第33話 原チャリ行進曲

「店長、なにこれ、可愛い!」

「エポ」

「エポ?」

「そう。ただのげんチャリ」

「古いよね? 見たことないもん」

「いつのだったかなぁ。うーん、忘れるほど昔」

「ナンバー付いてるじゃない。乗れるの?」

「うん。でも手狭になってきたから売り物にしようかと」

「ちょっと貸して。店を一周してくるだけだから」

「無茶しないならいいけど」


 豆サイズの原動機付自転車を挟んで会話しているのは知と店主。場所はいつもの店のバックヤードだ。


「確認するけど動かし方は一緒だよね?」

「見りゃ分かるだろ。小さくてもNSRと変わらん」


 八インチの極小タイヤを履く「おもちゃ」にはクラッチレバーもシフトペダルも付いている。勿論、ブレーキペダルも。


「じゃ、行ってくる」


 物々しいフルフェイスとグローブまとった知がつののようなハンドルに手を伸ばす。その姿がアンバランスで店主は吹き出しそうになった。


 陽光に晒された車体が輝く。クロームメッキの足回り、直線的フレームが全てシルバーで構成され美しい。そのフレームにはステムまで覆うタンクが載せられ黒光りしている。加えられたオレンジのストライプがアクセントを超え愛らしさを増幅させる。


 知が跨る。山へ行くつもりがなくカジュアルな服装を選んだのがせめてもの救いだ。これでレーシングスーツだったら不釣り合いにも程がある。


 キック一発。シンプルなモーターが目覚めた。紫煙、舞うツーストロークだがNSRとは異なり軽快な音を発する。ビンビンと伝わる振動もご愛敬だ。


 笑いをこらえて見守る店主を後ろに知とエポは元気良く発進した。と思ったら、数分後、もう帰ってきた。


「店長! これ面白い! 面白すぎる!!」

「ほう。今はそんなのが面白いのか」

「乗ったこと無いよ。こんな感覚のバイク」

「じゃ買って。はい、お会計」

「ゴメン。お金も置く場所もない……」

「全く金にならない客だな、お前は」

「あぁ、もう、そんなのはいいから。これでどっか行こ! 明日定休日でしょ」

「えー、休みにお客様の相手するの?」

「一々、嫌みなこと言ってないで、あと二台、用意ー!」

「二台?」

「店長と久の分に決まってるでしょ」

「はぁ」


 こうして翌日の午後、放課後となった久にも召集がかかった。


「久ちゃん、NZR、そこに置いといて。それからこれ、メットね」


 店主が久にジェットヘルとゴーグルを手渡した。アイボリー地にマルーンのラインが引かれたビンテージ感、漂うタイプだ。店主はシルバーのジェットにやはりゴーグルだ。


「なに? 二人ともずるいじゃない。私だけいかつい格好なの?」

「よぉーくお似合いです、お嬢様。ぷわっはー」


 知の不満の一言は店主によって一笑に付された。


「で、残りの二台は?」

「待ってろ。今、持ってくる」


 店主がピットに案内する。少し整備したようだ。


「久ちゃん、これね。俺はこれ」

「あー! すっごい、いいです!」


 久が感嘆の声を挙げた。キーを受け取った車両はミリタリーグリーンのフォーゲル。エポと同じく小径ホイールを持つツーストレジャーバイクだ。そして店主が自ら外へ運ぶのは他の二台とは対照的なファットなタイヤが異彩を放つフォーストだ。


 知が問う。


「店長、なにそれ?」

「ダックス」

「ダックス? そんな変なダックス聞いたことない」

「ノーティーダックス。あのダックスとは別物」

「ふーん、知らないことが多いな、私」

「時が流れるってそういうこと。じゃぁ行こうか」

「どこに?」

「海」


 メンバーは一路、二国にこくを姫路方面へ向かう。この排気量では当然、高速は走れない。それに、この手のバイクはスローに景色を楽しみながら流すのが楽しい。


 暫くして最後尾だった知が気付いた。前方の二台はナンバーが白じゃない。インカムに疑問をぶつける。今日は店長もインカムを装着している。


「店長、私の以外、50ccじゃないじゃない」

「うん。ダックスはボアアップしてあって、久ちゃんのはYSR80のエンジン」

「CB系は分かるけど、よくフォーゲルにYSRのエンジン、載ったね」

「基本マウントは一緒。エグゾーストポートが違うのとヘッドが邪魔なので排気管を作っただけ」


 そう、原付は遊べるのだ。多くの車種でパーツの共有化が行われているしエンジンだって軽いので一人で脱着できる。改造に伴う申請認可も自動二輪より遥かに簡略だ。従って排気量を上げても法を尊重し役所でナンバーを取得すれば堂々と公道利用可能だ。


 知は興味が湧いてきた。フォーゲルにYSR、小鳥に猛禽類の心臓を与えたらどうなるのか。


 海岸が近付く。しかし店長は止まる気配を見せない。


「店長、須磨すまじゃなかったのー?」

朝霧あさぎりまで行くんだよー」

「それならちょっと待って、一回、停まって」


 知の要請で停車する三台。知が久に無理を投げる。


「久、バイク換えて」

「え」

「それ試してみたい。店長、いいでしょ?」

「好きにしろ」


 店長がOKを出したので知と久のバイクが入れ替わった。


 三人が今日一日の愛機に鼓動を返す。海からの風が心地好い。塩屋しおやにかかる。店長が駅を右手に一言、披露する。


「二人とも大江千里おおえせんりって知ってるか?」

「名前だけは」

「私もですー」

「塩屋って曲があるんだ。隠れた名曲とされているんだが間奏に、この駅で収録された音が入ってる」


 年寄りじみた解説も今日は耳に優しく響く。


 アウトレットパーク前を通過し橋をくぐる。


「ここもまた来ような。黄昏時が美しいんだ」


 左手、全部が明石あかし海峡になった。道は直線。心は快晴。知の好奇心がうずいた。


 アクセルグリップに力を入れる知。


「うぉっ!」


 危うくバク転しそうになった。ホイールベースが極端に短く後端に人を乗せる小型バイク。そんな代物しろものに強力なエンジンをかせている。ラフに扱えばウィリー程度では済まない。


 少し理解した知は調子に乗る。


「ひゃっほー!」


 店長と久は置き去りだ。


 店長がそろそろいさめるか、と意識した時、青い影が映った。


「知、白バイだ、気を付けろ」

「だいじょぶ、だいじょぶ。これ、ナンバーでしょ。五十キロに落としたから制限速度だよー」


 楽観的なハッピーガールに白鷹が並ぶ。眼光、鋭いパイロットは知をにらみ横から離れない。若干、気まずくなる。彼はリアの三角マークもフェンダー先端の白帯も確認した。よって回転灯は灯らずサイレンも鳴らなかったがスピーカーは叫んだ。


「ちっちゃいバイク! 危ないからスピード落としなさい!!」


 バツ悪く後ろへ引く知。本物の猛禽類の瞳は微笑んでいたかも知れない。


 影が去ると間もなく28号線との分岐点に達した。南に沿い最初の交差点で左折する。折り返し駅への歩道橋近くに駐機する。


「到着、お疲れさん」


 防具を取り空気が流れて来る方へ歩く。視界が開ける。


 知と久は声が出なかった。目前には扇状に一面の砂浜が広がっている。やっと季節が移ったのかビーチは独り占めならぬ三人占め状態だ。


 店長そっちのけで二人が駆けていく。波打ち際でシューズを捨てる。足首まで水に浸かってはしゃぐ。笑顔が弾ける。


「てんちょー、店長もおいでよー」

「水、かけるんじゃないぞ」


 渋々、近付く店長に知が相手する。


「店長、ダックスならここ走れるんじゃない?」

「常識無いこと言うんじゃないの」

「言ってみただけだよ。それよりちょっと聞きたいんだけど」

「なに?」

「あの辺りだけ真っ白の砂だよね。なんで?」

「あぁ。オーストラリアから運んだ砂を入れてるって聞いたな。ビーチバレーをやるためだとか」

「ちょっと行ってみる」


 すぐに二人も呼ばれた。


「こっちおいでよー。ふかふかだよぉー」


 久も続く。


「ホントですね。気持ちいいですね」


 心の時計を失った二人を店長がさえぎる。


「移動するぞー。靴を履け」

「どこに?」

「いいからいいから」


 店長を先頭に西へ足を運ぶ。数分で四国側の水平線が眺めに入った。石畳の上を時計塔に向かって進み、人工の磯場に臨むフェンスに腕をかける。


「なにも無いじゃないですか」

「まぁ見てろ。時間だ」


 店長の返事を不思議に思った久の表情が変わる。


「綺麗ですね」

「だろ」


 空を染めた太陽はゆっくりと街を抜け地平線に消えていく。


「後、一ヶ月もすると海に落ちるようになるんだ」


 その言葉を最後に数分間の沈黙が夕景色を覆う。


 秋分前の落陽を堪能した知達は帰り道にあるスーパーに寄り飲み物を数本、携える。


 公園の東部に戻ると店長がいざなった。


「もう一度、浜へ出るぞ」

「え、帰るんじゃないの?」


 店長は無言でツカツカと海水浴場を形作る階段状の部分を辿り、温泉の裏側に腰を下ろすと残る二人にも座るよう促した。


「まぁ、さっきのでも飲んでろ」


 なにかあると察した知と久は炭酸水を口にしつつ待つ。店長が呟いた。


「あと十秒」

「え?」


 真っ直ぐ指差した先に全員の視線が集中する。


「うわぁ」


 島と港街を結ぶケーブルが虹色のグラデーションに変化していく。頭上の星と人の手による光。藍色の空に弧を描く航空機の着陸灯。穏やかに波打つ海面の反射。夢幻の世界に皆、惹き込まれていく。橋梁上に連なるヘッドライトも華を添える。


 五分後、橋は緩やかにレインボーカラーからブルーへと還った。


「はぁー。終わっちゃったね」


 知が息を漏らす。


「でも店長は色が変わるの、知ってたんだよね?」

「時報だから」

「時報?」

「そう。日没後の毎正時から五分間、七色になるの」

「そうなんだ」

「帰るぞ。あ、知はエポね。爆弾だから」

「誰が爆弾だって?」


 立ち上がった一行はいとしきリトルバイク達に火を入れる。次いで現在いまの二輪車には存在しないヘッドライトスイッチを倒すと小気味よい排気音と共に潮騒を後にした。





(注意) 当然ですが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。ノーティーダックスは砂上も走れる幅広タイヤですが、整備された海水浴場などに乗り入れてはなりません。



バイク屋の店長は店にいる時は「店主」、店から離れると「店長」表記になります。会話文では基本的に「店長」です。



今回登場の三車種は何れも私が乗っていたものです。海岸沿いを黄ナンバーのフォーゲルで飛ばしていて白バイ隊員に注意されたのも実話です ;)

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