第28話 片翼のエースパイロット

 午前五時、知と久は例の如く丁字ヶ辻ちょうじがつじを折れ「西」へ入った。以前にも触れたがこの季節は観光客や道を熟知していない他府県ナンバーが多くなる。気持ち良く走れる一時ひとときは他にない。それに熱帯夜の下界から早朝の山へ飛んだ時の爽快感はなにものにも代え難い。二台は冷たい風を受け進む。


 間もなくして先行集団に追い付いた。傷が付いたスーツにこの街の名前が入ったナンバー。そしてこの時間だ。目的は同じだろう。知と久は追い抜かず様子をうかがうことにした。知の予想通りなら牧場、もしくはその手前から加速するはず。


 知の勘に狂いはなかった。スロットルが開かれる。確認できるのは四台か。技量にも寄るが一台ずつかわしていけばなんとか下り切る前に頭を取れるはず。だが相手にやる気、受け入れる気がなければ無理にパスするのは危険だ。マナーとしても褒められたものではない。


 先ず俯瞰する。やはりこの場所を熟知している。若干、荒いところは見受けられるが安定してハイスピードをキープしている。先頭はペースメーカーを務めているようだ。


 その先導車のパイロットが後方に視線を送りハンドアクションを投じた。後ろの三台もそれに倣いヘルメットを傾ける。


「分かった、行くよ」


 知の右手に力が入る。先ず一台、アウトから。ブロックするような素振りは見せない。スマートな走りだ。知は群れるのが好きではないが此奴こいつらは信頼できると直感した。


「サンキュー、グース」


 軽く手を挙げる知。久も続く。数ヶ月に渡って磨いた腕を存分に発揮している。


「次!」


 僅かに甘くなったラインを突きインに入る。年季が入ったカウルは無理に被せるようなことはしなかった。


「ナイスガイ、ZXR」


 聞こえるわけがない挨拶を投げる知。気持ちが乗ってきた。


「手強いな」


 前方には往年のV4の雄。深いバンク角。今までの二台とは違う。しかし、なぜかペースメーカーによりセーブされ百パーセントの力走ではないようだ。知は中速コーナーで店長により組み上げられたエンジンに喝を入れる。ターゲットと並ぶと緩いS字の切り返しを利用し内側を奪取した。


「綺麗だねRVF、残るは一台!」

「来たか」


 唯一、知をさえぎっていた機体が動きを変えた。その瞬間、ペースメーカーがペースメーカーではなくなった。


「待ってたのか」


 風景という壁が流体となる。ここまで付いてきた久が後れを取り始める。


「半端じゃない」


 知は冷静にライダーを観察する。灼眼から学んだことは忘れない。


「なにか違う」


 知は気付いた。前走者はこれ以上ない機敏な動作と繊細な感覚でマシンを限界に置きコントロールしている、独特のフォームを伴って。そのフォームは倒す時に左右で異なる。右にバンクする時は控えめに膝を出すが左だと脚は閉じられたままだ。知は更に目を凝らす。


「シフトしていない、いや、つま先を使っていないだけで変速は行われている」


 理解できない。それでもここはやるしかない。知は考えるのを止めた。目前に標的がいるのは確かだ。それも極上の標的だ。のがすわけにはいかない。


 NSRのチャンバーが唸る。瞳孔が捉えた排気管から吐き出される通常のパラフォーを超える連続音を切り裂く。タイヤを軋ませ金属音を発しながら穴を探す。穴どころか紙一枚の隙もない。路面のギャップでステアリングが暴れる。抑え込む。構ってはいられない。


 例のタイトターンだ。こんな朝早くにもギャラリーは何人か存在する。朝だからこそ、か。


えー」

「白氷に余裕がねー」

「初めて見るな、こんなシーン」


 差は大きくないが、その差が縮まらない。全く詰まらない。


 植物園が近付く。知は焦りを感じたが、もう手がない。最後の試みとして、これまで無かったくらいブレーキングを遅らせる。無駄だった。ブレーキングポイントを奥に移動させたことで精緻が持ち味のラインは乱れ突き放された。


 先にゴールした方が待つエリアで二台は停まった。久と道を空けた三台も追い付く。全員のフルフェイスが外される。


 知はパスした三台の乗り手に問いかけた。


「あなたたち、譲ったでしょ」

「いや、君が上だったんだよ」

とぼけないで!」


 背中から声がした。


「あなたが速いのは分かっていたのよ」


 知が振り返った。


「え、女の人」

「気付かなかったの、失礼ね」

「いや、夢中で」


 YZFの隣に立つ女性は微笑んでいる。なぜか気が抜けた知はただ、がむしゃらになって追い回したことを恥ずかしく感じた。


「それにしてもキレますね」

「あなたが相手だったからね」


 直球をぶつけてみる。


「あの変わったフォームはなんですか? それにどうやってシフトしているんですか?」

「左、義足なの。荷重やニーグリップに特化されたライディング専用の。勿論、こうやって歩くことも出来るけどね。シフトはハンドシフターよ」

「凄いですね! 見せてください!」


 久が食い付いた。知が割る。


「久、失礼でしょ!」


 後続を演じたパイロット達が加わる。


「そうだよ、お嬢ちゃん。女性に脚を見せろだなんて」

「うっ、すみません」


 皆、笑顔になった。


「隊長、やっぱ速いっすね」

「次はどうなるか分からないわよ。さて、帰りましょうか」


 隊長と呼ばれたエースパイロットが引き上げる。知は喉を振り絞った。


「あ、あの、また逢っていただけますか?」

「ここにいるんでしょ、いつも。なら逢えるわ」


 無邪気な久の声が宙を舞う。


「隊長! 次は撃墜させていただきます!」

「お手柔らかにね」


 編隊が去ると知は天を仰いだ。夏の終わりを告げる空が、そこにはあった。





(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。

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