第16話 ロースロービーフ
「
「うだうだ言うな、お前には選択権をやる。ハンディだ」
「なに?」
「そのままNSRで行くならプラス10km/L、このセローで行ってもいい」
「無い! そのボロセローは無い無い」
「じゃ10km/Lのアドバンテージ、決定」
先週末のことだ。店長が突如ハンバーガーを食べに行くと言い出した。ただのハンバーガーではない。
そして当日の朝。唐突にルールが発表される。
「今日はエコラン大会とする。最初に満タンにして全行程、
エコラン、低燃費競争である。無論、店長に非難が殺到した。だが一度、決めたらどうにもならない性格は皆、承知している。
「私のNSR、殺す気? とろとろ流してたらプラグ、カブって本当に死ぬよ」
「五分で熱価、落としてやる」
「要らん! 店長の俺ルールくらいで死んでたまるか」
「はい、しゅっぱーつ」
店長は涼しげな表情でボロと名指しされたセローに跨る。
「待って下さい、せめてコツくらい教えて下さい!」
「お、久ちゃん、そうだった。
店長が振った先はベテランのボクサー(注1)乗りだ。
「簡単簡単。無駄な力を使わなければいいんだよ。そぉーっと加速して、そぉーっと停まる。出来るだけハイギヤで一定の速度を保つ。前を空けていると信号のタイミングを計って停まらずに済むこともある」
「久ちゃんオーケーかな?」
「はい!」
最寄りのガソリンスタンドを出た一行は店長を先頭に先ずいつも通り428を北上する。平坦な道ばかりだと車種により優劣がつきすぎるからだ。
続いて、お馴染みのダムを横目に
しかし、それなりの格好をしたバイク集団が法定速度以下でアクセル操作を極力、避けている状況は奇異に映るらしい。バンバン飛ばしている一般車ドライバーが首を曲げてまで覗いていく。
見られる知も面白くない。回転計の針は普段は使わない領域にある。そもそもNSRは回すことを命として産み落とされたものだ。その上、山に特化するようチューンしているのだから無理をさせているのがありありと分かる。店長はそんな状態を充分、承知しているので、たまに制限速度を甘く採った辺りで隊列を引っ張り、牙を抜かれた白氷が臍を曲げないようにしている。
クルマがやや減少してきた。トンネルを抜ける。道が二車線になる。
「低速」走行とはいえ、ここまでは四車線のバイパスだったので、知が覚悟していたより遥かに短く我慢比べが終わりそうだ。
「日本のへそ」なる看板を確認する。東経135度、北緯35度地点だ。スタンドへ入る。
「はい、終了。お疲れ様でしたー。給油してー」
店長に促され順にタンクを満たしていく。長閑な光景にほっとする。
「結果はっぴょー。おい、ドラムロール無いのかよ」
「勝手にやれ」
店長のボケに丁寧にツッコんででしまった知を囲む常連達の優しい目。構わず残酷な告知を行う店長。
「えー、20km/Lで知さんが最下位ー!」
「え、それ10km/Lのハンディ加えて?!」
「そう」
「ということは10km/Lしか出なかったの?」
「そう」
「それでオイルも食ってるのかよ」
「はっはっは」
さっきまでの優しい目が笑い出す。
「ハンバーガー! 黒田庄和牛!」
「分かったよ、奢りだ奢り!」
「よ、流石、姉御!」
「はい、移動移動」
道の駅に着く。平日に決行したにも
「さ、知さんの大盤振る舞いですー。ご自由にー」
滅多に拝めない店長の調子イイ姿。
「
「ちょっと、それ一番、高いじゃない」
「僕もローストビーフ」
「私はローストビーフとミートソースパンツェロッティとコーラ下さいー」
「久! どれだけ食べるの! ええい、私もローストビーフバーガーだ」
一人だけ違うものをオーダーした。
「ネーブルバーガークラシックお願いします」
「店長、奢りだよ。一番、行っとかなくていいの?」
「俺はこれが食べたかったんだ」
出揃ったので店員さんが一通り内容を確認した後、告げる。
「大きめの包みを用意いたしますので包みも含んで七千六百四十円です」
「な、ななせん、ななせんろっぴゃっくっく、」
引きつりながら財布を開く知。
「注文後にお作りいたしますので二十分ほどお待ち下さい」
二十分間の自由行動となる。
「知さん、店長、お土産、買いに行きましょうよ」
「久、どーせ甘いものばっかりでしょ」
「知、甘いもの嫌いか?」
「好きだけど」
女性陣が苺のワッフルクッキーなどに食い付いている中、店長はジャムを選んでいる。キウィ、柚、店で使うつもりだろう。
「知さん、こっちこっち」
「久、スタンプラリーやってんの?」
「はい。早く全部、埋まらないかなぁ」
意外と知られていないが道の駅スタンプラリーがある。
荷物を増やした三人が受付に戻ってきた。他のメンバーはもうベンチで待っている。
「二番でお待ちの皆様、出来ましたー」
「せっかくだから景色が良い場所へ移ろう」
店長の提案で池の
「いっただっきまーす」
「頂きます」
「頂きますー」
かぶりつく。無口になる。握る量を減らした頃、やっと感想が漏れる。
「
「最高れしゅれ、ころろーすろぴーふ」
大枚を
「店長、なんで私の口元ばかり見てるの」
「いや、
「やっぱりこれが欲しかったんじゃない。私に気、使ったの?」
「いや、そんなことは、」
「じゃ見るのやめなさい」
「うん」
「見てるじゃない!」
「あぁ」
「もう上げる、はい」
「いいの? もらって」
「その代わり、それ頂戴」
「あぁ、ほら」
少ない残りを交換し無言で頬張っている二人に再び優しくなった目が向けられる。久は既にハンバーガーを食べ終わっていてパンツェロッティのソースで頬が彩られている。
その後、暫く燃費談義で盛り上がり、ゴミを窓口へ返したパイロット達。帰路に解き放たれると当然の如くスプリンターと化したが、それはまた別の話。
注1: 向かい合うシリンダー配置でピストン同士が打ち合うように動くことから水平対向エンジンのことをボクサーと呼びます。四輪車ではスバル、ポルシェが採用し、二輪車ではBMW、ホンダが搭載車両を販売しています。
注2: 国道175号線を地元ではイナゴ街道と呼ぶことがあります。
(いつもの注意) 一時の飲食であっても多額の賭けは違法となる可能性があります。ストーリーはあくまでフィクションです。法規遵守でお願いします。また交通の流れを妨げる勝手なエコノミーランニングは迷惑です。燃費を気にするのも程々にしましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。
因みに同ルートの往復で小刀はエコランせず結構なスピードで28km/Lでした。道の駅の名前と、その一角を占めるハンバーガーショップについてはお調べ下さい ;)
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