第27話 ノージェネレーションギャップ

 長かった梅雨が明けた。ガレージ前の路上では知と久が洗車と称し水浴びを楽しんでいる。


「知さん、私じゃなくてNSRに水、かけてくださいよ!」

「あはは、悪い悪い。なんか面白くて」

「さて、ピカピカになったし走ります?」

「そうだねー、山は涼しいからねー」


 話が早い。二人はホースを片付け近頃、流行はやりのマイクロファイバーウェスで軽く車体を拭き上げるとライディングギアを手に取った。


 いつものように「表」を駆け上がる。ケーブル下辺りでは未だ熱波は消えず高台の気温ではない。それでも灼熱の街よりはいくらかマシだ。


 例の流行病はやりやまいの件があるとはいえ行楽シーズンである。そしてここは絶好の観光、ライディングスポットだ。当然、夏休みも相まって県外ナンバーの一見さんも多く見かけることになる。巻き込んでも巻き込まれても不幸な事態には違いないので普段よりやや気を使った走行となる。


 途中、展望台で霞む街を見下ろす。やはり知、お気に入りの天覧台よりは気温が高い。


 突然、一人のライダーが話しかけてきた。


「地元? ツースト、珍しいね」


 知はいきなり馴れ馴れしく接してくる人間が苦手だ。横に立てられた車両を一瞥いちべつし渋々返答する。


「そうだけど」

余所者よそものが多くて困るよねー」

「……」

「爺さんも」

「年配者を悪くいうのは良くない」

「そう? 彼ら、俺達の時代は、ばっかなんだぜ」

「たまたま、あなたが会った人だけじゃない?」

「あそこの連中、見てみろよ。俺のバイク見て二気筒なんてスポーツじゃないって言うんだ。クォーターはマルチだとかツーストだとか」

「これもツーストだけど」

「あー、ゴメンゴメン。あ、でも君もそういうタイプ?」

「違う! そもそも年齢に関係なく、どのバイクも誰のバイクも尊重する人はいる!」

「なんか気に触っちゃったみたいだねー。じゃねー」


 彼が去った後、久が呟く。


「悲しい人ですね」

「気にしない気にしない。分かる日が来るよ、きっと」

「そうだといいんですけどね」


 休息を挟んだこともあって二人にしてはスローペースで丁字ヶ辻ちょうじがつじに達した。左に折れる。インカムが鳴る。


「知さん、行きますか」

「久、今日は真剣マジになっちゃダメだよ。予想外の動きをするクルマやバイク、絶対いるから」

「そうですか。じゃぁ森林浴ってことで」


 そう言いつつスロットルはやや開き気味となり心地好い風を受ける。


 奴が来た。久から口を開く。


「知さん! 教官です!」

「分かってる。でも彼奴あいつも無理はしないよ、こんな日」


 知の考えは正しかった。カタナは二台の後ろに付き三台でのランデヴーとなった。開度は六割程度か。


 順調に流し、牧場を越えたところで最新型の軽二輪に追い付いた。


「さっきの奴だ」


 CBR250RR。馴れ馴れしい野郎。嫌な会話が甦る。


 そのCBRが左に寄って減速した。先に行け、ということか。構う必要もないので全員で前方へ出る。


 直後、驚くべき、いや、絶望的に馬鹿なことが起こった。CBRが三人にパッシング浴びせたのだ。わざわざ後ろに回ってパッシングを炊くという行為はこの状況では挑発でしかない。まともに受けて立つほど愚かではないレギュラーメンバーだがアクセルグリップに込める力は三割増しとなった。


 バンク角が増す。カーブミラーなどを用い最大限に安全を確保した上でコーナーを削る。


 暫く、その状態が続いていたが痺れを切らしたのか、なにを勘違いしたのかパッシングライダーはまくりに入った。危険を感じたカタナが短いクラクションで合図し前を行く知達にも道を譲らせる。


 威勢良く飛び出したCBRは背中越しにピースサインを掲げ逃げていく。様子を見守るべく少し大きめの間隔を空け追走する「俺達の時代」のバイク。やがてギャラリーがたむろするタイトターンに達する。


面白おもしれー、最新のクォーターSSが、あの三台を抑えてるぞ」

「後ろは本気じゃないよ、分かるだろ」


 ここから先はツイスティーで無茶をするレジャー目的のクルマも少ない。通行量も少なくペースが上がる。


「少しぎこちない、未だ慣れてない?」


 命知らずを観察していた知の心の声が聞こえた時だ。最後尾のカタナが右に進路をずらしパッシングを浴びせ返した。


「嘘!」


 想定外の事態を把握するのに時間はかからなかった。知と久を従えたカタナが高周波を伴い駆け抜ける。乾いたチャンバーの音、シングルのビート、それらはあっという間に新世代高性能車の横を通過した。


 知達がゴールである植物園玄関で羽を休めているとCBRも停まった。灼眼も珍しくとどまっている。雨の日にガレージを訪れたので挨拶は済んだと感じているのかも知れない。


 またいきなり彼が声を挙げた。


「おっさんか、あんたもバカにしてるんだろ。パラツインなのにニダボ(注1)かよ、って。ブッチギってスッキリしたか?」


 一言で全てを察したくれないのパイロットは柔和な表情で返した。


「良いバイクですね。とても先進的でバランスが取れている」

「本気で言ってるのか、それとも皮肉か?」


 灼眼はその質問には答えず続けた。


「バイクに限らず進化は保たれています。稀に今の技術を否定する人もいますが、その人は現在いまを見ず、過去に囚われているだけです」


 黙って目を見る若者に次々と言葉が投げられる。普段、無口な灼眼とは思えない。口調はいつになく丁寧だ。


「あなたはそのバイクが気に入って買ったんでしょう。そして気に入って乗っている。大切にしている。それでいいじゃないですか」

「同じように私も私のバイクを気に入っています、そこにいる彼女たちも」

「旧いバイクに乗っている人はそれが好きだから乗っているだけで新しいバイクが嫌いなわけではありません。決して技術革新に置いて行かれた人々でもありません」

「整備が面倒で定期的にエンジンをかけないと調子が悪くなるキャブなんかより、いつでも一発始動でメンテナンスフリーのインジェクションの方が楽に決まっているじゃないですか」

「そのバイクの車体は私達のバイクの何歩も先を行っています。乗りこなせれば次元が異なる走りを見せてくれますよ」

「あなたは未だ、そのバイクのことを完全には理解していない。それだけのことです」


 途中からうつむいて聞いていた若者が下を向いたまま掠れ声を出した。


「俺も、あんたみたいになれるかな」

「もう気付いているしょう、大切なことに」


 笑顔と笑顔が向かい合った。


「じゃ、行くよ。ありがとう」


 並列二気筒特有の歯切れ良いサウンドと共に彼の姿が小さくなる。


「私も帰りましょう。老兵ですから」


 カタナも音だけを残していく。


「久、私達も戻ろうか」

「はい! やっぱり教官は私が思った通りの教官でした!」


 静寂を取り戻した森の入り口は新たなる入山者を待っているようだった。





注1: 250RRを二百五十ダブルアール(ダボーアール)と読むことからニダボの愛称、俗称があります。


(いつもの注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。途中まで「イヤなヤツ」を演じさせましたが本ストーリーにCBR250RRを貶める意図はありません。今日(第27話公開日)は八月十九日で819バイクの日だそうです ;)

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