第23話 青い小鳥と青い鷹

 正に二輪車愛好家にとって旬とも言える時候となった。久と知はここのところ毎日、早朝、山で腕を磨いている。といってももっぱら主役は久であり知は後ろからの観察、指導を担う。


 その朝も例の如く「西」を下っていた。先頭はたまたま居合わせたVJ22Aガンマだ。右に束ねた二本のサイレンサーとチャンバーの曲線を避けるガルアームが美しい。日が昇るか昇らないかの時の狭間に峠に現れるのは二人と同じ目的だからなのだろう。対向車などの危険物、障害が殆ど存在せず気を置くことなく攻められる。


 バブル後期の雄が引っ張っていることも相まって久は乗れていた。右に左に自在にNZRを振り回し、お目付役の知が忙しくなるほどだ。しかし流石にツーストのガンマを捉えることは出来ず一歩引いて見ると、なんとか付いていっている状態だろうか。


 それでもライダーなら分かるだろう。抜き去ること、勝つことを目的とせず適度につづら折りを刻んでいくのは実に心地好いものだ。立場上、フロントに出られない知も、今、その境地でNSRと一体化している。樹々の間から漏れる朝陽を浴びて点滅するように輝くガンマとNZRが眩しい。前を行く久達に感謝したいくらいだ。


 そしてシールドというスクリーンには、立ち上がりでパワーにより離されターンインの突っ込みで差を取り戻すNZR。限界は違えど、あたかも灼眼を追う白氷のようだ。知は第三者として、そんな軽いバトルを眺めていると笑みがこぼれてしまう。


「この道がどこまでも続けばいいのに」


 一日の幕開け特有の澄んだ空気の中、皆、良い汗を感じ始めた。だが暫く流した頃、最後尾の知は突然、背後に気配を感じた。ミラーを白い影がぎる。鋭い知は見逃さない。フルブレーキングと同時にインカムに叫ぶ。


「久、白バイだ!」


 察した久も急激にスローダウンする。良い汗は一瞬で冷や汗となる。


 計測を終える前に二羽に「逃げられた」青い鷹は追い越し際に振り返り二人の目をにらみつつ進む。新たな標的は知の声も届かなかったガンマだ。パイロットは次のコーナーの攻略と、そこへのベストラインしか考えていない。案の定、間もなくしてサイレンが木霊した。


「運転手さん、左に寄って停まって下さい」


 スピーカーから虚しい声が響く。素直に指示通り停車したブルーストライプの彗星。バツが悪そうに警察官に頭を下げつつヘルメットを脱ぐ犠牲者のかたわらを徐行状態のNZRとNSRが通り抜ける。久と知はこくりと頭を下げていく。攻撃機を降りた正義のパイロットの手には青い紙が握られようとしている。


「危なかったねー」

「知さんのおかげで助かりました、流石です!」

「彼、可哀想」

「ですねー」

「私達が原因なのかな、彼の心を煽ったのかな」

「それは関係ないですよー、走るのは自己責任です。寧ろ彼が引っ張ってたんですから」

「クールだね、久」

「当然です」

「でも青だよ、負けてくれたんだね」

「鬼にも情けです!」

「それを言うなら涙じゃないの?」

「さ、帰って店長の美味しいコーヒー飲みましょう、モーニングも要求しちゃいましょう!」


 冷たい汗にクールダウンは必要ない。襟元を詰めたまま428へ向かい街へ帰還する。


 数十分後、未だシャッターが閉ざされたままのガレージの前で店主が背を伸ばし欠伸していると難を逃れた小編隊がやって来た。


「また走ってたのか?」

「うん」

「今、開けるから待ってろ」


 変わりない会話の中、迷惑な客のために看板を上げる準備が行われる。開店の定刻は遠い。


 店頭とも歩道上とも区別がつかないスペースにスクーターを並べ、プランターに水をやった店主がカウンターを潜る。決まり事のようにケトルをコンロにかけると豆を挽く。


「危ないことしてるんじゃないだろうな?」


 店主なりの気遣いである。


「してないですー」

「久、半分、嘘でしょ。さっきも危ない目にあったでしょ」

「そう、白バイですよ、店長。もう少しで捕まるところでした!」

「捕まらなかったのは運が良かっただけだ」

「それよりパンケーキもお願いしますー、ハチミツもたっぷりー。マスター!」

「ウチはカフェじゃないぞ」


 言葉とは反対に薄力粉を取り出す店主が問う。


「それで明日も行くのか?」

「勿論!」「勿論!」


 揃って反省の色が見られない若さを横に店主が冷たく呟いた。


「お前ら一度、赤い奴を切られた方がいいな」





(注意) 当然ですが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。


ストーリー中、違反者を「犠牲者」と表現していますが、違反は違反です。犠牲ではありません。私が最初に切符を切られたのは通学時に寄り道して小さなワインディングで遊んでいる時でした。車両はGS250FWSで、コーナーを抜け一万三千回転以上まで引っ張ったところでサイレンが鳴りました。対応した白バイ隊員の方は紳士で極めてソフトでしたが、逮捕とならないよう負けてくれたとはいえ当然、赤切符でした。一発免停、家庭裁判所送りです。少年で初犯なので罰金は払っていません。若さと時代背景もありましたが、この歳になって非常に危険で反社会的な行為であったと反省しています。バイクは被害者側だと思いがちですが峠には登山やハイキングを楽しむ方など歩行者もいます。いつ加害者になるか分かりません。他人の人生、自身の人生を狂わせない運転に努めましょう。

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