに消耗が及ぶ。


「上等!」


 知の視界にはスライドを伴い荒々しく揺れるテールランプと計器類の灯りしかない。が最早、計器は必要ない。全身全霊で機体と身体を一体化させ路面からのフィードバックを直接、脳に伝える。そしてそれを網膜からの情報と交差させ全機関に還元する。


 目前の赤い灯火の振れ幅が大きくなってきた。しかも不安定だ。背中から受ける高貴な印象も薄くなる。


「イケる」


 お馴染みのタイトターンが近い。こんな寒い夜にも今季、最後の走りを拝もうとする何人かがたむろしている。


「来るぞ、いい音だ」


 視線がコーナー出口に注がれる。


「うぉ!」

「ガンマがブレたな」

彼奴あいつら本気かよ!」

「後ろの二台もキレてるぞ」


 それはギャラリーの目の前で起こった。


 セカンドポジションを保っていたTZRが立ち上がりでパワースライドした。カバーしようと車体を起こしたTZRは当然、ラインを乱した上、失速しインを空けた。知が見逃すはずがない。すかさずガードレールを掠め内側を取った知は全力でキャブのバルブを開く。


「うっ」


 知の後輪も一瞬グリップを失ったが、それがかえって功を奏した。アウト側に位置したTZRは怯み加速のタイミングを失した。


「ワークス揃い踏みのWGPかよ!」

「むしろ二輪のモンテカルロだな」

「ウエストドライブウェイグランプリ!」


 胸、高鳴るギャラリーの瞳には薄明かりに照らされたチタンとステンレスのチャンバーが残る。


 もう説明は不要だろうが、ここからは極小のアールの連続だ。前に出ることは難しいが後ろから刺される心配も少ない。つまりフロントに立ちはだかる一台のみを意識すればいい。


 ガンマのパワーユニットが最高のメロディーを奏でる。音階を構成するために焼かれた潤滑剤がNSRのスクリーンに飛ぶ。


「嫌いじゃないよ。この香り、シールドのオイル!」


 エンジンサウンドと相反するようにリアタイヤの悲鳴が聞こえ出す。前輪もアスファルトのギャップに激しく打たれトップブリッジはキックバックの嵐に耐えている。


 ゴールまでが短くなった。知は虎視眈々とラストチャンスをうかがうが両者ともマシンポテンシャルもパイロットのポテンシャルも使い尽くしている。唯一、かわす機会があるとしたら前方を行くガンマになにかミスが生じた場合だ。


 知も追い込まれたがガンマのライダーも危機感を抱いているのだろう。コーナーを削る度にパワースライドの応酬となる。


 二人から冷静さが消えていく。理性を欠いたライディングに勝機は訪れないが、このままでは順位確定だ。


 残るカーブは二つ。知はブレーキングを遅らせイチかバチかガンマの内側に並んだ。加速する。無理なライン取りのため半車長ほどガンマが優勢だ。次は逆のターン。外となる知には不利だ。それでも被せに入る知。


 次の瞬間、知は目を疑った。コーナー進入でインを抑えていたガンマがフロントを持ち上げたのだ。


「ダメだ、これ以上、被せられない」


 引くしかなかった。ガンマは高々と前輪をリフトアップしたまま切り返しゴールとなるストレートに入った。


「チートだよ!」


 セオリー通りの高速なライン取りを放棄しウィリーで追走者の導線を妨害するなど有り得ない。前代未聞だ。


 ステアリングから手を解き放った西のシュワンツがステップの上に仁王立ちとなる。次いで嬉々として左右の肘を振ると右拳を天高く突き上げた。


「ふっ。ったく飛んだ貴族だわ。でも勝ちは勝ちだね、おバカさん」


 無邪気なウィニングアクションの横を軽く手を挙げ走り去る知。不思議と悔しさはなくフルフェイスの下には微笑みがあった。





(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。

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