第29話 時を駆けるアーバンカフェ

※今回の「店長」表記は舞台となるカフェの店長ではなく、知達が通うバイクショップの店長です。



「店が休みなのになんでこの面子メンツなんだよ」

「いいじゃないですか店長、どうせ暇なんでしょう」

「俺だって色々あるんだよ」

「またまた。知さんに誘ってもらって嬉しいくせに」


 ぼやく店長をなだめているのは久だ。相変わらずの顔ぶれで、いつものようにコーヒーを囲っているが場所はお馴染みのバイク屋ではない。店主が新たな命を吹き込んだ小刀のあるじ、大島君の店だ。小刀は店の玄関横、オープンスペースに停められている。いや、置かれていると表現した方が適切かも知れない。緑釉りょくゆうが美しい小刀はディスプレイとなり洒落た店を一層、引き立てている。ここはカフェと称しているが従来の喫茶店形態も併せ持つため客層も広く、カタナの評判も上々だ。バイクで来るほどの距離でもないので知達は防具も所持していない。


「お待たせしました、ごゆっくり」


 大島青年は経営者だが自らも店に立つ。本当にカフェを愛しているようだ。無論、腕利きの店員を雇ってはいるが裏方に徹することが出来ないらしい。そして店にいる時に今日のメンバーが訪れるとウェイター役までこなしてしまう。知は恐縮気味だが店長と久は心に留める様子もない。


「流石ですね、大島さんのコーヒー」

「俺、もうお前達にコーヒー出さないからな、と言いたいところだけど確かに敵わんな」

「それにこの本日のオススメ、堪らないですね」


 ここまでの会話は久と店長だけで知は黙ってカップを傾けている。


「知、静かだな」

「店長と久が喋りすぎなんじゃない」


 僅かだが普段と雰囲気が異なることを悟った二人は少しだけ言葉数が減る。その時だ。エメラルドの小刀に赤い異形の機体が並んだ。上品な鐘の音を伴いドアが開かれる。ブラックレザーのジャケットとパンツを嫌み無くまとった男がカウンター端のスツールに手をかける。


「ここイイ?」

「どうぞ」


 すらりと伸びた脚が流れるように動き、客人は一瞬で洗練された店内と同化した。同化すると共に存在も際立てる。


「ブラック。豆は君の一番を」


 大島青年の面持おももちは既に変わっていた。分かる客が来た。そんな顔をしている。


「あのカタナ、綺麗だね、君の?」

「はい」

「だろうね」


 暫くやりとりを観察していた店長が窓に視線を投げ呟いた。


「スコルピオ(注1)……」


 鋭い客が店長の表情をうかがう。瞳は微笑んでいる。


「良かったら、こちらへどうぞ」


 促された店長は躊躇することなく隣のスツールに移った。


「知さん、スコルピオってなんですか?」

「私も知らない」


 残された二人は不思議そうにカウンターに水晶体を向ける。


「お待たせしました」

「ありがとう」


 コーヒーが入った。客は文字通り一服すると店長の方へ首を回した。


「分かるのですね」

「憧れでした。もっともリアルタイムではなく後れて知ったんですが」

「そうでしょうね、あなたは若い」

「でもあれ、Z900RSじゃないですか?」

「そこまでお分かりになる」

「どうやって?」

「神様が悪戯したのかスコルピオの原型に出逢いました。その型から外装を起こしたのですが、やはり現在のモデルには無理がありまして。結局、起こした外装を基に新規に作成されたのがあのバイクです」

「リメイクですか?」

「そうです。最初は型から起こしたものを削って合わせようかと思いましたがリデザインになってしまいました」

「近くで見ていいですか?」

「どうぞ」

「知、久ちゃん、お前達も来い」


 声をかけられた二人が席を立つ。


「お騒がせして申し訳ない。少し空けるよ」


 店を仕切る青年に礼を欠かぬよう挨拶を行った紳士も席を外す。


 一行が外へ出るとファイアーレッドの車体が待っていた。知と久にとっては見たこともないフォルムだ。言葉では形容し難い曲線とシャープなラインの組み合わせによって構成されたカウル。それはヘッドライトが位置する最前部からテールに至るまで一体成形されている。ワンピースだ。醸し出す空気はいつの時代のものでもない。


 店長は離れてしゃがみ全体を目に焼き付けると近付いてまた屈む。


「Scorpio 900 RS」


 ゴールドの華奢な筆記体で控えめにロゴが刻まれている。


「素晴らしい、隙がない」


 店長が他人の手によるバイクを手放しで褒めることは先ずない。それだけ完成度が高い、ということだ。店長は若い二人へ声を発する。


「知、久ちゃん、カフェレーサーって知ってるか?」

「知ってるよぉ、この街に住んでてカフェレーサー知らないなんて無いでしょ」


 一転して目を輝かせていた知が当然の如く答えたが、知達には次の一言が意外だった。


「これがカフェレーサーだ」

「え、これがカフェレーサー?」

「そうだ。これが真のカフェレーサーだ」


 オーナーがさえぎる。


「まぁまぁ。彼女達のイメージとは異なるのが自然ですよ」


 長く膝を折っていた店長が背筋を伸ばす。


「良いものを見せてもらいました」

「こちらこそ。理解される方にお逢いできて光栄です」


 全員で中へ戻る。知と久もカウンターに陣取り話に花が咲く。白髪が混じる騎士は思ったより気さくだった。


 彼が颯爽と去るとカウンター内側から柔らかい目で眺めていた青年が輪に加わった。


「カッコイイですね。僕も知ってましたよ、実は」

「え、常連さんだったの?」

「いや、初めて。スコルピオですよ、知っていたのは」

「あぁそういうことか。流石、大島君」


 その後、時を超えたカフェレーサーがもたらした和やかな時間が新世代実業家の時を射貫くカフェを包んだ。





注1: カスタムクラフト滋夢製作のスコルピオ/スコルピオパンタを指します。ただし、ここで登場するZ900RS 改 Scorpio 900 RSは本ストーリー用に仕立てられた架空の車両です。


(いつもの注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、カフェなどのあらゆる店舗、店員さんとは失礼に当たらない距離感を保ちましょう。

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