第36話 灼眼の幽刀
※珍しく前話から続く展開となっています。未だお読みでない方は、前話、「第35話 灼眼の大太刀」に目を通されることをお勧めします。
「落ち着きますね」
「うん、心の波が穏やかに消えていく。日常から切り離される
話しかけたのは知、返したのは新型カタナのオーナーとなった
「関さんも、よくここに来られるんですか?」
「いや、君達に誘われた時以外に来ることはないね。お気に入りの場所だったんだけどね」
「だった?」
「カタナの友人の話はしたよね。彼と見下ろす
カタナの友人。先日、カタナの納車時に触れた今は亡き人だ。語る関の横顔はどこか虚ろだ。
沈黙と共にフェンスに寄りかかり続ける二人の耳に薄く優しい排気音が近付く。やがてそれは背後、直下で消えた。
駐機場に愛機を停めたパイロットの網膜を関の
気配を感じ取った知が、ゆっくりと首を後ろへ向ける。いつもの姿を確認すると知は関に告げた。
「関さん、私、今日はもう帰ります」
「そう。すまなかったね、こんな時間まで付き合わせちゃって」
「私も好きな場所ですから。じゃ」
防具を掴んだ知と上ってきた影が視線を交わさず擦れ違う。体と体の間をそよ風が抜ける。そのまま足を運び階下のパーキングで赤い小刀を確認した知は静かにキックを踏み存在を無と化した。
組んだ腕を柵の上面から離せなくなっていた関も察知した。目を左へやった関が捉えたのは若くはないが鍛えられた肢体だった。
遠い記憶が関の脳裏を
ちらつく蛍光灯の下、関が新車特有の輝きを放つカタナに手を添える。と同時に古びたコンクリートの壁を隔て、関のものではないジェントルなエグゾーストノートが上がった。
カタナを切り返しライダーとなる関。駅前の小道に出る彼を純白のLEDが照らす。本道へ合流し「西」へ舵を取っても、その照明は付いてきた。
照明。お気付きだろう。灼眼の小刀だ。
交差点を越える。太刀と小刀、山上のメインストリートに配された
関は「表」を下るのを止めた。後ろで間隔を保つ小刀は必ず左へ折れず
車間を保ち続ける二つのヘッドライトは右に左に緩やかに揺れランデヴーとなる。時折ミラーに気を配る関が瞬きをする度、ついこの間のような映像が甦る。
牧場の前で関がカタナを路肩側へ振り減速する。次いでスロットルグリップから右手を解き放った関は手を挙げ軽く振った。
小刀が前方へ回る。小刀の騎手は後方の新型カタナを誘うように滑らかにカーブを抜けていく。
暫くその状態は維持されたが関が慣れた頃を見計らってリード役の小刀がペースを上げた。
ややバンク角を増した二機が小気味よくつづら折りを刻んでいく。その過程で関に感覚が戻ってくる。ブレーキング、体重移動、視線、立ち上がりの姿勢。そこには「あの高校生」がいた。
「坊主、お互い、歳をとったな」
シルバーのアライのシールド越しにシルバーのアライが舞う。
例のタイトターンが近付く。深夜なのにギャラリーが三人、缶コーヒーをつまんでいる。
「流してる、のかな?」
「それにしては少し速いような」
「来たぞ」
「綺麗だな」
「赤い新旧カタナか」
「行ったな」
「あぁ」
「今、二台だったよな?」
「なに言ってるんだ? 他になにが走ってたんだよ」
「俺には1100Sの音が聞こえたような」
「確かに先頭は1100の空冷サウンドに聞こえた」
「馬鹿なこと言うなよ。幽霊かよ」
音は関にも届いていた。カーブを曲がる度、コーナーを削る度に顕在化していく。目前の小刀の向こうから伝わる呼吸が重なっていく。それは確かなもので関にとっては疑念を抱く余地もない。
きつい曲線が織り成す区間に入り、小刀が見え隠れする。安全な夜間飛行のため車間を空けていた新型カタナがなにかに惹き込まれるようにインジェクターを開かせた。
一気に間隔が詰まる。ブラインドに入っていた小刀がハッキリと水晶体を通過する。その時だった。小刀が
「あぁ、導いてくれたんだね。ここまでの道のりを」
関は退職間近となった人生を振り返った。山あり谷あり、険しくもあったがバイクの上では楽しかったことしか思い出せない。
「僕は、僕は幸せだったよ」
植物園前が、ゴールが近い。だが未だ人生の終着点ではない。
もう関に1100カタナは見えない。前には着陸灯を灯した灼眼の小刀が走るだけだ。
束ねられた
二輪車御法度の
大して旨くもないコーヒーを握った男は滲み霞む宙を見上げ呟いた。
「星が綺麗だなぁ」
(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。
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